第3話 模擬戦①
二人の将官が学校へと到着した頃。
昼休みを終えたせつなと椿は、ぴっちりとしたパイロットスーツに身を包み、同期の一年生たちと共に地下格納庫へと向かうエレベーターの中にいた。
「ふぅあ……ぁ〜……」
密閉された静かな箱の中で、椿がこれ以上ないほど緊張感のないあくびを漏らす。
「ちょっと、だらしないわよ! あんた、昼に食堂で食べ過ぎたんじゃない? 酔い止めのポーションでも飲んでおいたら?」
呆れ顔で小突くせつなに、椿はニッと白い歯を見せて笑い飛ばした。
「そうかもな! けどよ、せつな。兵士たるもの『食える時に食えるだけ食う』。これが鉄則だろ?」
「はいはい、わかったわよ……」
せつなが苦笑して肩をすくめると、椿はふと天井を見上げ、不思議そうに呟いた。
「ところでさ、なんで格納庫や演習場って決まって地下にあるんだろうな?」
「それはね……」
待ってましたと言わんばかりに、せつながビッと人差し指を立てる。
「まずは隠密性。上空からの衛星偵察を避けるためよ! それに『アーマードマギア』の駆動音って凄まじいでしょ? 万が一の事故で弾丸や魔力が市街地へ飛んでいったら大惨事じゃない。だから地下が一番安全なの」
「なるほどな! 男のロマン詰まった秘密基地みたいでワクワクするぜ!」
そんな他愛もない会話を交わしている間に、エレベーターは最下層へ到達した。
――チーン、と電子音が鳴り、重厚な扉が左右に滑る。
視界が開けた瞬間、そこに広がっていたのは圧巻の光景だった。
全長七メートルにおよぶ人型機動歩兵――『アーマードマギア』。その最新鋭である第五世代型が整然と並んでいる。
額のバイザーの奥で鈍く光る複眼。流線型の美しい装甲。背中の魔導エンジンから両肩、両 太ももへと蠢くように伸びる四つのケーブルは、高濃度の魔力を機体へ供給するための太い動脈だ。この ラインを通る魔力によって、巨躯は縦横無尽に跳躍し、強力な術式を放つことができる。
整列する鋼鉄の群れは、まるで目覚めを待つ巨人の軍勢そのものだった。
「全員! 直ちに点検を開始しろ! 模擬戦で不始末を起こして恥を晒すなよ!」
三十代の女性教官による鋭い号令が格納庫に響き渡る。生徒たちは一斉に緊張感を走らせ、自分に割り振られた機体へと駆け出した。
「2199、東郷せつな、搭乗!」
せつの声に反応し、機体の胸部ハッチが滑らかに展開する。
内部に飛び込むと、球体状の全天周モニターが全方位に広がり、視界が外部の映像へと切り替わった。包み込まれるようなコックピットの操作系は、彼女にとって第二の我が家のな安心感をもたらしてくれる。よう
指先で空中レーダーや仮想パネルをリズミカルに叩き、魔圧系統、動力源、武器システム……一つひとつのチェック項目をクリアしていく。
「ふぅ、点検完了。……椿はどうかしら?」
サブモニターの端に椿の機体を映し出すと、彼女はすでに手持ち無沙汰といった余裕の表情でこちらを振り返っていた。
「よお、せつな! そっちはどうだ? こっちは準備万端だぜ!」
「……相変わらず手際だけは早いわね」
二人が軽口を叩き合おうとしたその瞬間、全モニターの画面が強制的に切り替わり、教官の険しい顔が割り込んできた。
『総員、聞け! 今回の模擬戦の想定は――『オートクルスおよび対アーマードマギア兵器との市街地戦』! 目標は敵陣奥深くにある旗の奪取だ!』
その言葉が落ちた瞬間、コックピット内の空気が一変した。
『オートクルス』。敵対するギルディアナ帝国の誇る、全高九メートル級の機動兵器。地表を滑るように走る圧倒的な機動力と殺傷力を持ち、戦場を支配する絶対的な脅威だ。
『我らが国連軍の誇る『アーマードマギア』第五世代型……しかしこれは、ギルディアナ軍から鹵獲したオートクルスを解析して組み上げた、いわば「コピー品」に過ぎん!』
教官の声が、スピーカー越しに熱を帯びて生徒たちの鼓膜を震わせる。
『技術力において、帝国には未だ一歩及ばない! お前たちが乗るこの機体は、死力を尽くし、知恵を絞ってようやく奴らと対等になれる代物だ! そのことを肝に銘じて戦え!』
煽られるように、せつなの鼓動がドクンと跳ね上がった。
『模擬戦開始! Aクラスから順次、輸送ボックスへ進入せよ!』
