#59 ギャルvsギャル
「神の遣い? あなたが……?」
セイナは訝しげに眉を寄せた。
目の前に立つ二人を、頭の先から足元までゆっくりと見回す。
古びた羽織に数珠、錫杖。
そこだけを見れば、それらしく見えなくもない。
だが、羽織の下から覗くのは身体の線を隠す気などまるでない黒いブラトップ。
隣には、二本の刀を腰に差した大柄な男。
そして名乗った名前が――いないない婆と、いないない爺。
どう見ても胡散臭い二人組だった。
「困りましたね……」
信じるに値する要素が、何一つ見当たらない。
何より、神の遣いを名乗る女性にしては、随分と俗世に馴染みすぎている。
「フーラ。坂巻さんかユアピ、五人衆……誰でもいいから呼んできて」
「う、うん!」
フーラの身体がふっと縮み、その姿が一羽の雀へと変わる。
次の瞬間には、小さな翼を羽ばたかせて都の中心へ向かって飛び去っていった。
「わっ!! 鳥に変わった!? 何!? 手品!? クール見たよねっ?」
「……うん、見た。ってか……爺な?」
「今そこ気にする!?」
セイナはますます怪訝そうな顔をする。
「……神の遣いなら、こういう存在をご存じなのでは?」
「ま、まあね! 今のは場を和ませようと、わざとリアクションしただけよ!」
三蔵は慌てて咳払いをし、何事もなかったように胸を張った。
「私たちをその辺の田舎者と一緒にしないでよね!」
「お前、昨日まで北海道の集落にいただろ」
「クール!」
「……爺な?」
「今それやめて!」
セイナは無言で二人を見つめる。
先ほどよりも、信用できる要素が減った気がした。
―――――
「セイナちゃーん! 連れてきたよー!」
しばらくして、人の姿に戻ったフーラが二人を連れて駆け寄ってきた。
坂巻とユアピだった。
「この人たち! さっき丘の上から都を見てたの!」
フーラが三蔵とクールを指差す。
坂巻は足を止め、二人の姿を静かに観察した。
古びた羽織をまとい、錫杖と数珠を身につけた派手な女。
その隣には、二本の刀を腰に差した大柄な男。
どちらからも、殺気らしいものは感じない。
一方、その横でユアピと三蔵の視線がぶつかった。
「おっぱいでか!!」
「うわぁ、何この魔女巫女!? 詰込み過ぎじゃね?」
「誰が魔女巫女よ!」
「いやいや、その帽子までセットは攻めすぎっしょ!」
「そっちこそ、その格好で神の遣いは無理あるから!」
初対面とは思えない勢いで言葉をぶつけ合う二人。
坂巻とセイナは、ほぼ同時に小さく息を吐いた。
「で、あんたたち何者?」
ユアピが腕を組みながら尋ねる。
三蔵は少し考えたあと、にっと笑った。
「何者って言われてもなぁ……いないない者?」
「なにそれ? いないない?」
「そう、いないない! 私は婆、こっちは爺!」
「……爺です」
クールは諦めたように小さく頭を下げた。
坂巻がユアピの前へ一歩出る。
「初めまして。私は坂巻。この都にある神社の宮司です」
その一言を聞いた瞬間、三蔵の表情が変わった。
「宮司!」
ずいっと坂巻へ顔を近づける。
「なら貴方に神からのお告げを授けます!」
「……お告げ?」
「神々は存在する! そして――神憑きと神持ち!」
「神憑きと……神持ち?」
坂巻はしばらく、その言葉を反芻するように固まった。
この女性は、一体何を言っているのだろう。
けれど妙だった。
言っていることは胡散臭い。
名乗っている名前も、どう考えても偽名だ。
それなのに、二人の目には不思議なほど曇りがない。
こちらを騙して何かを得ようとしている者の顔には見えなかった。
『…それで?』
『え?それだけだよ?』
『え?』
『え?』
場の空気が淀む中、不意に一人の女性の声がする。
「その女性……嘘はついてない」
いつの間にかフーラの後ろまで来ていたシュリが、坂巻へ向けるようにそう告げる。
坂巻が目を細める。
「シュリちゃん……?」
「少なくとも、自分たちが本当だと思ってることを喋ってる」
その言葉で場の空気が少しだけ変わった。
――その時。
グゥゥゥゥ……。
妙に大きな音が鳴った。
「あ……あはははは、ごめーん」
