第5話 二人の選択
「私たちが『ヴァルキリー』の……パイロット?」
明の言葉に、せつなは思わず声を裏返させた。
「そうだ!」
海軍大将の明は、二人の動揺などお構いなしに言い放つ。
「この機体はこの世に二機しか存在しない、つまり人類の希望とも呼べるものだ!」
その大げさな響きに、せつなの心は激しく波立った。
――人類の希望? そんなの荷が重すぎる。
『ヴァルキリー』に乗るということは、すなわち最前線で命を賭けて戦うということだ。今の自分にそんな覚悟も勇気もないことは、誰よりも自分が一番よく分かっていた。
「強制はしない」
明はそう言ったが、その声のトーンには不思議な重みがあった。まるで、ここで逃げようものなら、どこまでも追いかけてくるかのような圧力すら感じる。
「だが――」
明はさらに一言、冷徹な真実を突きつけた。
「この機体は、お前たちにしか操縦できない」
「っ!?」
長髪を揺らす大将から告げられた言葉は、せつなと椿に大きな衝撃を与えた。
「より正確には、この機体『ヴァルキリー』は、十代の少女にしか操縦できない。受け付けないのよ」
副官の理恵がすかさず補足する。
その事実は、二人に別の意味でも絶望を与えた。それは、自分たちと歳変わらない少女たちが、軍属かどうかなんて関係なく、否応なしにこの残酷な戦争に巻き込まれていくという現実だった。そんな未来は絶対にあってはならない――それは、二人の願いの真逆を行くものだった。
「十代の少女しか操作できない理由だけど……おそらく、少女たちの『潜在的な魔力』が関係している可能性があるわ」
「「魔力……?」」
二人の疑問はもっともだった。
現代において、魔力はあくまで単なるエネルギー源に過ぎない。人間がそれを扱うには、機械などのパイプを介すのが当たり前だ。もし個人の内側に魔力があるとするなら、それはおとぎ話に出てくる魔法使いや魔女の領域でしかなかった。
「最近の極秘研究でね、十代の少女たちにだけ、特殊な潜在魔力があることが分かったのよ!」
理恵はそう言いながら、手元の端末で仮想CPを展開し、青い光のデータを宙に映し出した。そこには二人の潜在魔力値がグラフとなってリアルタイムで表示されている。
「ヴァルキリーは、その少女たちの潜在魔力と、機体側の魔力を完全にシンクロさせることで初めて起動する! それが今までの『アーマードマギア』とこの機体の、決定的な違いだ!!」
次々と明かされる新事実。しかし、せつなにはそのすべてを受け入れる余裕などなかった。
『人類の希望』だの『自分たちしか乗れない』だのと、まるで逃げ道を塞ぐように情報が押し寄せる。しかもその事実は、結果的に「乗るしかない」という状況を強制していた。
キャパシティを超えた現実に、せつなは頭を抱えてその場にうずくまりそうになる。しかし対照的に、隣に立つ椿の顔には、迷いではなく奇妙なほど強い光が宿っていた。
「いい面構えだな。だが、最後にもう一つ。これを聞いてから、乗るかどうかを判断しろ」
明は表情を引き締め、二人の瞳を真っ直ぐに見据えた。
「お前たちは、両親の死についてどの程度知っている?」
「「えっ……?」」
あまりに唐突なその問いに、せつなは息を呑み、椿は困惑に眉をひそめた。
「えっ、はい……ギルディアナ軍との開戦三日目に、私たちの両親を乗せた旅客機が敵軍に撃墜されたって、それしか……」
「その話と、『ヴァルキリー』に何の関係があるんですか?」
先を急ぐように椿が前のめりで問うと、明は痛ましいほどの静けさを含んだ声で答えた。
「……お前たちの両親を撃墜したのは、ギルディアナ軍ではない」
「「――え?」」
「お前たちの両親を殺したのは、他でもない。――そこの二機の機体……ヴァルキリーだ!」
「「っ……!?」」
耳を疑うような告白に、椿はそれまでの強い表情を凍りつかせ、せつなは胸の奥底からドス黒い怒りの感情が一気に沸き上がるのを覚えた。
地下格納庫に、ぴんと張り詰めたような静寂が落ちる。
