#60 新たな縁
坂巻の目の前に、空から二人の子供が降ってきた。
白髪の少年――りゅと。
そして、炎の力を宿す少女――あち。
それが、坂巻にとって新たな縁の始まりだった。
三蔵から聞かされていた“神憑き”と“神持ち”という言葉。
それまで半信半疑だった概念は、りゅととあちを天眼で見たことにより、初めて現実のものとして坂巻の中に形を持った。
りゅとは神の力を宿した道具を扱う神持ち。
あちは、自らの魂に神の力を宿す神憑き。
二人と行動を共にする中で、坂巻は西の集落へと向かい、そこでタマモとナムチという二人の旅人と出会った。
そして、一行は悪魔憑きミュリンとの戦いへと巻き込まれていく。
戦いの末、りゅととあちは別の目的地へ。
坂巻はタマモ、ナムチと共に猫の都へ戻ることになった。
―――――
西の集落を離れ、三人は樹海の中を歩いていた。
先頭を歩く坂巻の少し後ろを、タマモとナムチが並んで進む。
しばらく無言の時間が続いたあと、坂巻がふと思い出したように振り返った。
「タマモさん。ミュリンとの戦いの最後に見せた、あの技……あれは一体何をしたんです?」
「妖刀・魂喰い…だな」
答えたのは、なぜかナムチだった。
坂巻が目を瞬かせる。
「妖刀……?」
タマモは小さく息を吐いた。
「私の刀は、肉体を斬る刀ではないの」
「では……?」
「魂。意識。記憶。そういった、形のないものを斬る刀よ」
坂巻の足が僅かに止まる。
タマモは淡々と続けた。
「あの場にいた蟲たちは、私たちとミュリンの戦いを見ていたでしょう?」
「はい」
「だから斬らせてもらったの。あの戦いに関する記憶をね」
「……記憶を、斬る」
坂巻は思わず振り返り、タマモの腰に差された刀を見る。
見た目は普通の刀だ。
だが、そこに宿る力はあまりにも異質だった。
「そんなことまで出来るんですか……」
「万能じゃないわ。斬れる範囲にも限界はあるし、相手によっては効かないこともある」
ナムチが横から口を挟む。
「でも、あの程度の蟲なら十分だ」
「余計な補足はいらない」
「事実だろ」
「そうだけど」
坂巻は二人のやり取りを見て、少しだけ笑った。
しばらくして、今度は坂巻の方から話題を変えた。
「猫の都についてですが、先に少し説明しておきますね」
タマモとナムチが顔を向ける。
「猫の都は今、大きく分けて二つの柱があります。人間と人獣です」
「人獣?」
「人の姿を取れる獣の者たち、と言えばいいでしょうか。猫又たちもそこに含まれます」
坂巻は歩きながら説明を続ける。
「タマモさんは人獣として猫又五人衆の管理下へ。ナムチさんは人間として、僕の管理下へ入ってもらう形になると思います」
ナムチは特に気にした様子もなく頷いた。
「分かった」
タマモは少し考えたあと、静かに尋ねる。
「管理下、というのは?」
「都内での力関係は、守る者と守られる者です」
坂巻は少し言葉を選ぶ。
「守るだけの強さを持つ者が都を管理する。守られる側の者たちは農業や狩猟、建築や衣食の仕事で生活を支える。今はそんな形になっています」
タマモは黙ったまま聞いていた。
「それで秩序が保たれているなら、私たちは従います」
「管理する側に回るつもりはありませんか?」
「ありません」
即答だった。
「私たちは安寧に暮らせれば、それでいいの。必要とあらば前に立って戦いますが、上に立ちたいわけではないわ」
ナムチも特に異論はないようだった。
坂巻は少し困ったように笑う。
「どちらにしても、僕の一存で決めることは出来ません。それに、お二人の強さを隠しておくことも難しいでしょうし」
「そうね」
「都に着いたら、皆で一度話し合いになると思います」
「指示とあらば、従うまでです」
タマモは淡々と答えた。
その口調には不満も反発もない。
ただ、自分たちが客人であることを理解し、その土地の決まりに従う。
それだけだった。
―――――
さらに数日。
道中、三人の歩調は自然と揃っていった。
坂巻が先を確認し、タマモが周囲の気配を拾い、ナムチが後方を気に掛ける。
誰が決めたわけでもないのに、いつの間にかそんな並びになっていた。
休憩の度に交わす会話は多くない。
それでも、互いに無理に踏み込まない距離感は、坂巻にとって不思議と心地よかった。
やがて木々の隙間から見慣れた中央塔の上部が覗く。
坂巻は足を止め、ほんの少しだけ肩の力を抜いた。
人を連れて戻ることへの迷いは、まだ消えていない。
それでも今回は、助けを求める者を一方的に連れ帰ったのではない。
自ら猫の都を目指していた二人を案内しているだけだ。
そう自分に言い聞かせるようにして、坂巻は再び歩き出した。
三人はようやく猫の都へと辿り着いた。
外から見れば、以前よりも遥かに大きくなった都。
完成した中央塔。
五芒星を描くように建てられた五つの神社。
その周囲には多くの住居や畑、工房が広がっている。
「……ここが、猫の都」
タマモが足を止める。
ナムチは中央塔を見上げた。
