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おじさん、バズる

 千人を超えた。


 モッシュロンダーの食レポ動画を上げてから三日後、キラスタの登録者数はついに四桁に乗った。


 数字としてはただの「1000」だ。


 けれど、あの子たちにとっては壁だったはずだ。


 収益化の条件。夢の入口。そこに到達したという事実。


 その瞬間に立ち会えたのは、たまたま俺がネカフェにいたからだ。


 SIMはとっくに止まっている。


 電波はない。メッセージの通知で目が覚めるような、便利な生活はとうに終わっている。


 だから俺は、Wi-Fiのある場所にいる時だけ、世界と繋がる。


 画面の右上に、Wi-Fiのマーク。


 それを確認した直後だった。


『おじさん!!!! 千人!!!! 千人超えた!!!!!!』


 (ゆう)からのメッセージ。


 文字だけでうるさい。


 ビックリマークの数がおかしい。


『おめでとう』


 そう返すと、間髪入れずに返ってきた。


『おめでとうじゃないよ!! おじさんのおかげだよ!!!!』


『いや、お前たちが頑張った結果だ』


『おじさんも頑張ったでしょ!! 謙遜しないで!!』


 謙遜しているつもりはない。


 俺がやったのは撮って、切って、繋いだだけだ。


 戦っているのはあいつらで、伸びたのはあいつらの顔と声と汗のおかげだ。


 ……と言っても、たぶん聞かない。


『で、どうするんだ?』


『収益化の申請出す! 条件満たしたから!』


『審査にどれくらいかかる?』


『分かんない。早くて一週間、遅いと一ヶ月くらいかかることもあるらしい』


 一週間から一ヶ月。


 勢いがある今、止まるわけがない。


 むしろ撮るだろう。もっと、もっと。


『それと、お祝いしたいんだけど』


『お祝い?』


『千人達成記念! みんなでご飯食べよ!』


 また奢られるのか。


 腹は、正直に言えば嬉しがっている。だが頭が渋る。


 そういうのに慣れると、いよいよ人間が腐る。


『俺は——』


『おじさんの分は経費! チームの功労者をねぎらうのは当然でしょ?』


 経費。


 言葉の選び方がうまい。悠は、俺が施し(・・)を嫌うのを分かっている。


 分かった上で、受け取りやすい形にしてくる。


 ……性格が悪いんじゃない。頭がいい。


 こういうところが、配信者の才能なんだろう。


『分かった。いつにする?』


『明日の夜! 場所はまた連絡するね!』


 明日。


 久しぶりに「楽しみだ」と思える予定ができた。



 翌日の夕方、指定された場所に行くと、焼肉屋だった。


 チェーン店じゃない。個人経営っぽい、こぢんまりした店。


 赤い暖簾をくぐると、煙と肉の匂いがいきなり殴ってくる。


 腹が、反射で鳴った。


 ……鳴ってない。鳴ってないはずだ。


 俺の心が鳴っただけだ。


「おじさーん! こっちこっち!」


 奥の座敷から悠が手を振っている。


 朱音(あかね)涼子(りょうこ)も揃っていて、すでにテンションが一段上がっている。


「すまん、待たせたか」


「ううん、私たちも今来たとこ!」


 座布団に腰を下ろす。


 目の前にメニューがあり、その値段を見て、俺は一瞬だけ固まった。


 高い。


 学生が軽い気持ちで来る店じゃない。普通に一人五千円は飛ぶ。


「悠、ここは——」


「大丈夫、大丈夫! 今日は特別だから!」


 悠がにっこり笑う。


 その笑い方が、もう勝っている。


「それに、収益化が通ったら、もっといい店行けるようになるかもしれないし。先行投資!」


 先行投資。


 使い方はともかく、言いたいことは分かる。


「……分かった。ありがたくいただく」


「よし! じゃあ、注文しよ!」


 悠が店員を呼ぶ。


 カルビ、ロース、ハラミ、タン塩。キムチ、ナムル。ご飯は大盛り。


 迷いがない女子高生に恐怖する。


「おじさん、何か食べたいものある?」


「……俺は何でもいい」


「遠慮しないでよ。ホルモンとか好き?」


「嫌いではない」


「じゃあ、ホルモン盛り合わせも追加で!」


 店員がメモを取りながら去っていく。


 大丈夫なのか、これ?


