第2話 二人への来客
同時刻、よこすか海岸通り。
一分の隙もなく黒塗りに磨き上げられた一基の高級車が、エンジン音をごうごうと轟かせ、二人の待つ学校を目指して疾走していた。
後部座席の窓際に佇むのは、純白の軍服に身を包んだ長髪の女性。その鋭い眼光は、流れる街並みを一直線に見つめている。漆黒の夜空を一瞬で切り裂く一筋の閃光――彼女の醸し出す佇まいは、まさにそんな圧倒的な存在感を放っていた。
一方、ハンドルを握る運転席の女性は、すっきりと短くまとめられた髪が印象的だ。知的で涼やかな瞳の奥には、静かだが確かな強さが宿っている。
二人の年齢はどちらも二十歳前後。だが、それぞれが纏う洗練されたオーラは重く、車内を密やかな静寂で包み込んでいた。
「村田理恵少佐、今日の士官育成高等学校の予定は?」
後部座席で背筋をピンと伸ばしたまま、白い軍服の女性が静かに問いかけた。
ハンドルを握る村田理恵は、バックミラー越しに短く視線を交わすと、冷静沈着な声で応じる。
「はい、花森明大将閣下。国連海軍横須賀日本支部士官育成高等学校への到着は、昼過ぎになります。ちょうど着いた頃には、『アーマードマギア』の模擬戦が始まっているかと」
「模擬戦か……。あの二人の実力を観るには、これ以上ない機会だな」
「『東郷せつな』と『小烏椿』のことですか?」
「ああ……」
明は小さく呟いた。
脳裏に浮かぶのは、これから迎えに行く「せつな」と「椿」の面影。胸の奥で、期待とそれ以上に重く複雑な感情が渦を巻く。
その時、タイヤが路面の段差を拾い、ゴトりと鈍い衝撃が車体を揺らした。
瞬間、明の左腕に突き刺さるような激痛が走り、その美貌が苦痛に歪む。
(……くっ、またか)
左腕の根元から焼け付くような鈍痛が広がる。明は反射的に右手を伸ばし、制服の上からその痛む箇所を強く押しつけた。
「……閣下」
「ん、なんだ?」
「まだ……痛みますか。その……義手が」
理恵の透き通るような声には、隠しきれない心配の色が混じっていた。明は図星を突かれた気まずさを誤魔化すように、ふっと力なく口角を上げる。
「ああ、大丈夫だ。ただの気休めみたいなものだよ。……幽霊痛、というやつだな」
去年の六月に行われた、あの小笠原沖海戦。
ギルディアナ帝国軍の圧倒的な艦隊を前に、明は最前線で指揮を執り続け――その代償として、左腕を根元から失った。最新鋭の義手を装着した今もなお、神経の端々が、失われた肉体の記憶を求めてしくしくと疼くのだ。
今回の任務は、彼女の戦線復帰を早めるための、いわば「慣らし運転」として与えられたもの。けれど、明の心にはどうしても拭い去れない重い澱が存在していた。
(……結局、私たちはまた、幼い子供たちをあの凄惨な戦場へ引き摺り出すのか、しかもあの二人に関しては、完全に私の個人の感情だ)
『士官学校』という名の、少年兵養成所。そこへ自分の教え子を迎えに行く自らの手足が、ひどく汚れてしまっているような気がしてならなかった。
理恵は彼女の葛藤を察しながらも、あえてそれ以上は何も言わず、黙ってアクセルを踏み込んだ。
やがて車は滑らかに速度を落とし、学校の校門前へと滑り込む。門の前では、三十代後半の男性が手持ち無沙汰そうに待機していた。
「お待ちしておりました! 花森明大将閣下、ならびに副官の村田理恵少佐殿!」
二人が車を降りると、男は背筋を正し、ビシッと美しい敬礼を捧げた。
明は軽く会釈を返し、先ほどまでの陰りを消し去るように穏やかな笑顔を浮かべる。
「こちらこそ、わざわざ出迎えていただき申し訳ありません、校長! こちらの我儘を聞いてくれて感謝します」
「いいえ! 我々も生徒たちの真価を、ぜひお二方にご覧いただきたいと思っておりましたので」
「そうか……では、行こうか」
「はい」
「こちらへどうぞ。何分、他の教師や生徒には極秘の訪問ですので」
校長の手招きに従い、二人は校舎の裏口へと案内される。明と理恵は足音を殺しながら、静かに校舎の闇の中へと足を踏み入れた。