「ふざけないでください……っ! そんな機体に、私たちを乗せる気なんですか!?」
「その通りだ」
せつなの震える怒りの声を、明は冷たく、だがハッキリと言い切った。
「私がこの機体をお前たちに預けたい理由は他でもない。詳しい経緯を話す時間はないが……これだけは言える。このヴァルキリーに乗ってくれ! これは軍の命令であると同時に、私の……そしてお前たちの両親の無念を晴らしたいという、個人的な悲願でもある!」
その言葉の端々から、かつての冷徹さは消え、すさまじい熱意と狂気じみた執念が零れ落ちていた。
「だからこそ、お前たちには断る権利がある。これは命令ある以上に、私個人の私怨でもあるのだから!」
すべてを吐き出した明は、副官の理恵とともに、ふたりへ深く頭を下げた。
軍の最高峰である海軍大将が、たかが学生にすぎない自分たちに頭を下げている――。
その異様な光景に、せつなは怒りを通り越して気味が悪かった。命令ならまだしも、大人の個人的な復讐の道具に自分たちを利用しようというのか。虫が良すぎる、怒って当然だ。
だが、ふと隣の椿を見たせつなは、息を呑んだ。
そこにあったのは怒りではなく、すべての覚悟を決めたような、静かで強い瞳だった。
「やります」
椿は、せつなの戸惑いなど気にする様子もなく、力強く一歩前に踏み出した。
「なんでよ……っ!」
せつなは思わず声を荒らげた。
「なんでそんな簡単に言えるのよ! あの機体は、私たちの両親を殺した元凶なんでしょ!?」
胸をかきむしるように、せつなは今まで出したこともないような叫び声を椿にぶつけた。
ねえ、どうしてなのよ、椿……!
そんなせつなに対し、椿は冷徹なほどに落ち着いた、しかし揺るぎない声で言い返す。
「じゃあ、お前はこのまま街が瓦礫になって、大勢の人が死んでもいいのかよっ!?」
「っ……!」
「このままアタシたちが出撃しなかったら、横須賀は地図から消えるかもしれない! そしたら、アタシたちみたいに親を失う人間がもっと増えるんだぞ!」
椿の言うことは正論だ。頭では分かっている。だけど、だからといってこの機体――両親の命を奪った 忌々しい『ヴァルキリー』に、自分の意志で乗るなんてできるわけがない。乗れるはずがない。
彼女の心は、恐怖と感情的などうしようもない拒絶感で埋め尽くされていた。
しかし、彼女たちが言い争っている間にも、頭上ではギルディアナ軍の爆撃機による絨毯爆撃が始まり、その魔手はすでに一般の住宅街へと広がりつつあった。
その中の一発が基地の防衛網を抜けたのか、地中貫通型の爆弾が地下シェルターを貫通し、内部で炸裂する。凄まじい衝撃波が、二人がいる地下格納庫を大きく揺るがした。
「くっ、ここまで振動が……!」
明が天井を仰ぎ見て険しく顔を歪め、再びせつなと椿を振り返る。
「今の揺れを聞いただろ? アタシたちが飛ばなきゃ、いったい誰がこの街を守るんだよ!」
「っ……!」
椿の剣幕に押され、せつなは唇を噛み締めて言葉に詰まった。
何も言い返せない。言い返したところで、それは自分の保身と感情論でしかないからだ。「いつまでも自分のことばかり考えている」そんな臆病な自分が、たまらなく嫌いだった。
そんなせつなの背中を押すように、椿はさらに強い口調で畳み掛ける。
「アタシたちは、そのために軍に入ったんだ。いつか戦うことになるのは分かってたろ? それが今日か明日かの違いでしかない。『ヴァルキリー』に乗れば、目の前の大切な人を守る力になる。……それが、アタシたちが軍に入った本当の理由じゃないのかよ!」
「それは……っ」
椿の言葉に、せつなはハッと息を呑んだ。
そうだ。あのとき、かつて何もできずに家族を奪われた日。二人は誓ったはずだ。もう二度と、大切な人を目の前で失わないために、強くなると。
こんな残酷なかたちでその機会が訪れるなんて、思ってもみなかった。
理想と現実の狭間で激しく葛藤しながら、せつなは震える拳を強く、強く握りしめた。
脳裏に蘇るのは、すべてが奪われたあの日の記憶……。