「そうだ、おじさん」


 朱音が思い出したようにスマホを取り出した。


「コメント欄、見た?」


「いや。何かあったのか」


「おじさん特定班が盛り上がってる」


 特定班。


 嫌な単語だ。響きがもう嫌だ。


「……どういうことだ」


「声を分析して年齢を推定しようとしてる人とか、撮影場所を特定しようとしてる人とか。結構ガチ」


 朱音がスマホ画面を見せてくる。掲示板らしいサイト。


 スレタイは——


『【キラスタ】おじさん特定スレ part2【何者?】』


 part2。


 つまり、part1があった。知らないうちに増殖している。菌類か。


『声の周波数から推定すると、35〜45歳の男性』


『話し方が軍隊っぽい。元自衛隊か?』


『カメラワークがプロすぎる。元テレビマンでは』


『たまに古い言い回し使うよな。地方出身?』


『ダンジョン知識ありすぎ。元冒険者の可能性』


『でも免許持ってないんだろ? じゃあ違うか』


『謎が深まる』


 俺はスマホを返した。


「……元気だな」


「暇とは言わないんだ」


 朱音が笑う。


「でも、おじさんの人気の証拠だよ」


 涼子が小さく頷いた。


「注目されてるってことです」


 注目。


 それは、増えるほど危ない。


「まぁ、特定されないように気をつける」


「顔出ししなければ大丈夫だと思うけどね」


 悠が言う。


「おじさんの声、ファンいるし。このまま『謎のおじさん』ポジションでいた方がキャラ立つかも」


 謎のおじさんポジション。


 そんな職業、聞いたことがない。


 ちょうど肉が運ばれてきた。


 サシの入ったカルビが艶やかに光っている。


 店の照明が反射して、やけに誇らしそうだ。


「よーし、焼くよー!」


 悠が網に肉を並べる。


 じゅう、と音がして煙が上がる。


 視界が白くなる。匂いが濃くなる。


 腹が——いや、腹は鳴ってない。鳴ってないって言ってるだろ。


「おじさん、自分で焼く派? 焼いてもらう派?」


「どっちでもいい」


「じゃあ、私が焼いてあげる! おじさんは食べるのに集中して!」


 なぜそんなに張り切る。


 いや、分かる。焼肉は楽しい。


 テンションが上がる。俺だって上がっている。


 上がってないふりをしているだけだ。


「はい、おじさん。いい感じ」


 悠が俺の皿に肉を乗せてくれる。


「……ありがとう」


 一口。


 柔らかい。脂が甘い。ご飯が欲しい。ご飯が、欲しい。


「美味いな」


「でしょ! この店、穴場なんだよね」


 煙に(まみ)れながら、悠が得意げに胸を張る。


「おじさん、お肉好き?」


 涼子が聞いてきた。


「嫌いな奴はいないだろう」


「それもそうですね」


 涼子がくすりと笑う。


 こういう小さな笑いが、なんだか良い。


 肉を食べながら、四人で話す。


 次はどの階層に行くか。ウケる企画は何か。切り抜き対策。サムネの色。


 女子高生の会話にしては妙に実務的で、俺は時々笑ってしまう。


「ねぇねぇ、他の配信者とコラボとかどう思う?」


 悠が言った。


「コラボ?」


「うん。同じくらいの規模のチャンネルと一緒に配信するの。お互いの視聴者が流れて、登録者増えやすいって」


「なるほど。相手はいるのか?」


「何人か声かけてみようかなって。『ダンジョン探検隊』ってチャンネル知ってる?」


 俺は知らない。


 だが、悠が似てる(・・・)と言うなら、企画としては成立するのだろう。


「問題は、おじさんをどうするかだけど」


「俺?」


「うん。コラボ相手のカメラマンと、おじさんが一緒に撮影することになるでしょ? そしたら、おじさんの存在がもっと広まっちゃうかもしれない」


 確かに。


 『謎のおじさん』が、別の界隈に輸出される。


 面倒だ。面倒すぎる。


「俺は裏方に徹する。必要なら、カメラは向こうに任せてもいい」


