おじさん、食レポをする
登録者数が八百人を超えた。
一週間前は五百人程度だったことを考えると、驚異的な伸びだ。
スライム戦法の動画が予想以上に拡散され、「面白い攻略法を編み出すチャンネル」として認知され始めている。
千人まで、あと二百人。
収益化の条件が、目前に迫っていた。
『おじさん、相談があるんだけど』
悠からのメッセージは、いつもより改まった文面だった。
『なんだ?』
『次の動画、第三階層に行ってみたいなって』
第三階層。
俺はスマホの画面を見つめながら、少し考えた。
このダンジョンは、すでに二十階層以上が攻略されている。
プロの冒険者チームが最深部を目指して日々挑戦しており、第三階層など彼らにとっては通過点に過ぎない。
初心者向けの練習場とすら言われている階層だ。
だが、キラスタにとっては未知の領域であることに変わりはない。
『危険度はどうなんだ?』
『調べたんだけど、第二階層とそこまで変わらないみたい。モッシュロンダーっていうキノコ型のモンスターが出るらしいけど、ウッドウォークより弱いって書いてあった』
モッシュロンダー。
聞いたことがない名前だ。
異世界にも似たようなキノコ型モンスターはいたが、こちらの世界のものとは生態が違うかもしれない。
『しかも、モッシュロンダーって食べられるらしいよ! ダンジョン飯とかいって、最近流行ってるんだって』
食べられる。
その一言に、俺の興味が引かれた。
ダンジョンの産物を食料にする文化は、異世界では当たり前だった。
この世界でも同じかどうかは分からないが——少なくとも、話題にはなる。
『食レポ動画か』
『そう! 戦闘だけじゃなくて、食べるところまで撮れたら面白いかなって。他のダンジョン配信者もやってる人いるし』
なるほど。コンテンツの幅を広げようという考えか。悪くない発想だ。
戦闘一辺倒では、いずれ視聴者も飽きる。
食という切り口を加えることで、新しい層を取り込める可能性がある。
『分かった。準備するものはあるか?』
『調理器具! あと調味料とか。私が持っていくね』
『了解。日程は?』
『明後日の土曜日でどうかな?』
『問題ない』
俺はスマホをポケットにしまい、空を見上げた。
第三階層か。
どんな場所なのか、少しだけ楽しみになっている自分がいた。
□
土曜日の朝、ダンジョンのゲート前に集合した。
悠は大きなリュックを背負っていた。
中身は調理器具と調味料らしい。
フライパン、鍋、まな板、包丁、油、塩、コショウ、醤油。
キャンプでもするのかというような荷物だ。
「重くないか?」
「大丈夫! これくらい余裕だよ」
悠は笑顔で言ったが、肩紐が食い込んでいるのが見える。
無理をしているのは明らかだった。
「俺が持とう」
「え、いいの?」
「カメラは片手で回せる。両手が塞がってると危ない」
悠からリュックを受け取る。
ずしりとした重みが肩にかかった。
十キロ近くあるだろうか。
「おじさん、力持ちだね」
朱音が感心したように言った。
「まぁな」
余計な説明はしない。
すると、涼子がこっそりリュックのベルトを調整してくれた。
ありがたい。
「じゃあ、行こっか!」
悠の号令で、俺たちは第一階層に足を踏み入れた。
□
第一階層と第二階層は、もう慣れた道だ。
スライムやゴブリンが何度か襲ってきたが、三人は手際よく処理していった。
スライム戦法を応用し、ゴブリンの目にスライムを投げつけて視界を奪うという技まで編み出している。
俺が教えたわけではない。
彼女たちが勝手に伸びている。
ウッドウォークも三体ほど遭遇したが、もはや苦戦する相手ではなくなっていた。
悠がスライムを投げ、朱音が足を斬り、涼子が核を射抜く。
一連の流れが、体に染み付いている。
「第三階層、あそこだね」
悠が指差した先に、下り階段があった。
第二階層の最奥部。
苔むした岩壁に、ぽっかりと穴が開いている。
階段は螺旋状になっており、下に何があるのかは見えない。
その横に、やけに丁寧な掲示があった。
「ダンジョン内産出物の持ち出しは禁止」
食材系の動画が流行ると、こういう注意書きが増えるんだろう。たぶん。
「生配信、始めるね」
悠がスマホを取り出し、配信を開始した。
「みんな、こんにちは! キラキラスリースターズです! 今日はついに、第三階層に初挑戦します!」
