4話 パイロット候補のせつなと椿
管制室の窓際——。
明は静かに、眼下に広がる訓練場を見下ろしていた。その視線の先では、模擬戦の真っ只中にある二人の生徒の鮮烈な機動が火花を散らしている。
「やるじゃないか、あの二人」
ふと漏らした明の呟きに、背後に控えていた校長が慌てて反応した。
「はっ、あの二人とは……花森閣下?」
「なんと呼んだかな? 東郷?」
明が意味ありげに笑うと、校長は隣に佇む教官へと視線を振る。教官は微塵も姿勢を崩さず、冷静に声を張り上げた。
「はっ! 二丁の訓練用サブマシンガンを的確に操っているのが東郷せつな准尉、鋭い刀で敵機を圧倒しているのが小烏椿准尉にございます!」
明は「ほう」と興味深そうに片眉を上げる。
「東郷……せつな。小烏……椿、か」
名前を噛み締めるように、どこか物思いに耽る明。その響きに、校長は何かを悟ったのか、複雑な陰りを浮かべて苦渋の表情を作った。
「……あの東郷博士と、小烏博士の御息女か……」
その呟きに敏感に反応したのは、傍らに控える副官の村田少佐だった。鋭い知性を宿した瞳を光らせ、すかさず校長へと向き直る。
「校長、あの二人の詳細なデータを、長官の端末へただちに転送していただけますか?」
「ええ、承知いたしました。ただちに手配を!」
校長が手元のホログラムパネルへと素早く指を走らせる横で、理恵は明へと視線を戻した。
「それと閣下、このまま模擬戦の観戦を続けられますか?」
「ああ、そうだな。……村田少佐、この後のスケジュールは?」
「はい、確認いたします」
理恵は宙へ展開した予定表をフリックし、即答する。
「問題ありません。現在、差し迫った公務は入っておりません」
「よし、ならば最後まであの若者たちの戦いを見届けるとしよう!」
「はっ、かしこまりました!」
再び眼下の訓練場へと視線を戻した明の瞳は、まるで獲物を狙う猛禽類のように鋭く研ぎ澄まされ、目まぐるしく交錯する少女たちの軌跡を一瞬たりとも逃すまいと網膜に焼き付けていた。
激闘の末に模擬戦が終わり、生徒たちは地上の更衣室で汗だくのパイロットスーツを脱ぎ捨て、見慣れた制服へと着替えていた。
「ねえ、椿? 帰りはどうする?」
髪を整えながら、せつながふと隣の椿に声をかける。
「そうだな〜、とりあえずスーパー寄って食材まとめ買いしておきたいかな〜」
椿は制服のボタンを留めながら、のんびりとした声を返した。二人はこの士官学校の寮でルームシェアをして暮らしている。毎日の献立も自炊も自分たちでこなさなければならないため、買い出しは死活問題なのだ。
「それもいいけどさ、せっかくなら帰りに喫茶店で冷たいアイスでも食べていかない?」
せつなが目をキラキラ輝かせて提案すると、椿はパッと表情を明るくした。
「おっ、それ最高だな! じゃあそこに……」
「黒蜜を……」
「「たっぷりと!」」
声を揃えて笑い合う二人。過酷な訓練の疲れも吹き飛ぶような、年相応の無邪気な笑顔がそこにあった。
「おい、お前たち! 着替えが終わったならさっさと寮へ戻れ!」
そこへ、教官の雷のような怒声がロッカールームに響き渡る。
せつなと椿を含めた生徒たちはビクッと肩を跳ね上げ、慌てて荷物をまとめると、逃げるようにロビーへと飛び出した。
「それじゃ、気を取り直して行くか!」
「うん!」
弾むような会話を交わしながら校門をくぐった——その瞬間だった。