「えー、それはもったいない」


 悠が即答した。


「おじさんの撮り方じゃないと、キラスタっぽくならないもん」


 そう言われると、ちょっとだけ困る。


 褒められるのは苦手だ。


「まぁ、まだ先の話ね。とりあえず収益化が通ってから!」


 悠はそう言って、タン塩を頬張った。


 俺も黙って肉を食べた。


 久しぶりに、腹いっぱいになるまで食べた。



 食事を終えて店を出ると、夜の街はすっかり暗かった。


「おじさん、今日はありがとね」


 悠が言う。


「礼を言うのは俺の方だ。ご馳走になった」


「いいのいいの。おじさんのおかげで千人いったんだから。これくらい当然!」


 朱音も頷く。涼子も小さく手を振る。


「じゃあ、また連絡するね! 次の撮影、楽しみにしてて!」


「ああ」


 三人が手を振って去っていく。


 夜の街灯に照らされて、三つの影が揺れる。


 俺はその背中を見送りながら、少しだけ空を見上げた。


 星が見える。異世界の夜空を思い出す。


 あっちは月が五つあった。こっちは一つだけ。


 でも、どっちの空も、見上げると妙に落ち着く。


 腹が満たされているせいか、今夜はよく眠れそうだった。



 三日後、騒ぎが起きた。


 事件、と言うと大げさかもしれない。


 でも、俺にとっては充分に嫌な出来事(・・・・・)だった。


 公園のベンチで目を開けたのは、誰かの足音と、自販機の缶が落ちる音のせいだ。


 夜明け前。空はまだ薄い。体は丸くなっていた。背中が固い。


 反射でスマホを見る。


 通知は——ない。そりゃそうだ。SIMは死んでいる。


 俺は息を吐いて立ち上がった。


 こういう時だけ、世界から切り離されている感覚が強くなる。


 近くのコンビニまで歩く。


 店内の暖かさに、少しだけ救われる。


 コーヒーの匂いがする。腹が反応する。


 ……鳴ってない。鳴ってない。


 イートインの端に座り、Wi-Fiに繋ぐ。


 その瞬間だった。


 ぶる、ぶる、ぶる。


 溜め込んでいた分が一気に来たみたいに、スマホが震える。


『おじさん、大変!!』


『起きてる!?』


『やばいの出た!!!』


 悠、朱音、涼子。


 メッセージが雪崩みたいに流れ込む。


『どうした』


 短く返す。


 返した直後、リンクが貼られた。


『動画、見て!!』


 アドツベ。キラスタのチャンネルじゃない。


 タイトルは、


『【検証】キラスタのおじさん、ガチで何者なのか調べてみた』


 再生数——十万を超えていた。


「……おい」


 思わず声が漏れた。


 コンビニの静けさの中で、自分の声だけがやけに響いた気がして、俺は咳払いでごまかした。


 再生する。


 画面には切り抜きが並ぶ。


 俺の声。俺の影。俺の指示。


 全部、丁寧に拾われている。


 丁寧すぎるその仕事っぷりが、真面目に怖い。


『まず、声の分析から。周波数と話し方から推定すると、この人物は三十代後半から四十代前半の男性と思われます』


 ナレーションが、いけしゃあしゃあと言う。


『注目すべきは、専門用語の使い方です。ダンジョン内での指示が的確すぎる。これは、相当な経験がないと出てこない判断です』


 スライム戦法のシーン。


 俺の声が、俺の声として流れる。


『さらに気になるのは、カメラワークです。明らかにプロの技術です。しかも、戦闘中でも冷静にフレーミングを維持している』


 ……余計なことを。


『結論として、このおじさんは——謎です』


 動画はそう締めた。


『元プロのカメラマン? 元冒険者? それとも、まったく別の何か? 真相は分かりませんが、一つだけ確かなことがあります。この人物は、ただのカメラマンではない』


 終わった。


 十万再生。


 キラスタの動画より回っている。


 つまり、俺に興味を持った人間が、それだけいるということだ。


『おじさん、大丈夫?』


