サボテンさん、こんにちは
気嚢を切り離した最後の一機の鎗快は、ロガロ翼の滑空でゆっくりと降下を始めた。
高度、約八千メートル。
下に見えるのは、赤茶けた大地。
地平線まで、何も無かった。
「……知里川くん」
「……なんや」
「貴方の操縦に、三人の命がかかっています」
「……分かっとる」
「お願いします」
「……マタギは外さん」
知里川は毛皮の中で、目を細めた。
下に広がる大地をじっと見ていた。
風の流れ、地形の起伏、着陸できる平らな場所——マタギの目でそれを読んでいた。
二門がぽつりと言った。
「……惣藏、お前、空からの着陸、初めてやろ」
「……初めてや」
「初めてで、できるんか」
「……山と同じや」
「山ちゃうやろ」
「……同じや」
「ちゃうやろ」
「……同じや」
「ええわ、もう」
*
高度、五千メートル。
下の地形がはっきり見えてきた。
赤茶けた大地に点々と、緑色のものが生えている。
「……二門隊長」
「なんや」
「下に何か生えています」
「植物か」
「ええ、植物です」
「サボテンちゃうか、あれ」
千綿は地図を確認した。
それから、もう一度、下を見た。
赤茶けた大地に点々と、刺だらけの緑色の柱が立っていた。
確かにサボテンだった。
「……サボテンですね」
「サボテン、ぎょうさん生えとる」
「ぎょうさん生えています」
「……サボテン」
知里川もぽつりと呟いた。
千綿は、しばし考えた。
「……カリフォルニア南部にも、サボテンは生えています」
「サボテン生えとる地域、ロサンゼルスだけやないんか」
「ええ、生えています。モハーベ砂漠など」
「ほな、ここ、カリフォルニアかもしれんな」
「可能性はあります」
「あるんか」
「あります。ただし——」
「ただし、なんや」
「サボテンの密度が、想定より高いです」
「密度」
「ええ、これだけ密集していると、カリフォルニアより、もう少し南の地域かもしれません」
「南」
「メキシコの可能性があります」
二門は、しばし黙った。
「……メキシコ、敵やったっけ」
「中立です」
「中立か」
「ええ、第二次世界大戦においてメキシコは、連合国側ですが、戦闘部隊は派遣していません」
「敵なんか味方なんか、分からんやんけ」
「中立とは、そういうものです」
「……ええ、ええ、降りるしかないわ」
*
高度、二千メートル。
知里川は毛皮の中で、サドルを握り直した。
「……二門、千綿」
「なんや」
「……揺れるぞ」
「揺れるか」
「……気流、不安定や」
「マタギ、空気の流れも分かるんか」
「……山と同じ」
「もう、ええわ」
機体がぐらりと傾いた。
サドルにしがみついた三人も傾いた。
知里川は体重移動で機体を立て直した。
しかし、また別の方向から突風が来た。
機体は、ぐらりと、また傾いた。
「……ええい!」
知里川は毛皮の中で、必死に体重を移動させていた。
二門と千綿は、知里川の体に合わせてしがみつく位置を変えた。
「お前ら、勝手に動くな!」
「重心がずれます!」
「動かんと墜落します!」
「動いても墜落しそうやんけ!」
知里川はぐっと歯を食いしばった。
毛皮の中から、低い声が漏れた。
「……熊撃ちと同じや」
「だから、熊と空、ちゃうやろ!」
「……息を止めて、当てる」
「お前、息止めるな、操縦中やぞ!」
機体は揺れながら、それでも着実に降下していった。
下のサボテンがぐんぐん近づいてきた。
「……着陸地、選ぶ」
知里川はぐっと機体を左に傾けた。
サボテンの群生地の中に、わずかに平らな場所が見えた。
砂と小石の地面だった。
「……あそこに降りる」
「ええんか、あそこで」
「……ええ場所や」
「マタギの『ええ』、信用できるんやろな」
「……できる」
「ほな、頼む」
機体はゆっくりと、サボテンの群生地に向かっていった。
*
高度、五百メートル。
サボテンの一本一本が見える高さになった。
刺だらけの、巨大なサボテン。柱のように立っている。
その間を縫って、機体は降下していった。
千綿は、目を閉じた。
——ヤエお婆ちゃん。
——参謀殿。
——整備兵長。
——皆、それぞれの場所で生きている。
——自分も、生きなければならない。
千綿は、目を開けた。
そして、知里川の毛皮を強く握った。
機体は、平らな砂地に向かって滑空した。
——シュッ。
サボテンの一本、すれすれを通過した。
——シュッ。
もう一本も、すれすれ。
——ガサガサッ!
機体の腹が、砂地に接触した。
サドルの下が、砂を削った。
機体は地面を二十メートルほど滑った。
そして、ゆっくり止まった。
*
三人は、しばらく何も言わなかった。
ただ機体に乗ったまま、息をしていた。
地面が動かなかった。
風が頬を撫でていた。
砂と、小石と、なんかの根っこの匂いがした。
「……」
「……」
「……」
千綿が、ようやく口を開いた。
「……着陸しました」
「ええ、着陸したな」
「……ええ場所やった」
「お前、ほんま、マタギやな」
知里川は、ぽつりと言った。
「……マタギ、外さん」
「ええ言葉、二回目やな」
「……何回でも言う」
三人は、しばらく機体に乗ったまま動かなかった。
動く力が、もう無かった。
その時。
サボテンの向こうから、誰かがこちらに向かって歩いてきていた。
千綿は、目を細めてそれを見た。
ソンブレロを被った、背の高い男だった。
色黒で、口髭を生やしていた。
服装は、白い綿のシャツに革のベスト。
腰には、なぜかピストルを差していた。
「……二門隊長」
「うん」
「ソンブレロを被った人物がこちらに来ます」
「ソンブレロ」
「ええ、ソンブレロです」
「……いやいや、ソンブレロは、メキシコちゃうんか」
「メキシコです」
「……」
「ソンブレロはメキシコ伝統の帽子です。アメリカ人は被りません」
「ほな、ここ」
「ええ、メキシコだと思います」
「メキシコかい!」
「ええ、メキシコです」
ソンブレロの男は、ピストルに手をかけたまま、ゆっくり近づいてきた。
そして十メートルほど手前で止まった。
しばし、三人を見つめた。
それから、笑顔で片手を上げた。
「オラ、アミーゴ!」
千綿は、しばし固まった。
それから、ぽつりと二門に言った。
「……二門隊長」
「なんや」
「『オラ』は、スペイン語で『こんにちは』です」
「『アミーゴ』は」
「『友達』です」
「……」
「『こんにちは、友達』、です」
「……ええ、やっぱりメキシコや」
ソンブレロの男は、笑顔のまま、もう一度言った。
「オラ、アミーゴ!」
三人は震えながら、機体の上で、しばしフリーズしていた。
ジェット気流様のご機嫌は、最後の最後で、彼らをメキシコのサボテンの群生地に運んでくれていた。




