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第二話 新人類

第三次世界大戦が終幕を迎えた。

その反面、地球には平穏が訪れた。物騒な銃声も、草木を無惨に刈り切る音もなくなった。本来の明るさを取り戻したようにひたすらに太陽が日照っていた。

緑が戻り、海は澄み、空は悠々と風になびいている。


だが、そこに至るまで、地球は気の遠くなるような「静寂」を耐え忍ぶこととなった。


かつて、この星の覇者であった恐竜たちが、たった一つの巨大な隕石と、その後に訪れた氷河期によって地上から姿を消したように。

人類という新たな覇者もまた、自らが引き起こした「核の冬」という漆黒の闇の中で、等しく長き歴史の藻屑と消えた。


きっと地球にとっては、ただ二度目のデジャヴ(既視感)に過ぎない。

支配者が大きなトカゲから人間に変わり、滅びの原因が隕石から核兵器に変わっただけのこと。星はただ、自浄作用を繰り返すように、人間たちの遺体を栄養として静かに眠り続けた。


―滅びの冬から数千年、いや数万年。

分厚い氷河が解け、地獄の灰が消え去った大地に再び栄えたのは、何の因果か、幕府の城郭が聳え、瓦屋根の家々が立ち並び、腰に刀を差した武者が往来を歩く、中世の「和」の文明だった。


「奥さんや、これ売っとくれんか?」

朝市は今日も賑わいを取り戻した。数万年前に血を流したことを完全に忘却した状態で。


「もちろんさね!うちの人らが今朝で捕ってきた魚や。新鮮だよ!」


「おぉ、本当か。小判五枚でどうだ?」


「ふふん。小判七枚でどうだい?」


「なら6枚!これ以上は譲歩できんぞ。幕府に税を納めねばならん。」


「なぁに言ってんだい。そらあたしらも一緒さね。いらないなら、うちの食卓にこいつは並ぶことになるよ?小判八枚でどうだい?」


「ぐぬぬ...買った。」


「毎度!あんたも今日は農作業だろう?沢山食わにゃ、動く体も動かなくなっちまうよ。持っていきな。」


「お気遣いどうも。親切にしてくれるなら、少しくらいまけてくれてもよかっただろう。」


「ふふ。お金は別さね。ほなまた来てくれやー。」


先ほどの交渉術など見る影もなく、親切な表情を見せつけてきた。


いかにも、この世界の新人類たちも旧人類の先祖たちのように、東洋のそのまた極東に位置する、かつて日本列島と称された場所で、健やかに暮らしていた。


(あれ、ハッピーエンド?)


―否。彼ら新人類は、旧人類とは決定的に異なる、あまりに逸脱した力をその身に宿していた。


言紋(げんもん)』と呼ばれるそれは天から降ってきた奇跡などではない。彼らにとっては、生まれた時からそこにある「日常」の地続きだった。

墨で刻まれたように手の甲に宿された言紋(それ)を。


先ほどの魚屋のおカミさんが、パタパタと手元をうちわで煽ぐ。

その拍子に、彼女の手首にふっと、墨で書かれたような黒い紋様が鬼火のように青白く燃え上がる。旧時代の文字で【風】と象られた、言霊の痣。

おカミさんが特に意識することもなく、うちわからは井戸水のように冷ややかな、心地よい強風が巻き起こり、並べられた魚の鮮度を保ち続ける。


道具に頼らず、自然の理をほんの少しだけ歪める力。

人々はそれを「神代の遺産」とも呼び、あるいは単に「文字もんじ」と呼んで、日々の暮らしの道具として使っていた。


火をおこす者は、マッチではなく己の腕の【火】を使い。

重い荷物を持ったり、力仕事をするときには【力】を使う。


そんな超常現象じみた日常が隣にあるおかげで、道具の進歩を必要としなかったからこそ、彼らの文明はこの「江戸の世」の姿のまま数百年もの間、穏やかに、完璧に停滞し続けていたのだ。


