第3話 模擬戦②
二人が演習を初めてから5分が経過。
再現された横須賀の街の中、せつなは古びたビルの影に身を潜め、機体のセンサーを極限まで研ぎ澄ませていた。
レーダーの仮想ウィンドウには、主要道路を真っ赤に埋め尽くす大量の敵の反応があった。
「……来たわね」
『どうする、せつな? いっちゃうか?』
無線越しに届く椿の声は、緊張感どころかどこか楽しそうだ。
「ええ。もう少し引きつけて――今よ!」
深呼吸を一つ。せつなはメインモニターの映像とレーダーの赤点を交互に確認すると、操縦桿を強く握りしめた。
「さぁ――暴れるわよ!」
「おうよ!!」
せつなの掛け声と同時に、二機のアーマードマギアがビルの陰から飛び出した!
せつなは両手に構えた二丁の訓練用サブマシンガンを、まるで舞を踊るかのような流麗な動きで連射。ハイスピードで軸をずらしながら、死角から迫るオートクルスのアクチュエーター(関節部)を正確に撃ち抜いていく。
一方の椿は、高質量の訓練用大刀を大上段に構え、ブースターの噴射に乗せて豪快に一閃! 鋼鉄の塊を装甲ごと一両にして真っ二つに両断してみせた。
「椿、後ろ!」
椿の背後、ビルの物陰から飛び出そうとした敵機を、せつなが振り向きざまの精密射撃で頭部センサーごと打ち抜く。
二機の背中が、ガツンと重厚な音を立てて合わさった。
「悪い、助かった!」
「もう、油断しないでよ!」
「へへっ、けどお前が背中にいれば安心感が違うぜ。……背中は任せた、せつな!」
「……っ。調子いいこと言っちゃって。なら、私の背中も頼んだわよ、椿!」
二人の連携はさらに加速する。
椿が圧倒的な破壊力で前線の敵を叩き割って「道」を作り、せつながその周囲を縦横無尽に跳び回りながら、近接格闘と射撃を組み合わせた『ガン・カタ』で迫る敵を片端から掃討していく。
完璧な呼吸で、押し寄せる敵の大軍をじりじりと押し返したその時――。
――ピピピピピピピピッ!!
コックピット内に、これまで聞いたこともない刺すような高音の警告音が鳴り響いた。
「せつな! 防壁を展開しろ!」
椿の叫びと同時に、せつなは直感的に右レバーを倒し、左腕の発生器へ魔力を一気に流し込む。
空間に青い光の魔法陣が展開された――その直後。
――ズドォォォォンッ!!とまるで隕石が直撃したかのような凄まじい衝撃と爆風が二機を襲い、装甲が悲鳴を上げた。
「マジかよ……こんな化け物まで引っ張り出してくんのかよ!」
煙の向こうから悠然と姿を現したのは、異様に巨大な四足歩行のモンスター。自立型対アーマードマギア砲――『ヘルヴェス』だ。
「これが、ギルディアナ軍の対マギア兵器……!」
迫力に押され、せつの心臓が早鐘のように打ち鳴らされる。
「どうする、椿!?」
「決まってんだろ! ここでブッ倒す!」
「……ふふ、そう言うと思ったわ!」
二機は同時に地面を蹴り、左右へと散った!
ヘルヴェスの巨砲から放たれた重砲弾に対し、椿は突撃しながら大刀へ真っ赤な魔力を収束。交差するように刀を振り抜き、迫る砲弾ごと空間を切り裂いてみせる。
せつなも双銃で牽制の魔導弾を乱射するが、ヘルヴェスの極厚な前面装甲には弾かれてしまう。
「椿、陽動をお願い!」
「了解! なんか策があるんだな!?」
椿が腰のウェポンラックから煙幕弾を撃ち出すと、せつながそれを空中で正確に撃ち抜いた。瞬時に広がる濃密な白い煙が、怪物の単眼センサーを遮断する。
「オラァッ! こっちだ、木偶の坊!」
椿が煙の外からサブマシンガンを乱射して注意を引きつける。ヘルヴェスの巨大な砲身が椿へと向いたその瞬間、せつなは高機動ブースターを全開にし、死角である真上から背後へと回り込んでいた。
「ここよおぉぉッ!」
高濃度に練り上げた魔力を足裏に集め、渾身の急降下キックを叩き込む!