「思ってたよりデカいな」
「でしょう?」
坂巻は少し誇らしそうに笑った。
だが、タマモは都の中へ入ってすぐ、別のことに気づいた。
外周に近い住居は簡素だった。
建物の傷みも目立ち、衣服も質素。
食事の匂いも薄い。
そこから内側へ進むほど、家屋は整い、道具も増え、人々の着ている服も少しずつ良くなっていく。
そして中央塔へ近づくほど、その差ははっきりとした。
タマモは何も言わず、周囲を見渡していた。
坂巻がそれに気づく。
「……何か?」
「いえ」
一度はそう答えたが、やはり気になったのか、タマモは静かに続けた。
「中心へ行くほど、暮らしぶりが良くなるのね」
坂巻の表情が僅かに固まった。
「……そう、見えますか」
「ええ」
それ以上、タマモは何も言わなかった。
責めるでもなく、問い詰めるでもない。
ただ事実として見えたものを口にしただけ。
それがかえって坂巻の胸に重く残った。
―――――
その日のうちに、中央塔では簡単な顔合わせが行われることになった。
集まったのは坂巻、ユアピ、猫又五人衆、鶴子、シュリ。
そして新たにやってきたタマモとナムチ。
中央塔の一室へ入った瞬間、五人衆の視線が揃ってタマモへ向いた。
二本の尻尾。
タマモもまた、五人衆の腰の後ろに揺れるそれを見ている。
(この者たちが、噂の猫又ね)
一方、五人衆はタマモの背後に揺れる三本の尾を見た。
(三尾……妖狐か)
普通なら、そこで多少の緊張が走ってもおかしくはない。
だが――。
「三尾ってことは、めっちゃ強い?」
ミケが真っ先に口を開いた。
「多分、強いんじゃない?」
シャムが続く。
ルナは少し嬉しそうに尻尾を揺らした。
「じゃあ警備当番、減らせるかも」
クロも腕を組みながら頷く。
「使える戦力なら歓迎だな」
素敵なボスに至っては、もう計算を始めていた。
「これで少しくらいゴロゴロする時間、増えるかしら」
タマモは僅かに目を瞬かせる。
予想していた反応とは、随分違った。
「……私を警戒しないの?」
「なんで?」
ミケがきょとんとする。
「都を壊しに来たなら困るけど、住むんでしょ?」
「ええ」
「じゃあ強い方が助かるじゃん」
あまりにも単純だった。
タマモは思わず苦笑する。
その横でユアピは、完全にタマモの三本の尾へ目を奪われていた。
「すっご……三本……」
ナムチのことなど、ほとんど見ていない。
一方のナムチもユアピには特に興味を示さず、部屋の中の面々を一通り見回したあと、すぐにタマモへ視線を戻した。
ナムチにとって、強者であるタマモ以上に興味を引く存在は、今のところここにはいなかった。
「では、改めて」
坂巻が場を整える。
「こちらがタマモさん。そして、こちらがナムチさんです」
簡単な紹介が終わる。
すると鶴子だけは、最初から別のところを見ていた。
タマモの着物だ。
袖。
裾。
織り。
生地。
視線が明らかにそこへ集中している。
「……そのお着物」
タマモが鶴子を見る。
「え?」
「少し、触れても?」
「どうぞ」
鶴子はそっと袖口へ指を添えた。
一度。
二度。
繊維を確かめるように、親指と人差し指で僅かに撫でる。
その表情が変わった。
「この着物……誰が仕立てたんです?」
「旅の途中で出会った女性よ。アヤという人」
「アヤ……」
「向こうでは“綾織姫”なんて呼ばれていたわ」
鶴子の指が止まった。
「織っているところは?」
「見せてもらえなかったわ。絶対に覗かないでって」
鶴子は一瞬だけ目を細めた。
そして、周囲には聞こえないようタマモの耳元へ顔を寄せる。
「……この反物、蜘蛛の糸です」
「蜘蛛の……?」
タマモの目が僅かに見開かれる。
「普通の糸ではありません。おそらく、作り手自身が紡いだものです」
タマモはしばらく袖を見つめた。
「……そういうことだったのね」
それ以上は何も言わなかった。
ただ、旅の途中で出会った“綾織姫”という女性の姿を、静かに思い返していた。
―――――
一通りの顔合わせが終わると、素敵なボスが二人へ説明した。
「人獣の住まいは、基本的には都の大外になるの」
タマモが頷く。
「ただ、毎回何かあった時に揃うまで時間がかかるのも困るから」
素敵なボスはさらりと続けた。
「二人は中央区に住んでもらうわね」
タマモは少しだけ間を置いた。
「……新入りなのに中央区に?」
「新入りとかは関係ないわ」
戦える者を中央へ置く。
都を守るためには、その方が都合がいい。
その判断自体は合理的だった。
だが、外周から中央区まで歩いてきたタマモには、それとは別の問題も見えていた。
戦えない住民たちの間では、都へ差し出せる物資や労力の多さが、住める場所の安全さにまで結びつき始めている。
守る側の配置と、守られる側の序列。
本来は別の話だったはずのものが、いつしか一つのヒエラルキーのように重なり始めていた。
けれど、タマモは反論しなかった。
「指示とあらば、従うまでです」
その一言だけで受け入れた。
―――――