重厚なハッチが開き、巨大な鋼鉄の脚部がズシンと重低音を響かせて歩き出す。
椿とせつなを乗せた二基の巨神は、戦場へと続く暗いシューターへと吸い込まれていった。
しばらくの後、彼女たちを載せた輸送ボックスが演習場へと到達した。
目の前に広がるのは、無機質な白い壁に囲まれた広大な地下空間。その奥には、まるで戦艦の艦橋のような立体管制室が鎮座している。
『よし! Aクラスの生徒はボックスから展開! 指示を与える!』
教官の号令と共に、ハッチが開く。
生徒たちが一斉に足を踏み出すと同時に、殺風景だった白い壁が激しいデジタルノイズと共に書き換わっていく。一瞬にして立ち現れたのは、リアリティ溢れる「横須賀の街並み」だった。ホログラムとは思えない質感と立体感に、まるでVRゲームの中にダイブしたかのような錯覚を覚える。
『制限時間は20分! 衣笠山公園を拠点とする帝国軍の旗を奪えば勝利とする! なお、Aクラスの生徒はチームを組み、決定した者から速やかに申請を送れ!』
教官の指示を受け、生徒たちのコックピット内でデータ通信が飛び交う。
せつなの仮想モニターにも、即座に椿からのパーティ申請がポップアップした。
「ふふっ、早速来たわね。それじゃあ――承認っと!」
ウキウキとした手つきで画面をタップするせつな。
開始2分前。生徒たちから送られたチームデータが管制室で集計され、教官が順番を振り分けていく。
『振り分け完了! まずはAクラス、4人編成の『斎藤チーム』前へ出ろ!』
指名を受け、四機のアーマードマギアがずしりと前進した。
『お前たちの任務は、迫り来る敵を蹴散らし、奥の旗を奪取することだ!』
管制室の巨大メインモニターに、敵軍『ギルディアナ』の紋章が映し出された。赤地に描かれた、三つの首を持つ禍々しい荒鷲。左足には王冠を、右足には残酷な剣を握りしめている。
「……なんか、歴史の教科書で見た古の帝国にそっくりね」
誰かがポツリと呟くが、感慨に浸る余裕などなかった。
『これより状況を開始する! 斎藤チーム、出撃!』
モニターに映し出された敵の戦術マップを見て、せつなは思わず息をのんだ。敵の数は圧倒的だった。たった4機の生徒に対し、待ち構えるのは200機を超える『オートクルス』の群れ。
オートクルスのシルエットは不気味そのものだ。極端に細長く伸びた四肢。鋭角的で冷徹な「機械の装甲」と、筋肉のように有機的にうねる「生体的なフレーム」が交じり合った異形のフォルム。兜のような無機質な頭部には表情がなく、ただ中央に埋め込まれた巨大な単眼レンズ(モノアイ)が、獲物を狙うように赤く怪しく光っていた。
「うわっ、冗談だろ……すごい数だな」
「相変わらず……教官は手加減ってものを知らないんだから」
そして戦闘開始から一〇分。
斎藤チームの4機は、圧倒的な数で押し寄せる敵の波に苦戦しながらも、なんとか旗の手前まで戦線を押し進めていた。
しかし焦りが出たのか、突如として4機のアーマードマギアが背中のバーニアから激しい炎を吹き出し、前脈へ向かって猪突猛進を始めてしまった。
「へぇ、威勢がいいじゃない」
「……いや、無茶よ。あんな攻め方じゃすぐに限界が来るわ」
せつなの胸を嫌な予感がよぎる。それは勇気というより、ただの破滅への突進に見えた。
――その予感は残酷なまでに的中する。
派手に魔力を撒き散らしていた4機は、見る見るうちにブースターの過熱で動きを鈍らせ、ついにはその場に沈黙。孤立した彼らを目がけ、ハイエナのように群がったオートクルスと、遠距離からの対マギア砲が一斉に集中砲火を浴びせた。
『そこまで! 模擬戦終了! Aクラス斎藤チーム、判定敗北!』
無情なアナウンスと、教官の雷のような叱咤が轟く。
『そこの4人! 短期的な勢いだけは一人前だが、戦況を見通す長期的な展望が皆無だ! ……次! Aクラス2名編成、『東郷チーム』前へ!』
教官の命に応え、せつなと椿の機体が静かに輸送ボックスから踏み出した。
「ついに私達の番ね!」
「へっ、待たせてくれたじゃねえか! やってやろうぜ!」
二人はモニター越しに視線を交わし、不敵な笑みを浮かべた。
こうして、第二の模擬戦の火蓋が切って落とされた。