 悠から続いてのメッセージ。


『大丈夫だ。顔は出てない』


『でも、特定されたらまずいんでしょ?』


 悠は全部を知らない。


 だが、俺が何かを隠していることは察している。


『できれば避けたい』


『どうする? 撮影、控えた方がいい?』


 その提案に、俺は一瞬、指が止まった。


 控えれば安全だ。


 でも控えたところで、今さら注目(・・)が消えるとは限らない。


 むしろ『逃げた』と面白がられる可能性すらある。ネットはそういう場所だ。


 それに——あいつらは、今、走り出したところだ。


『いや、続ける』


『え、いいの?』


『今さら引いても、もう見られてる。……それに、手伝うって決めたからな』


 強がりが混じったのは、自分でも分かった。


 でも、嘘ではない。


『……ありがとう、おじさん』


 悠の返信。


『でも無理しないでね。危ないと思ったら、いつでも言って。私たち、おじさんを守りたいから』


 守りたい。


 女子高生に守られる元勇者。


 笑うべきか、泣くべきか分からない。


『ああ。ありがとう』


 俺はそう返して、スマホを伏せた。


 コンビニの棚の向こうで、店員が揚げ物を補充している。


 平和な音がする。


 なのに俺の頭の中だけ、さっきの動画の声がぐるぐる回っていた。



 その日の午後、俺はネカフェで例の動画をもう一度見返していた。



 分析の中身は的外れだ。元プロでもない。元冒険者でもない。


 けれど『ただのカメラマンではない』という結論だけは、残念ながら当たっている。


 つまり、そこだけを足掛かりにされる。


 声。影。癖。言い回し。


 削れるものは削るべきだ。


 ……が、削りすぎるとキラスタっぽさ(・・・・・・・)が死ぬ。悠が言っていた通りだ。


 難しいし、さらに言えばめんどくさい。


 けど、放り投げるほど嫌じゃないのが、さらに面倒だ。


 考えていると、スマホが震えた。


 着信——ではない。


 SIMが死んでいるから、普通の電話は鳴らない。


 震えているのは、Wi-Fiで繋いでいる無料通話アプリの方だった。ネカフェでしか使えない、いかにも貧乏くさいやつ。


 表示は、知らない番号。


 普段なら無視する。


 でも、嫌な予感が勝った。


「……もしもし」


『あ、繋がった。お忙しいところ申し訳ありません。ダンジョン管理局の桐島です』


 桐島――あの男か。


「……何の用だ」


『先日はご挨拶だけで失礼しました。改めて、お話ししたいことがありまして』


「話?」


『ええ。悪い話ではありません。むしろ、あなたにとって良い話かと』


 良い話。


 それを素直に信じるほど、俺はお人好しじゃない。


「どういう意味だ」


『電話では説明しにくいので、直接お会いできませんか? ご都合の良い時間に、こちらから伺います』


 直接会う。


 つまり、距離を詰めたいんだろう。情報を取るために。


 無視しても、終わらない。


 終わらないなら、こちらが場所と時間を握った方がいい。


「……分かった。明日の午後、ダンジョンのゲート前でどうだ」


『ありがとうございます。では、明日の午後二時に』


 通話が切れた。


 俺はスマホを握りしめたまま、しばらく動けなかった。


 ——何を企んでいる。


 分からない。


 でも、逃げれば追われる。追われれば、余計に面倒が増える。


 なら、正面から聞く。


 情報を集めて、相手の出方を見て、こちらの手を決める。


 異世界で覚えた、面倒な生き方だ。


 けれど、今の俺には、それしかない。


 ネカフェのブースで、俺は深く息を吐いた。


 ——綱渡りは、まだ続く。


 いや、ここからが本番なのかもしれない。


ブクマ、感想などなどお待ちしています!

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