三蔵が腹を押さえて笑う。
クールは静かにそっぽを向き、完全に他人のふりをしていた。
坂巻は耐えきれず、ふっと笑った。
「はははは。立ち話も何ですし……僕もお昼はこれからなんです。食事をしながら、ゆっくりお話を聞かせてもらいますね」
こうして二人は、坂巻に案内されるまま雀のお宿へ向かうことになった。
その場にいたユアピ、シュリ、セイナ、フーラも一緒についていく。
歩き始めてすぐ、三蔵が坂巻の隣まで小走りで寄ってきた。
「あの……」
声を潜め、耳元へ顔を近づける。
「うちたち、一文無しで……」
坂巻は一瞬だけ三蔵を見て、それから笑った。
「はははは。お代は貸しにしておきますので、滞在中に何かの労力で返してもらいますよ」
「マジ!? 助かるぅ!」
「そこはもう少し申し訳なさそうにしろよ」
「爺はうるさい!」
「……もう爺でいいよ」
―――――
雀のお宿へ向かう道すがら、三蔵はこれまでの経緯を簡単に話した。
旧北海道で、突然頭の中に神らしき声が響いたこと。
その声に従って南へ向かうことにしたこと。
海峡まで辿り着いたところで、都合よく真新しい吊り橋を見つけ、そのまま旧本州へ渡ってきたこと。
そして、その後もひたすら南へ歩き続け、ここまで辿り着いたこと。
――以上である。
目的地がどこなのか。
誰に会えばいいのか。
何をすれば“神の存在を伝えた”ことになるのか。
三蔵は、そこまで何一つ考えていなかった。
ただ、神から「南へ向かえ」と言われた。
だから南へ来た。
それだけだった。
―――――
「うまぁ! 何これ!? うまぁ!」
雀のお宿の一室に、三蔵の声が響く。
対面に座るクールは三蔵を見向きもせず、黙々と箸を動かしていた。
かれこれ、もう三杯目だった。
「クール、食べすぎじゃね?」
「爺な」
「そこだけ律儀なの何なの?」
三蔵は呆れながらも、すぐに目の前の料理へ意識を戻した。
「いやぁ、これでデザートでもあったら最高なんだけどなぁ」
「確かに……デザート……うちも食べたい……」
横からユアピがぼそりと呟く。
三蔵の目が輝いた。
「ね! 分かる!? うちたちって食後にデザート無いと、食べきった感が出ないよね!」
「分かるぅぅ……」
ユアピは宙を見つめた。
「アイス……パフェ……ケーキ……ドーナツ……」
そのまま、何もない空間へ手を伸ばす。
まるで妄想の中に浮かぶ甘味を、本当に掴み取ろうとしているようだった。
「ユアピさん、大丈夫?」
シュリが少し引いた顔をする。
そこへ、料理を片付けていたセイナが振り返った。
「新作のみたらし団子なら出せますよ」
「団子!?」
「食べたい!」
三蔵とユアピが同時にテーブルへ手をつき、ぐっと前のめりになる。
「近いです」
「すみません!」
「でも食べたい!」
「はいはい。今持ってきますから」
少しして、全員の前にみたらし団子が並べられた。
テーブルの奥には坂巻とクール。
少し間を空け、三蔵とユアピ。
その横にはフーラとシュリ。
そして仕事を一段落させたセイナも腰を下ろし、気がつけば小さな女子会のような空気が生まれていた。
「いや、だからさ! あそこで突っ込むならショットガン一択なんよ!」
「分かる! でもうちは高台取ってスナイパーで抜く方が好き!」
「うわぁ、性格出るわぁ!」
「何それ!?」
三蔵とユアピは、いつの間にか旧世界のFPSの話で完全に意気投合していた。
一方、セイナ、フーラ、シュリの三人は、目の前のみたらし団子をきっかけに、今後どんな甘味が作れそうかを割と真剣に話し合っている。
「小麦粉がもっと安定して手に入れば、焼き菓子も増やせそうですね」
「蜂蜜なら、雀たちが見つけてくれるかも!」
「果物を煮詰めれば、甘いソースみたいなのも作れるんじゃない?」
三つの声が重なり、部屋の中はすっかり賑やかになっていた。
坂巻はその様子をぼんやり眺める。
随分と楽しそうだ。
けれど、ひとしきり三蔵の話を聞き終えた今も、頭の中には二つの言葉だけが妙に残っていた。
神憑き。
神持ち。
言葉通りに考えるのならば、神憑きとは神そのもの、あるいは神の力を身に憑依させた者。
