第23話 ボレアス経済封鎖網。特産品はこれですわ!
一睡もせずに王家の裏帳簿をすべて書き出し、さらに領地の備蓄計算まで完璧に終わらせた。
朝日が差し込む執務室で、私は大きく伸びをする。
「ふぅ……。ひとまず、交渉のテーブルにつくための準備は整ったわ」
次はボレアス領の『経済的信頼』を証明するための、特産品の用意だ。
私が立ち上がると、徹夜で私を見守り続けていたアリスとクロエが、ピシッと背筋を伸ばした。
「特産品、ですか。ですがお嬢様、現在物流が封鎖されており、外部から目新しい素材を仕入れることはできませんが……」
「ええ。だから、領地の倉庫に眠っている『不用品』を再利用しようと思うの」
私は二人を連れて、屋敷の裏手にある巨大な倉庫へと向かった。
アリスに指示して重い扉を開けさせると、そこには領地開拓の過程で回収された様々な『ガラクタ』が、山のように積まれている。
「ほら、見てちょうだい。これらを組み合わせて『ボレアス特製・最高級万年筆セット』を作るのよ」
私がまず指差したのは、以前の地下遺跡の視察のあと、クロエが「珍しい石ころがあったので」と気を利かせて持ち帰ってきてくれた、鈍く光る黒い石の山だ。
「この黒い石を削って『絶対に折れないペン先とペン軸』にするの」
『(えっ? お姉様、それは一つ砕くだけで王都を三つは吹き飛ばせる厄災の邪竜の魔核ですよ!? 一生摩耗しないペン先って、何ですか!?)』
アリスの額から滝のように冷や汗が噴き出す中、私は足元の素材をさらに拾い上げる。
「次に、私が風邪を引いた時のアレよ。アリスさんが氷嚢に使った『余りの氷』を夏用のひんやりグリップに、クロエが見つけてくれた『綺麗な鳥の羽』を冬用のぽかぽかグリップとして巻きつけるの。季節に合わせて付け替えられて素敵でしょう?」
『(氷の精霊王の右腕と、不死鳥の霊羽を、季節の着せ替えパーツ感覚で……!? 侯爵領の氷室や魔道具業者はおろか、医者まで全滅しますわ!)』
私は振り返り、壺に入った真っ黒な液体を指差した。
「そして極めつけは、この前の海で獲れて、美味しい、いか焼きにしてくれた大きなイカの墨! これ、すごく発色がいいから『絶対に色褪せない八色のグラデーションインク』としてセット売りにするわ」
『(八色って……クラーケンの墨を、触手の数に合わせて抽出するおつもりですか!? 禁呪の魔道書を記すのに使うレベルの代物ですが……!)』
クロエが息を呑み、絶望的な視線をアリスと交わす。
『(……お嬢様は本気だ。他の商会が絶対に真似できない超常のインフラ兵器を、最高級文具の皮を被せて市場に流し込むおつもりだ……!)』
「お、お嬢様。製造はよろしいのですが……こんなに精密な細工、領内の職人では難しいかと……」
声の裏返ったクロエの言葉に、私はふふっと笑って首を振った。
「ええ、そうなの。すごく加工が難しいみたいだから、特別な力を持つ二人にしか加工は頼めないの」
「それに、侯爵様はボレアスが同盟国として相応しいか、私たちの力を『試して』くださっているのよ」
私は侯爵領の地図を見据え、手にした扇を軽く叩いた。
「だからこの最高級の万年筆セットを、あり得ない『破格』で一気に市場へ流し込むわ! ボレアスの技術力を見せつけて、侯爵様に『早く同盟を結びたい!』と喜んでいただくための、とびきりのサプライズよ!」
満面の笑みで言い放つ私を見て、アリスとクロエはゴクリと喉を鳴らした。
「というわけで、二人には『万年筆職人』になってもらうわよ!」
「お、お姉様(お嬢様)、任せてください!」
* * *
「くっ……! はぁっ……はぁっ……!」
数時間後。
倉庫の中では、尋常ではない汗を流すアリスの姿があった。
彼女の指先から、緻密な魔力操作が要求される『神罰の糸』が展開され、黒い石の塊を削り出していく。
高密度の魔力圧縮により、彼女の周囲の空間が陽炎のように揺らめく。
「お姉様の……お姉様の麗しい御手が触れるかもしれない日用品……! 寸分の狂いも、表面の傷一つも許されませんわ……ッ!」
毛細血管が切れそうなほどの眼力で、アリスは小刻みに震えながら石を削り続けている。
一方、同じ倉庫内の片隅。
積み上げられた木箱を簡易デスクに仕立て、クロエが血走った目で分厚い帳簿と格闘していた。
「……ヴァンキッシュ侯爵領における、現在の高級万年筆とインクセットの末端価格が銀貨5枚。対して我が方の製造原価は『銅貨3枚』……」
アリスが削る魔核の粉塵を被りながら、クロエは暗殺ギルドの裏ネットワーク『深淵の蜘蛛の巣』をフル稼働させる。
同時に左手では、短剣をミキサーのように高速回転させて墨をブレンドしていた。
「暗殺などという生ぬるい手段ではない。お嬢様は純粋な物量と市場崩壊で、侯爵領の経済の息の根を止めるおつもりだ……!」
クロエの指先は摩擦で煙を上げ、自ら抽出するインクの飛沫を浴びながらも、その凄まじい速度で算盤を弾き続けていた。
* * *
夕刻。
私が淹れたてのお茶とお茶菓子をお盆に乗せて倉庫の奥へ進むと、そこにはきれいに箱詰めされた万年筆セットの山が完成していた。
その足元では、真っ黒なインクと石の粉にまみれた二人が、フラフラと立ち尽くしている。
「あらあら、すっかり汚れてしまって。でも、手伝ってくれて本当にありがとう。二人とも、本当に優秀ね」
私が労いの笑顔を向けながら湯呑みを手渡すと、二人は虚ろな目でそれを受け取った。
「お姉様の、ため、なら……」
「これしきの、労働……造作も……」
「ふふっ。頑張ってくれたご褒美に、今日はお風呂で私が二人の背中を流してあげるわね」
「「…………っ!?」」
その瞬間。
二人の身体が、ビクンと大きく跳ねた。
手にしたお茶がピタリと波打つのをやめた。
瞬き一つせず、ピクリとも動かない。
「あらあら。立ったまま目を開けて寝ちゃうなんて、よっぽど疲れていたのね」
私は二人の手からそっと湯呑みを回収し、微笑みかける。
「ゆっくり休んでちょうだい。……さあ、いよいよ明日から反撃の始まりよ」