『きたああああ』
『待ってた』
『気をつけてね』
『モッシュロンダー楽しみ』
コメント欄がすでに盛り上がっている。
同時接続者数は、配信開始直後で二百人を超えていた。
「しかも今日は、ダンジョン飯に挑戦しちゃいます!」
『まじか』
『食レポ期待』
『モッシュロンダーうまいらしいよ』
『おじさんも食べるの?』
おじさんも食べるの。
そのコメントに、俺は少しだけ苦笑した。
いつの間にか、視聴者の中で俺の存在が定着している。
「おじさん」というキャラクターが、キラスタの一部として認識されている。
ありがたい。
ただ、あまり目立つと面倒なことになる。
そこは、ちょっとだけ気をつけたい。
「じゃあ、行きまーす!」
悠が先頭に立ち、階段を降り始めた。
朱音と涼子が続き、俺は最後尾からカメラを回す。
階段は思ったより長かった。
螺旋を何度も回り、徐々に空気が変わっていく。
第二階層の森のような湿気とは違う。もっと重い、土の匂い。
そして、かすかに甘い香りが混じっている。
「なんか……いい匂いしない?」
朱音が鼻をひくひくさせながら言った。
「キノコの匂いかな。第三階層はキノコがいっぱい生えてるらしいよ」
悠の説明通り、階段を降り切った先には、キノコの森が広がっていた。
いや、森というより、キノコの楽園と言った方が正確かもしれない。
地面から生える巨大なキノコ、天井から垂れ下がるキノコ、壁を覆うキノコ。赤、青、黄、紫、様々な色のキノコが、淡い光を放ちながら群生している。
「うわぁ……きれい……」
涼子が息を呑んだ。
確かに、幻想的な光景だった。
キノコの発光が薄闇を照らし、神秘的な空間を作り出している。
天井から垂れ下がる光るキノコが、星空のように見える。
「これ、全部食べられるのかな」
「ダメダメ、毒キノコもあるって書いてあったよ。食べていいのはモッシュロンダーだけ」
悠が朱音を制止した。
そう、この美しさに騙されてはいけない。
見た目が綺麗なものほど、うっかりすると地獄を見る。
……と、言いたいところだが。
今日の空気は、妙にのんびりしている。
「で、そのモッシュロンダーはどこにいるの?」
朱音がきょろきょろと周囲を見回す。
「動くキノコらしいから、見分けがつくはず——」
悠が言いかけた、その時。
右手の茂みから、何かが飛び出してきた。
「きゃっ!」
涼子が悲鳴を上げて後退する。
飛び出してきたのは、傘の直径が三十センチほどのキノコだった。
二本の短い足で地面を蹴り、ぴょんぴょんと跳ねている。
傘の下には、つぶらな目のようなものが二つ。
丸くて黒い、ビー玉のような目がこちらを見ている。
モッシュロンダー。
これが、第三階層の主力モンスターか。
「……かわいい」
悠が呟いた。
確かに、ウッドウォークやゴブリンに比べれば、はるかに愛嬌がある。
動きもコミカルで、脅威というよりはマスコットのような印象だ。
だが、油断は禁物——
「ぷぎゅ」
モッシュロンダーが、悠の足元に擦り寄ってきた。
「え、なにこれ、懐いてる?」
「えー、かわいい」
朱音も警戒を解いて近づく。
「待て、まだ——」
俺が止める間もなく、朱音がモッシュロンダーの傘を撫でた。
「ふわふわしてる! なにこれ、めっちゃ触り心地いい」
「私も触りたい!」
悠も手を伸ばす。
モッシュロンダーはされるがままになっている。
むしろ気持ちよさそうに目を細めている。猫みたいだ。
『かわいいいいい』
『なにこれ癒し』
『ペットにしたい』
『食べるの可哀想になってきた』
コメント欄も和やかなムードになっている。
俺は周囲を見渡した。
危険な気配は、今のところない。
キノコの群生の間を、何匹かのモッシュロンダーがのんびり歩いているだけだ。
第三階層は、本当に初心者向けの階層らしい。
「……まぁ、大丈夫そうだな」
「おじさんも触ってみなよ」
悠が笑いながら言った。
「いや、俺は——」
「ほら」
朱音がモッシュロンダーを持ち上げ、俺に押し付けてきた。
仕方なく受け取る。
確かにふわふわしている。
キノコというより、ぬいぐるみのような触感だ。傘の部分は弾力があり、押すとゆっくり戻ってくる。
軸の部分はほんのり温かい。
モッシュロンダーが、俺の顔を見上げた。
「……ぷぎゅ」
「おじさん、懐かれてるね」