神持ちとは、神の力を宿した神器や宝具――あるいは、それを持つ者。
そんな意味なのだろうか。
「……神憑きと、神持ち……」
考えながら、坂巻は再び女子たちへ視線を向けた。
その瞬間だった。
――天眼。
不意に、言葉が脳裏へ浮かんだ。
「……?」
右手が勝手に動く。
指が自然と形を作り、印を結ぶ。
そして次の瞬間――。
坂巻の視界が変わった。
三蔵の胸の奥。
そこに、白く輝く玉のようなものが浮かんでいる。
「……」
さらに視線をずらす。
シュリの胸の奥にも、同じような白い光。
だが、ユアピ、セイナ、フーラには何の変化もない。
クールにも見えない。
いや――。
坂巻は目を凝らした。
三蔵が身につけている法衣。
そして、クールが帯刀している二本の刀。
その二つにも、ごく僅かではあるが白い光がまとわりつ
いている。
坂巻は何も言わなかった。
ただ、その光景を胸の奥へしまい込む。
印を結んだことにも、誰一人気づいていない。
三蔵とユアピは相変わらずゲームの話で盛り上がり、シュリたちは甘味の相談を続けている。
坂巻だけが、静かに新しい疑問を抱えていた。
―――――
その日の午後。
すっかり意気投合したユアピが、三蔵とクールを連れて猫の都を案内することになった。
念のため、三蔵の錫杖とクールの二本の刀は坂巻が預かる。
「一応、預からせてもらいますね」
「はーい」
「お願いします」
二人は何の躊躇もなく装備を差し出した。
坂巻は少しだけ拍子抜けした。
どうやら、本当に後ろ暗いところはないらしい。
そして――。
数日だけのつもりだった滞在は、いつの間にか数週間へ変わり。
気がつけば、三蔵とクールは何食わぬ顔で猫の都に居候していた。
そのまま、季節は半年ほど進んだ。
―――――
半年後。
中央塔は完成していた。
五芒星を描くように建てられた五つの神社も、すでにその姿を整えている。
猫の都は、名ばかりではなく、本当の意味で“都”と呼べるほどに発展していた。
毎日のように現れるタヌキたちの来襲さえ、今では日常の一部である。
警笛が鳴れば、五人衆の誰かがすぐさま駆けつける。
そして手際よく追い返す。
その対応があまりにも早いため、シュリはこの半年、一度もタヌキの姿を目にすることがなかった。
平穏だった。
少なくとも、表面上は。
しかし、その発展の中で坂巻とシュリには新しい悩みが生まれていた。
五芒星の内側に、住居を持つことのできない者たちが出始めていたのだ。
土地には限りがある。
人が増えれば、どうしてもあぶれる者が出る。
そして、いつの頃からか。
中央塔に近い住民ほど豊かになり、そこから離れる者ほど、暮らしの貧しさが目立つようになっていた。
目に見えない境界が、都の中に生まれ始めていた。
その原因の一端は、坂巻自身にもある。
坂巻は今も、都の周辺を歩き回っていた。
そこで小さな集落を見つける。
困っている人を見つける。
助けを求める者を見つける。
坂巻には、それを放っておくことができなかった。
連れてくる。
救う。
猫の都へ迎え入れる。
けれど、人を救えば救うほど住民は増えていく。
住民が増えれば増えるほど、五芒星の内側へ入れない者も増える。
善意で救ったはずの人々の中に、いつしか優劣が生まれていく。
そのことが、坂巻の心へ少しずつ重くのしかかっていた。
助けなければ、その人は死ぬかもしれない。
助ければ、今度は別の誰かが外へ押し出される。
何が正しいのか、分からなくなっていた。
人を救いに向かうはずだったお遍路は、いつの頃からか現実逃避の一人旅のようなものへ変わっていた。
―――――
その日も、坂巻は一人で樹海を歩いていた。
菅笠を被り、白衣に袈裟。
いつものお遍路姿。
足元の枝を避けながら、何となく前へ進む。
特に目的地があるわけでもない。
ただ、都から少し離れたかった。
そんな時だった。
「おーーい!!」
坂巻が足を止める。
「お~い、上だよ~!」
声は、空から聞こえてきた。
「……え?」
坂巻はゆっくりと顔を上げる。
そして――。
「え!? なになに?? 人? 空から人ーー!!」




