砂漠で、皆が出会う
鎗快は高度三百メートルの低空を、ゆっくりと旋回していた。
サドルには知里川惣藏が跨り、その後ろに二門治郎が、さらに後ろに千綿薫がしがみついていた。
三人とも、メキシコの村で着替えた、ゆったりした白い綿のシャツに、ソンブレロを被っていた。
格好だけは、もうメキシコ人だった。
「……知里川くん」
「……なんや」
「下が見えますか」
「……見える」
「ディエゴくんは、どこにいるのでしょうか」
「……岩陰、たぶん」
「岩陰」
「……砂漠で休むなら、岩陰や。マタギの常識」
「マタギ、砂漠でも知識ありますか」
「……岩陰は世界共通や」
*
知里川の目がしばし、岩の連なりを追った。
そして、ぽつりと言った。
「……あそこ」
「あそこ」
「……岩陰に、何か、おる」
千綿は知里川の指さす方を見た。
岩の影に、小さな二つの影が見えた。
「……二人、います」
「二人?」
「ディエゴくんと、誰かです」
「もう一人、誰や」
「分かりません。しかし、子供の大きさです」
二門は、しばし考えた。
「……砂漠の真ん中に、子供が二人」
「ええ」
「一人はディエゴ」
「ええ」
「もう一人は」
「分かりません。アメリカ側の、可能性があります」
「ややこしいことになっとるな」
「ややこしいです」
*
知里川は機体をゆっくり、岩の方に向けた。
そして近くの平らな場所に、滑空で着陸した。
砂塵が舞い上がった。
三人は機体からゆっくり降りた。
二人の少年が、岩陰からこちらを見ていた。
ディエゴと、もう一人、痩せた、目の青い少年。
千綿は二人にゆっくり近づいた。
「ディエゴ」
「チワワ!」
ディエゴが立ち上がった。
そして、千綿に駆け寄ってきた。
「チワワ! ジェロニモ! チリカワ!」
「来ました」
「シ。ありがとう」
千綿はディエゴの肩に手を置いた。
それからもう一人の少年を見た。
少年はディエゴの後ろから、おそるおそるこちらを見ていた。
「……君は」
千綿は片言の英語で尋ねた。
少年は、しばし固まった。
それからぽつりと答えた。
「アイム、ビリー」
「ビリー」
「ビリー・ジョーンズ。フロム、ドライ・ウェル」
「アメリカ、ですね」
「ヤー」
千綿は二門と知里川を振り返った。
「アメリカ側の少年です」
「ややこしい状況、確定したな」
「確定しました」
*
その時。
砂漠の向こうから、馬の蹄の音が聞こえてきた。
三人は振り返った。
地平線の向こうから、栗毛の馬に乗った男が近づいてきた。
肩幅が広く、白髪交じりの口髭。
肩にライフルをかけていた。
「……二門隊長」
「うん」
「アメリカ人です」
「うん」
「武装しています」
「うん」
「保安官、かもしれません」
「保安官か」
「胸に星の徽章がついています」
「アメリカの保安官、敵か」
「現在の状況において、明確な敵ではないと思います」
「思いますって、お前」
「……お互いに、子供を探していました」
ビリーが岩陰から立ち上がった。
そして、馬の方に向かって駆け出した。
「ミスター・ジョーンズ!」
千綿は、二門と知里川を見た。
「……あの保安官、ビリーくんの知り合いです」
「ビリー、ジョーンズ、保安官ジョーンズ」
「親戚かもしれません」
「親戚かい」
「あるいは、町の近しい人物です」
*
保安官は馬を降りた。
ライフルを肩から外した。
しかし、こちらに向けなかった。
ライフルを馬の鞍に立てかけた。
それから、ビリーを抱きしめた。
「ビリー。バカ野郎。心配したぞ」
「ごめん、ミスター・ジョーンズ」
「ごめんで、済まない」
「ジェロニモを、見たんだ」
「ジェロニモ?」
「あの人たちだ」
ビリーは、千綿たちを指さした。
ジョーンズは、しばし千綿たちを見た。
しばし、長い間があった。
ジョーンズの目は、軍曹の目だった。
三人を上から下まで、観察していた。
それから、ゆっくりと千綿の前に歩み寄った。
千綿は、しばし緊張した。
しかしジョーンズは、ライフルを持ってこなかった。
代わりに、片手を差し出した。
「ジョン・ジョーンズ。保安官だ」
「……千綿薫、です」
千綿は手を握り返した。
ジョーンズの手は太く、節くれだっていた。
「あの飛行機は、お前のか」
「我々三人の機体です」
「どこの軍だ」
千綿は、しばし躊躇った。
正直に言うか。嘘を言うか。
しかし、嘘は難しかった。
機体にはまだ、日本軍の塗装の痕跡が残っていた。
「……日本軍、です」
「……」
「元、です。今はメキシコの村の客人です」
ジョーンズは、しばし千綿の顔を見た。
それから、ゆっくり頷いた。
「日本軍か」
「ええ」
「俺は、第一次大戦の軍曹だった」
「……」
「ドイツ相手だ。日本軍とは戦っていない」
「ええ」
「だから今、お前らと戦う理由はない」
千綿は、しばしジョーンズを見た。
それから、頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「礼はいらない」
「ええ」
「ただし、一つだけ」
「ええ」
「お前ら、本当に子供を探していたのか」
千綿は頷いた。
「ええ、本当に探していました」
「ディエゴとビリー、二人とも」
「ええ、二人ともです」
ジョーンズは、しばし考えた。
それから、ぽつりと言った。
「……ありがとう」
「ええ」
「子供を見つけてくれて」
*
二門が、ぽつりと千綿に言った。
「……ええ保安官や」
「ええ、ええ保安官です」
「敵やと思ったが」
「ええ、ええ味方かもしれません」
知里川が、毛皮の中からぽつりと言った。
「……ええ目や」
「お前、保安官の目も『ええ』言うんかい」
「……ええもんはええ」
*
ディエゴが、ジョーンズに何か尋ねた。
スペイン語だった。
ジョーンズは片言のスペイン語で答えた。
それから、千綿に通訳した。
「ディエゴが、聞いている。祖父の骨を、北の高い山に運びたい、と」
「ええ、それがディエゴくんの目的です」
「……どこの山だ」
千綿はディエゴから、地図のような紙を受け取った。
ジョーンズはそれを、しばし見た。
そして、ぽつりと言った。
「……これはアリゾナの北だ。俺の町から、馬で三日」
「三日」
「子供一人で行ける場所じゃない」
「ええ、行けません」
「飛行機なら、どれくらいだ」
「……二時間くらい、です」
「二時間」
「ええ、二時間です」
ジョーンズは、しばし考えた。
それから、千綿の顔を見た。
「お前らの飛行機で、ディエゴを運べるか」
「……ええ、運べます」
「俺も一緒に行く」
「ええ」
「保安官として、許可する」
「保安官として、許可、ですか」
「国境を越えても、構わない」
「ええ」
「一緒に運ぼう」
砂漠の真ん中で。
日本軍の元兵士、三人。
アメリカの保安官、一人。
メキシコの少年と、アメリカの少年。
——皆、一緒にディエゴの祖父の骨を、北の高い山に運ぶ。
これが今、決まった。
太陽がまだ、高かった。
砂漠の上を、風が静かに吹いていた。