涼子がくすくす笑った。
『おじさんにも懐くんだ』
『モッシュロンダー、人を見る目ある』
『おじさんの腕の中で幸せそう』
コメント欄が盛り上がっている。
俺としては、複雑だ。
カメラマンのはずなのに、抱っこ係になっている。
「さて」
悠が、急に真顔になった。
「そろそろ……狩ろっか」
「え」
モッシュロンダーが、悠の言葉を理解したかのようにびくりと震えた。
「食レポしないといけないからね。ごめんね」
悠が剣を抜いた。
俺の腕の中のモッシュロンダーが、必死に逃げようともがき始める。
「……おい、さっきまで撫でてたのに」
「そこは別腹! 別腹は正義!」
何がだ。
俺はモッシュロンダーを地面に下ろした。
モッシュロンダーは一目散に逃げ出した。
短い足でぴょこぴょこと跳ねながら、キノコの茂みに消えていく。
「あ、逃げた」
「大丈夫、いっぱいいるから」
悠の言う通り、周囲を見回せば、あちこちにモッシュロンダーの姿があった。
こちらを遠巻きに眺めているもの、無心でキノコを齧っているもの、跳ねながら遊んでいるもの。
平和だ。平和すぎて逆に怖い。
「よし、あれにしよう」
悠が狙いを定めたのは、他より一回り大きなモッシュロンダーだった。
傘の直径が四十センチほど。
堂々とした佇まいで、こちらを見ている。
「いただきます」
悠が駆け出した。
大きなモッシュロンダーは逃げなかった。
むしろ、悠に向かって突進してきた。
「おっと」
悠が身をかわす。体当たりは見た目より速い。だが、威力はそれほどでもなさそうだ。
「朱音、挟み撃ち!」
「了解!」
朱音が回り込み、退路を断つ。
二人に挟まれたモッシュロンダーは右往左往しながら逃げ道を探している。
その隙を、悠は見逃さなかった。
剣が振り下ろされ、モッシュロンダーの傘を貫く。
「ぷぎゅ……」
断末魔の声を上げて、モッシュロンダーは動かなくなった。
『あっ』
『さらば』
『うまそう』
『命をいただくとはこういうこと』
「よし、獲れた!」
悠がモッシュロンダーを持ち上げた。傘から白い汁が滴っている。
「じゃあ、調理しよっか。どこか平らな場所を探そう」
少し開けた場所を見つけた。
地面が比較的平坦で、座れそうな岩もある。
キノコの光が明るく、調理には十分だ。
俺がリュックを下ろし、中身を取り出す。
フライパン、カセットコンロ、油、塩、コショウ。
必要なものは揃っている。
「今日の悠、本気だな」
「当然! これは戦いだから!」
「何と戦ってんの」
朱音のツッコミが入る。
悠がモッシュロンダーを解体し始めた。
傘を軸から切り離し、裏側のひだを取り除く。
手際がいい。予習してきたんだろう。
白い果肉のような部分が露出した。
「へー、こんな感じなんだ」
「ちょっと、エリンギっぽいかも」
「確かに」
見た目は巨大なエリンギのスライスに近い。
厚さは二センチほど。これを焼くわけだ。
悠がカセットコンロに火をつけ、フライパンに油を引いた。
じゅわ、という音と共に、油が熱せられていく。
「よし、焼くよー」
モッシュロンダーの傘をフライパンに乗せた。
じゅうううう、という音が響く。
そして——
「いい匂い……!」
朱音が声を上げた。
確かに、いい匂いだ。
キノコを焼いた時の香ばしさに、どこか甘い香りが混じっている。
バターのような、ナッツのような食欲をそそる匂いだ。
「ダンジョンでこんな匂い嗅ぐ日が来るとは……」
涼子が小さく呟いた。分かる。分かりすぎる。
焼くこと五分ほど。
両面にこんがりと焼き色がつき、モッシュロンダーのステーキが完成した。
「塩コショウで味付けして……はい、完成!」
悠が皿代わりの大きな葉っぱに盛り付けた。
湯気が立ち上り、香ばしい匂いが周囲に広がる。
「じゃあ、実食!」
悠がフォークで切り分け、口に運ぶ。
咀嚼する。
目を閉じる。
そして——
「……おいしい」
悠の顔が、ぱあっと明るくなった。
「めっちゃおいしい! なにこれ、キノコなのにお肉みたいな食感! でもキノコの旨味もある!」
『まじか』
『食べたい』
『リアクション良すぎ』
『嘘っぽくないのがいい』
「私も食べる!」
朱音がフォークを奪い取り、一口。
「うま……なにこれ、うま……」
語彙力が落ちた。
「涼子も」
「い、いただきます」
涼子も一口。
