第一話 第四節「俺の部屋汚いからさ」
【12月20日 3:47】
「分かった。ちょっと待っててくれ」
ドームの裏側にそう声をかけ、俺はゆっくりとタバコを味わいつつ目を閉じる。
――ようやく、気持ちが落ち着いてきた。
バイト明けの時点で既に気力体力はゼロのはずなのだが、なぜか体は動くし、頭も冴えてきている。
多分、とんでもない出来事の連続でハイになっちまってるな(特にさっきのレイのダッシュが効いてる)。経験上、ハイの有効期限を過ぎたら力尽きてバタンと寝ちまうやつだ、これは。
根元までタバコを吸い終えると、残ったフィルターを携帯灰皿に入れて押し潰す。――よし。
「終わったぞ、レイ」
俺が声をかけると、待ってましたとばかりに――ドームの影から、グレイが現れた。
「うおっ!」
「ん?どうしたのだ、拝也」
それは、最初に見たときのグレイの面を被ったレイだった。
「お前っ……!急にソレ被るなよ、ビビるだろうが」
「仕方ないのだ、吸い終えた直後の拝也は臭すぎるのだ」
レイのワードが胸にザクっと突き刺さる。
「ち、ちゃんと自覚してんだよ、タバコが臭いのは。
――てか、ソレ被ると平気なのか」
「このマスクはグレイとしてのアイデンティティであると同時に、呼吸器防護具の効果もある優れものなのだ。
自分は地球環境に適合するよう造られているから、この星の劣悪な大気でも支障なく動けるのだが、そのタバコ――特に紙巻きタバコはヤバすぎるのだ。
これが無ければ、今の拝也の近くでは呼吸もしたくないのだ」
最後のワードが再び俺のハートを抉る。
呼吸したくない、は流石に言われたこと無かったわ。
「――悪かったな。じゃあソレ被ったままでいいから、話の続きをしようや。
正直言うと、いつ集中力が切れるか分からん」
「うむ。
先ほど説明したとおり、潜伏したレプティリアンを五日以内に殺害しなければ、この星はめちゃくちゃにされるのだ。
ヤツの本来の戦闘能力は自分を凌駕するが、拝也の毒ガスを上手く使えば勝機は見えるのだ」
毒ガスもキツい言い回しだな。
「なぁ、そこなんだが。
その一匹さえやっつけりゃ、地球の危機は回避できるのか?」
「そうなのだ。
入り込んだレプティリアンを殲滅すれば、地球は再びヤツらを防壁の対象として扱うようになるのだ。
そうなれば、よだれを垂らしてここを目指してるトカゲ共も泣きながら帰るしか無くなるのだ」
なんか、今の言い方は随分感情がこもってたな。
ま、今はそこを掘り下げるタイミングじゃない。
『とりあえずレプティリアン一匹を探し出して退治する』。この大目標が定まったのはデカい。
「で、レプティリアンなんだが、どうやって探すんだ?どっか思い当たるところがあるのか?」
「ないのだ」
――ん?
「なんか、レプティリアンに反応するレーダーとか」
「それがあれば苦労しないのだ」
――んん?
「待て。まさか、この東京を歩いて探し回るってのか?」
「それしかないのだ」
何が『大目標が定まったのはデカい』だ!ミッションの難易度が高すぎるっつーの!
だいたい――。
「向こうは五日間隠れ続けりゃ勝ちなんだろ⁈
東京出てって田舎の山ン中にでも隠れられたら終わりじゃねーか!」
こっちと向こうの勝利条件に差がありすぎる。
「それはないのだ」
なぜか、レイは自信満々だ。
グレイが得意げに腕組みしてふんすふんす言ってるのは、かなりシュールな絵面に見える。
「まず、ヤツは自分と違って地球の環境にまだ適合できてないし、地球やこの国の知識も無いから、目立たずに遠くへ逃げて安全な潜伏先を見つけるのは難しいのだ」
確かに、レイは既に地球の――いや、日本の知識をかなり深いレベルで持っている。少し語尾にクセがあるが、日本語ペラペラだし。
「何より、ヤツらは戦闘好きで執念深い種族なのだ。グレイに関係する自分を置いて、遠くに身を潜めることは考え難いのだ。
自分は戦闘タイプではないから、弱ってる今のヤツと戦って、ようやく五分五分の勝率なのだ。ヤツが環境に慣れてしまえば確実に負けるのだ。
力を蓄えて、確実に勝てるタイミングで必ず仕掛けてくるのだ」
「さっきのレイの言い方もそうだったが、仲悪いのか。グレイとレプティリアンは」
「仲が悪いというか、そりが合わんのだ。
我々グレイは知識欲の塊で、レプティリアンは破壊の権化なのだ。
我々にとってのレプティリアンは『研究対象を平気で足蹴にする低脳な阿呆の集団』で、レプティリアンにとっての我々は『理解できないインテリ集団』なのだ」
随分と私情が混ざった彼我の評価は置いとくとして。
つまりレイの主観では、レプティリアンはこちらを殺すべく今もどこかに身を潜めているわけで、都内を出る心配はないということか。俺には随分と楽観的な考えに映るが、それにすがらなければ地球の未来は絶望的だ。
「分かった。で、レイはこれからどうするんだ?
俺に何ができる?」
レイは――黙ってグレイの面を取った。
再び、現実離れした美少女が姿を現す。
タバコの臭いがようやく許容範囲に薄まったってことか。
「ヤツの潜伏場所を急いで探すとともに、作戦を練るのだ。
ただ、ヤツは拝也も狙っている可能性が高いし、いつ接敵するか分からない以上、拝也は自分と行動を共にすべきなのだ。
出来れば夜が明けるのを待って活動開始したいのだが――拝也の疲労は無視できないレベルなのだ。
なので、まずは拝也の家に戻り、そこで休息を取るのだ」
俺は今、自分を心底憎んでいる。あんな汚部屋を誕生させた、ほかならぬ自分を。
可愛い相棒を家に招くという小目標すら、俺にとっては難易度が高すぎるのだ。
いや、待てよ。
出費はかさむが、あそこにすれば部屋を見せずに済むし、しかも――。
「俺の部屋汚いからさ……ホテルとかにしない?
その方がちゃんと休める気が――」
「何やら既成事実を作ろうとしているのだ?
生憎だが任務の邪魔になる行為は認められないのだ。仮にそこを利用するとしても、拝也が期待する状況にはならないし断固拒否するのだ」
――ちくしょうめ。




