第一話 第一節「 俺は干田拝也。大学生だ」
【12月20日 2:58】
「いらっしゃいませ〜。何名さまですかぁ」
やる気のない店員の声と、まばゆい照明。
グレイの被り物をしていた美少女の手を引き、地球人類の文明が灯す明かりの中に飛び込んだことで、俺はようやく人心地がついた。
俺の意識から、レプティリアンなどという訳の分からない存在は綺麗に霧散していく。
そして、そこには美少女だけが残った。
ここは近所で人気のファミレス、『ビジター』。
ファミレスと言っても、万年金欠の俺にとっては縁がない場所だ。何より、いつもファミリー層や陽キャがワイワイ騒いでいるこの店は、あまりに居心地が悪すぎる。――いつもの俺なら。
だるそうに声をかけてきた店員に、俺は二本の指をずいっと突きつけてやった。
「――二名で」
コイツは気づきもしないだろうが、実はVサインのつもりだ。見ろよ、この美少女を。今の俺は、いつもの俺じゃない。
チラリと振り返ると、さっきまでグレイの扮装をしていた美少女が、今もちゃんと実存している。
俺のことを少し不思議そうに見つめるこの存在は、断じて幻ではない。
これが俺のツレだぞ?羨ましいだろ。
「かしこまりました〜、お好きな席にどうぞ〜」
残念ながら店員は俺の顔すら見ず、開いた手で客席を示した。
この時間だ、疲れてんのは分かるけどよ。今だけは見てほしかったぜ、クソ。
優越感に浸るのは一旦諦め、一番端のテーブル席に向かう。
よくよく見ると客もまばらで、俺が恐れていた客層ではない。今は深夜三時。この時間だとこんなモンなのか。
先に長椅子に座ると、彼女も向かいの長椅子に無表情で座った。
改めて明るいところで見ると、ますます可愛らしい。少し目つきは悪いし、会ってからずっと無表情だが、整った顔立ちはいつまでも見ていられそうだ。『お人形みたい』ってのは、こういう顔を言うんだろうな。
首から下は、胸元に妙なマークが付いたボディスーツを着ているのだが、これが体にぴっちりフィットしていて絶妙にエロい。やたらサイズが大きなジャケットを羽織ってるが、これを脱いだらとんでもない格好になっちまう。間違いなく職質モンだ。
――と、店内を興味深げにキョロキョロと見回していた美少女は、不意に目を合わせてきた。
「何をじっと自分の顔を見ているのだ。自分にご馳走してくれるのではなかったのだ?」
美少女の言葉にハッとするのと同時に、一瞬混乱する。
自分の顔?俺は自分の顔なんか――。いや違う、一人称が自分なのか。
やっぱり変わった話し方だ。まぁ可愛いから、よし。
「悪い悪い、そう言ったっけ。
――何食べてもいいよ」
あんまり金無ぇけど、という言葉をグッと飲み込み、注文用のタブレットを差し出す。危ない危ない、第一印象が『金欠』とか最悪だ。
「ふむ。これで注文するのだ?
なら自分は、これにするのだ」
決めるのが早い。渡されたタブレットに表示されているのは――チョコバナナパフェ、だった。
九百五十円。高ぇ。俺は速攻で自分の分は諦め、そのまま注文を送信した。
「ええと、なんて呼べばいいのかな――キミ、名前は?」
よし、自然だ。ごく自然に聞いたぞ。
「人に名前を尋ねるときはまず自分から、というのが地球人の礼儀ではないのだ?」
――冷たく辛辣な言葉が返ってきた。
「わ、悪い。そうだよな。
俺は干田 拝也。大学生だ」
美少女は、俺の顔をじっと見ると、「はいや…」と呟いた。
「うん。――で、キミの名前は?」
今度は少しばかり前のめりになった。
しまった。がっつき過ぎだろ、俺。
だが彼女の返答は、そんな俺の後悔など吹き飛ばすほど予想外のものだった。
「好きに呼べばいいのだ」
「え――。いや、いやいや。俺、名乗ったんだからさ。それこそ、ちゃんと答えるのが礼儀なんじゃねぇの?」
俺の指摘は至極真っ当なはずだが、美少女は全く揺るがない。揺るがないまま、さらに予想外の返答を寄越してきた。
「名乗ってやりたいが、地球人には発音できないうえ、聞き取れないのだ。
だから、好きに呼べばいいのだ」
そ、そんな断り方あるかぁぁ⁈
くそ、そっちがそう来るのなら……乗ってやるよ。
美少女に名前をつけるなんて、ゲームぐらいでしか体験できねぇからな。
「んじゃ、グレイの被り物してたから……」
腕組みして、深夜で回らない頭をフル回転させる。
グレイ。グレイ。グレイ……。
だが、そう間を置かずに天啓が降りてきた。
「――グ、レイ。――レイ。
レイって、どう……かな」
うお、なんだこれ。めちゃくちゃ恥ずかしいんだが。
だが美少女は相変わらず無表情のまま、こくりと頷いた。
「それでいいのだ」
――バカボンのパパかよ。俺は吹き出すのを必死にこらえて、顔を俯けた。
「なにがおかしいのだ」
やばい、怒らせたか!
慌てて顔を上げると、美少女は――いや『レイ』は、真顔のままだった。
「悪い、悪い……。なんでもない、変なこと思い出してさ」
危ねぇ。帰られちまうところだったぞ。
「そうか。
――それより拝也。先ほどの話の続きだが」
もう名前呼びかよ!
高揚感に内心震えつつ、平静を装って答える。
「続きって――何の?」
「もう忘れたのだ?
この店に入ってから急に明るくなったが、大丈夫なのだ?
先ほど遭遇し、取り逃したアレを、早急に殺さなければならないのだ。
貴様はその手伝いをするのだ」
――霧散したはずのレプティリアンが戻ってきた。
いや、霧散した訳じゃない。霧散させたんだ。
理解したくなくて、認めたくなくて、意識の外に追いやったんだ。
あれは見間違いじゃない。
はっきりと、見ちまった。
俺がこの娘に言ったんじゃねぇか。
(アイツはまた戻ってくるかもしれない)
(早くここを離れよう)
(近くにファミレスがある)
(なんでも奢ってやるから、早く)
(早く!)
そうか。一気に弛緩して、俺は……無意識に、忘れようとしてたのか。
手汗がじっとりと滲んできている。
足がカタカタと震えている。
アレを、この娘が、殺す?
それを、俺が、手伝う?
何から聞きゃいいんだよ、これ。
――長い夜になる気がした。