――だが、文字がもたらすのは、そんな温和な日常ばかりでは決してなかった。


「将軍閣下、例の忌字(いみじ)の子供をとらえました。気絶しておりましたが、只今意識を取り戻しました。お会いになられますか?」


忌字。それは、危険な文字を宿したことを表す。例えば殺傷性がある能力とか、強力過ぎて制御不可能なものだとか、様々だが、それを総称して忌字と彼らは呼んでいる。


「うむ。よくやった。制紋の焼き印をしよう。連れて参れ。」


連れてこられたのは痛々しく手枷と足枷を付けられた少年だった。少し明るめの茶髪は、何をされたのかを想起させるように黒く汚れていた。

その少年は、酷くおびえた様子で浅く呼吸を繰り返しては、痛みを思い出すように瞬きをしていた。


「お前が、例の忌字じゃな?腕を見せてみろ。」


「い、いやだ...もう痛いのは嫌だ!」


「将軍閣下の御前だ。無許可での発言は控えろ。」

一人の兵士が少年の手枷を乱暴に引っ張っては、そう淡々と言いあげた。こうも無慈悲に、残酷に。


「よいよい。小僧、痛いことはせぬぞ。少し腕を見るだけじゃ。」


そう将軍が優しく言うが、少年の恐怖心が払拭された様子もなく、怯えたまま目を瞑り、腕を差し出した。


そこに書かれていたのは、【呪】。歪な空気と、禍々しい黒さを備えたそれは、将軍を強く煽っているようだった。


「これは...また物騒なものを宿しおって。制字の焼き印を持ってこい。」

将軍は、目を見開いたままその腕を強く掴んでいた。


「はっ。」

部屋の奥にいた兵が、急いだ様子で戸を開け、走り去っていった。


「や、焼き印って何...?」

怯えは強まるばかり、といった様子で恐る恐る聞いた。


「お前のこの忌々しい言紋を断ち切ってやる。」

そう言い放った将軍の目に浮かぶのは、正義ではなく、ひたすらの不快感だったようにも窺えた。


先ほど走っていった兵がまた走って戻ってきた。


「将軍閣下!持って参りました。どうぞ。」


そういって手渡されたのは、一本の棒状のものだった。その先端には円形の突起がついており、その突起は周りの空気を歪ませながら、赤く光っていた。


「いや、いやぁ!」


「今解放してやる。小僧、痛いやもしれぬが、我慢しろ。お前のためだ。」


 赤く光った部分が、少年の腕に刻まれている【呪】という文字に覆いかぶさるように触れた。


「あ゛あ゛あ゛ああああああああっっ」

想像を絶する痛みと、皮膚の焦げる感覚が脊髄を貫き、涙とともに背が反った。


腕にあったはずの【呪】という紋様は、消え去ったように黒く剝げた皮膚へと変貌を遂げていた。


「これで良い。連れていけ。」

「はっ。」


将軍はもはや何の罪悪感も抱かないかのように吐き捨てた。

言紋が消え、心の中から何かを失ったかのような感覚に苛まれた少年は、泥のように床に崩れ落ちた。


なぜ、新人類にはこんな惨い力が宿ったのか。

幕府の最高機密として眠る古文書には、皮肉にも「世界の始まり」が記されている。


数万年前、旧人類が愚かな戦争を繰り返し、その果て、己たちの手によって世界を滅ぼしたあの日。

地球上で一斉にさく裂した核の禍々しい光と、幾万度の熱戦は、大気を焼き、人を焼き、人類史を灰へと変えた。

滅びゆくその間、数十億人の人間が冀った「生きたい」「死にたくない」「なんでこんな...」というすさまじい怨念。

そして彼らの叫びと、何世紀も紡がれてきた言葉という概念が、星の秩序を決壊させた。


その星の再生と共に生まれた新人類は、いわば、旧人類の「遺言」を肉体の設計図として生まれついた存在だった。


それこそが『言紋(げんもん)』である。


強すぎる言葉は泰平を乱す。

ゆえに幕府は『言紋(げんもん)』を徹底的に管理し、あえて文明の進歩を止めることで、この不条理なまでの平和を維持していたのだ。


――

幕府の冷徹な目が届かぬ、日ノ本の遥か片隅。


穏やかな風が吹き抜けるのどかな村で、その少年は、己の身に宿る『言葉』の意味をまだ何も知らずに生きていた。


旧人類の末路、新人類の行く先、それが何を意味するのか未だ誰も知らない。ただひたすらに、風が平和を吹き込んでいた。物語の始まりの前奏が終わろうとしている...


(第二話 完)

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