ズゥン……と、大気を激しく震わせる不穏な重低音。
直後、耳をつんざくような甲高い警報音が空を切り裂いた。
「「――っ!?」」
ウゥゥゥゥゥーーーーーーーッ!と。鼓膜を刺すようなけたたましいサイレンの音。それは、平和な日常を一瞬で引き裂く地獄の旋律だった。
「これって……まさか!」
「空襲警報!?」
二人は顔を見合わせた。みるみるうちに血の気が引いていく。こんな白昼堂々、敵襲などあり得ないはずなのに。
慌てて校庭へ飛び出した二人の頭上を、耳をつんざく爆音とともに、見たこともない異形のミサイルが三本、海軍基地の不気味なほどに長身でスマートなシルエットのロボット「オートクルス」が降下し、カブトガニを思わせる禍々しい姿の敵戦闘機の敵の一機が、逃げ惑う生徒たちに向けて容赦なく機銃掃射を浴びせてくる。
「きゃっ……!」
恐怖で足がすくみ、せつなはその場にへたり込んでしまった。
「危ないっ!」
咄嗟に飛び出した椿がせつなを庇うように押し倒し、激しい弾幕の嵐を回避する。
「椿……っ! 怪我はない!?」
「ああ、これくらい平気だよ!」
すぐに周囲の安全を確認した椿は、せつの手を引いて力強く立ち上がらせた。
「酷すぎる……私たちも早く地下シェルターに退避しないと!」
「うん!」
校庭の隅にあるシェルターへ走り出そうとした、その時――。
キィィィーッ!と、アスファルトを抉るようなけたたましいブレーキ音を立てて、一台の黒塗りの高級車が二人の目の前に急停車した。
「おい、そこの二人! 早く乗りたまえ!」
開いた後部座席の窓から、先ほど管制室で見かけたはずの女性が鋭い眼光で叫んだ。
「どうする、椿!?」
「どうするも何も、乗れって言われてんだから乗るしかないだろ!」
せつなは一瞬躊躇したが、椿の力強い言葉に背中を押され、勢いよく後部座席へと飛び込んだ。
「出してくれ!」
「はいっ!」
後部座席の女性の指示を受け、運転席に座る短髪の女性がアクセルを深く踏み込む。凄まじいGとともにタイヤが悲鳴を上げ、車は猛スピードで学校を飛び出した。
(ねえ、椿……あの人たち、どこかで……)
走り去る車窓から黒煙が上がる街と迎撃にやって来た厚い装甲とマシンガンを装備した。海軍のアーマードマギアがオートクルスに戦いを挑む景色を眺めながら、せつなは前の席の二人へ視線を向け、全身に鳥肌が立つような違和感を覚えた。この圧倒的なオーラ、どこかで絶対に見たことがある。
「うん……なんか、すごく見覚えがあるような……」
椿も首を傾げながら、前の二人の背中に視線を注ぐ。
ただ者ではない洗練された佇まいと、隠しきれない気品。しかし、それがどこで出会った記憶なのかがどうしても思い出せない。
鋭い視線に気づいたのか、ロングヘアの女性がふわりと振り返った。
「どうしたの? そんなに私たちの顔を見つめて」
「あの……失礼ですが、どこかでお会いしたような気がして……」
せつなが恐る恐る尋ねると、前の二人はチラリと目配せし、かすかに口元を緩めた。
「そうだな。じゃあ、念のため自己紹介をしておこうか。私は花森明。そして隣でハンドルを握っているのが、私の副官の村田理恵だ」
明がさらりと告げると、運転席の理恵もルームミラー越しに柔らかな笑みを向けた。
「よろしくね、二人とも!」
(はなもり……あきら……?)