ドゴォン! と鈍い音が響き、ヘルヴェスの背部装甲が大きく歪んだ。
せつなはすかさずその反動で高く舞い上がると、歪んだ装甲の隙間に向けて巨大な魔法陣を展開する。
「これでも……喰らいなさいっ!」
超高圧の振動破砕波が炸裂した。
内部へと直接叩き込まれた魔力波によって、ヘルヴェスは内側から装甲を狂わせ、轟音と共に盛大な爆発を引き起こして倒れ伏した。
「やったな、せつな!」
「椿のおかげよ。帰りの売店でアイス奢ってあげる!」
軽口を叩き合いながらも、二機はすぐさま背中合わせの構えに戻り、旗がある衣笠山公園にある素早く周囲へ視線を走らせる。
二人は互いに背中を庇い合い、息の合った連携を保ったまま、敵ロボット『オートクルス』の大群の中を突き進んでいた。
再現された青空を背景に緑豊かな山肌が広がる衣笠山公園。その頂上付近に立つ彼方の旗が、風にたなびいている。二人の目指す目的地は、あの場所だ。
「そこっ! 邪魔よ!」
せつなが前衛に立ち、訓練用双銃を連射する。けたたましい発射音とともに吐き出された魔力弾が、 次々と迫り来る金属の獣たちを撃ち抜いていく。さらにその後方では、なおも動こうと轟く敵機を、椿が大太刀で一刀両断にし、確実に沈めていった。
絶妙なコンビネーションで敵陣を破り、二人はついにフラッグまで残り2キロの地点へと到達する。
——だが、その瞬間だった。
「……ッ!? なに!?」
先ほどまで凶暴に襲いかかってきていたオートクルスたちが、機械的な作動音を響かせて一斉に後退を開始。公園の周囲を埋め尽くすように、密密と集まり始めたのだ。
「ここまで来て……っ! こいつら、こんな防備の塊を作りやがって!」
「参ったわね……! あんな何重にも重なった重装甲の壁じゃ、正面突破は難しいわよ!」
「だが、やるべきことは変わらない! 一気に突っ切るぞ!」
目の前を埋め尽くす圧倒的な敵の壁。それでも、椿の気迫と情熱は微塵も揺らいでいなかった。その頼もしい男前な横顔に、せつなは思わず安心感を覚え、口元をふっとほころばせる。
「ふふ、そうね! 私としたことが、ちょっと弱気になっちゃったわ! それじゃあ——行きましょう!」
「おうよ!」
そして、二人は不気味なロボット、オートクルスの群れを眼前にし、言い放つ。
「行くぜ!」
「ここから先は……」
「「私たちのターンだ!」」
その互いの掛け声共に、二人は示し合わせたように、同時に地面を蹴った。
今度は前衛に椿が立つ。豪快に振るわれる大太刀が描く閃光が敵の防壁を切り裂き、後衛に回ったせつなが死角からの奇襲を的確にカバーしていく。幾重にも重なった銀色の機械の波を、まるで荒波を断ち切る船のように突き進んでいく。
「行くぜぇッ!」
敵の密度が少しだけ薄くなった一瞬を逃さず、椿の目つきが変わった。
機体の背中に搭載されたメインエンジンが重低音を上げて唸り、張り巡らされたパイプを通じて、すべての魔力が訓練用の大太刀へと一気に注入される。
次の瞬間、刃が血のように禍々しくも美しい紅に輝き、周囲の空気をバチバチと弾く激しい稲妻を放ち始めた。
「せつな! 一旦跳べ!」
「えっ!? あ、なるほど……っ!」
一瞬戸惑ったせつなだったが、椿の深々と沈み込む構えと、刀に宿る過剰なまでのエネルギーを見てすぐにその意図を察した。
「分かったわ! 派手に決めなさいよ!」
せつなは機体のスラスターを全開にし、一気に上空へと跳躍する。
それを見届けた椿は大太刀を低く横に構え、大気を震わせるほどの渾身の一閃を放った。
放たれた紅い稲妻は、空間そのものを切り裂くような巨大な斬撃波となってオートクルスの大群を飲み込んでいく。一瞬にして数百の敵機の胸陣や腹部を引き裂き、激しい火花と爆炎を巻き起こした。その隙間から、ついに目指すフラッグの姿が露わになる。
「行け! せつな! そのままフラッグを取れぇ!」
「了解ッ!!」
椿の魂のこもった咆哮に背中を押され、せつなは急降下に移行。爆風を突き抜け、激しい衝撃とともに着地を決める。
その目の前に、最後の砦として立ちはだかったのは、わずか3機のオートクルスだった。
敵機は突進してくるせつなに向かって武装を展開し、激しいマシンガンの弾幕を浴びせかけてくる。だが、たった3機で作られた不完全な弾幕など、完全に勢いに乗ったせつなを止める術にはならなかった。
「そんな生ぬるい攻撃で! この私が止められるわけないでしょ!!」
凛とした声で叫びながら、せつなは右足に青い魔力を極限まで集中。迫る1機の胸陣へと、重音を伴う豪快な蹴りを叩き込んだ。
ゴツンッ! と響く甲高い金属音とともに敵機を吹き飛ばした。
間髪入れず、今度は両腕の訓練用サブマシンガンへと魔力を注ぎ込む。銃口に形成された高密度の魔力球体が、残る2機の頭部へ向けて同時に放たれた。
ドォンッ!と激しい爆発音とともに頭部を破壊されたオートクルスが機能停止し、力なく崩れ落ちる。
視界を遮るものは、もう何もなかった。せつなはついに、勝利の印であるフラッグへと手を伸ばす。
「やったぁぁぁぁーーーーっ!!!」
天球状コックピットの全周モニターに包まれた空間に、せつの歓喜の叫びが響き渡った。
通信越しにその声を聞いた椿は、胸のすくような大きな安息の溜息をつくと、誇らしげに口元を緩めるのだった。