せつの脳裏で、その名前が雷光のように弾けた。教科書の巻頭グラビアや、軍事ニュースの特等席で幾度となく目にした、あまりにも偉大な名前。
「もしかして……花森明大将閣下ですか!?」
「極東方面軍連合艦隊司令長官の……っ!?」
椿も思わず声を裏返らせて絶叫する。驚愕で固まる二人の反応を見て、明と理恵はくすりと笑った。
「そんなに驚くことじゃないだろう」
「驚きますよ! あの花森長官と村田少佐が目の前にいるなんて、現実感がなさすぎます!」
士官学校に通う者にとって、花森長官は文字通りの「生きる伝説」だ。雲の上の存在としか言いようのない英雄が、今、自分たちと同じ車内にいる。
「……ですが、どうして私たちなんですか?」
せつながまっすぐな瞳で問いかける。
「そうですよ! アタシたちはまだ一年生で、実戦経験なんてゼロです!」
「実戦経験がなくとも構わない。さっきの模擬戦を見させてもらったが、実に素晴らしい動きだった。過去のデータ評価も極めて高い。君たちなら十分にやれると、私たちが判断した」
明はそう言って、少しだけ表情を引き締める。
「もう少し検討する時間を与えたかったのだが……あいにく敵の爆撃機が接近している。これを機に、君たちに託すしかなさそうだ」
「託す……って、一体何をですか?」
二人の素朴な疑問に対し、明と理恵は一瞬だけ言葉を飲み込んだ。そして、理恵が静かに告げる。
「行けば分かるわ。今は……これ以上は話せないの」
その真剣な眼差しに圧倒され、せつなも椿もそれ以上問い返すことができなかった。
車は猛烈なスピードで市街地を抜け、やがて国連海軍司令部横須賀支部の近くにそびえる、深い木々に覆われた要塞じみた小山へと入っていく。
「二人とも、到着だ。降りるぞ!」
「「はいっ!」」
車を降りた二人は、頑丈な特殊扉の奥にある大型エレベーターへと案内された。重厚な駆動音とともに、エレベーターは地中深くへと滑り落ちていく。
(いったい、どこへ連れて行かれるの……?)
冷たい静寂の中、せつなは自分の心臓の鼓動がうるさいほど波打つのを感じていた。
——チーンと。甲高い電子音が鳴り響き、重い金属の扉が左右へと滑らかに開ききる。
踏み出したその先は、まるで底知れぬ宇宙空間に迷い込んだかのような、漆黒の巨大地下空間だった。
「東郷せつな! 小烏椿! 二人に見せたいものがある!」
明の凛とした声が、だだっ広い格納庫の壁に反響する。
合図とともに、頭上に並ぶ無数の投光器が一斉に眩い光を放った。
強烈なフラッシュに目を細めながら、二人がゆっくりと視界を慣らしたその瞬間——。
言葉を失い、喉の奥から呼吸が消え去った。
「……うそ……っ!」
「これって……!」
目の前にそびえ立っていたのは、見上げるほどに巨大な二体の人型兵器。
それは二人が日々乗りこなしている『アーマードマギア』の系譜でありながら、纏う空気感は全く異次元のものだった。洗練された流線型の装甲、背部に禍々しく展開された未知のスラスターユニット、そして圧倒的なまでの威圧感。
武装も訓練用の簡素な代物ではない。
蒼い機体は双銃を携え、その銃身の下部にはブレード状の刀身が組み込まれ、射撃と近接戦闘を完璧に両立させる凶悪なシルエットを描いている。
一方の隣に立つ真紅の機体は、白銀の装飾と黒・赤のカラーリングが織りなす、妖しくも気高い『妖刀』をその手に握り締めていた。
「アーマード……マギア、なの……?」
「嘘だろ……アタシたちが知ってる機体とは、ケタが違いすぎる……!」
圧倒され、言葉を失う二人を前に、明は誇らしげに胸を張り、力強く宣言した。
「これこそが新世代のアーマードマギア――第七世代型汎用人型戦術機動歩兵、コードネーム『ヴァルキリー』。その初号機と弐号機だ!」
明の響き渡る声が、冷たい格納庫の隅々までこだまする。
「そしてこれから……お前たちにはこの『ヴァルキリー』のパイロットとして出撃し、あの忌々しい敵を叩き潰してもらう!」
「「えっ……!?」」
少女たちの驚愕の声が、地下深くの巨大な鉄の巨躯たちの足元へ、いつまでも吸い込まれていった。