「……おいしいです。すごく」
三人とも、本気で美味しそうに食べている。
演技ではない、本物の反応だ。
「おじさんも食べてよ!」
悠が俺にフォークを差し出した。
「……いただく」
一切れ口に入れる。
噛む。
肉厚な食感が、歯を押し返す。
キノコ特有の弾力と、肉のような繊維質が混在している。
噛むほどに旨味が溢れ出す。
塩コショウの味付けが、素材の良さを引き立てている。
「……美味いな」
それだけで十分だ。
『おじさん食レポ』
『声がいい』
『美味いな、って言い方好き』
「よかったー! じゃあ、もう一匹狩ってくる?」
悠がもう戦闘モードに入っている。
「いや、俺は——」
「遠慮しないでよ。おじさんも働いてるんだから。これは“動画のため”!」
その言い方はずるい。
動画のためなら、仕方ない。たぶん。
「……分かった。頼む」
「任せて!」
悠が走っていく。
「おじさん、ダンジョン飯の才能あるかもね」
朱音が笑いながら言った。
「どういう才能だ、それは」
「一言で締める才能。編集楽そう」
褒めてるのか、それ。
十分後、悠がもう一匹のモッシュロンダーを狩って戻ってきた。
「はい、追加!」
「……ありがとう」
俺は黙々と食べた。
胃が温かいもので満たされていく感覚は、やっぱりいい。
不思議と、気持ちも落ち着く。
□
第三階層の探索は、その後も順調に進んだ。
モッシュロンダーを何匹か狩り、核を回収した。
食用にした分は核を傷つけてしまったが、それ以外は無傷で取り出せている。
悠の免許に記録される魔石の重量が、少しずつ増えていく。
途中、毒キノコらしきものを見つけて「それ絶対ダメなやつ」と解説したり、光るキノコを接写したり、素材もたっぷり撮れた。
第三階層は戦闘以外にも見どころが多い。
「そろそろ戻ろっか」
悠が言った。
二時間ほど探索して、全員の疲労が溜まってきている。
「ああ。いい素材が撮れた」
「でしょ? 今日の動画、絶対バズるよ」
悠が自信満々に言った。
その自信は、根拠がないわけではない。
食レポという新しい切り口、可愛いモンスター、美味しそうな料理。
視聴者が喜ぶ要素が揃っている。
帰り際、調理で出た残骸や、使い終わった葉っぱの皿は、その場に残さずまとめた。
持ち出しができない以上、最後は所定の回収へ。
ルールはルールだ。
俺たちの動画が「お手本」になった方が、あとあと面倒が少ない。
□
ダンジョンを出ると、夕方になっていた。
西の空がオレンジ色に染まり、ゲートの周囲に長い影を落としている。
「おじさん、今日もありがとう!」
悠が頭を下げた。
「報酬、三千円でいいかな? 今日は食レポもしてもらったし」
「ああ、助かる」
素直に受け取った。
食べさせてもらったのはありがたい。
だが、それとこれとは別だ。仕事には対価がある。
そこが曖昧になると、関係も曖昧になる。
「じゃあ、また連絡するね!」
三人が手を振りながら去っていく。
俺はその背中を見送りながら、ふとゲートを振り返った。
——また、視線を感じる。
受付の奥。事務所の窓。
スーツ姿の男が、こちらを見ている。
中年くらいだろうか。
無表情で、何を考えているか読めない顔だ。
目が合った。
男は、小さく頭を下げた。
挨拶なのか、確認なのか。どっちでも嫌な予感がする。
俺も、反射で小さく頭を下げ返した。
次の瞬間、カーテンが閉まった。
そして。
「あの」
背後から声をかけられた。
振り返る。
さっきの男が、いつの間にか事務所から出てきていた。
スーツ姿に革靴。場違いなのに、場を支配する空気がある。
「少し、お時間よろしいですか」
丁寧な口調だった。敵意は感じない――が、警戒はする。
「……何の用だ」
「ご挨拶が遅れまして。私、ダンジョン管理局の者です」
男が名刺を差し出した。
受け取る。
『ダンジョン管理局 調査課 主任 桐島啓介』
肩書きがやたらちゃんとしている。
ちゃんとしすぎて逆に怖い。
「それで、何の用だ」
「単刀直入に申し上げます」
桐島と名乗った男が、俺の目をまっすぐに見た。
「あなたは——冒険者免許をお持ちではありませんね?」
心臓が、一瞬だけ止まった。
「……ああ」
否定しても仕方がない。調べれば分かる。
「ダンジョン内での活動には、冒険者免許が必要です。無免許での活動は、法律で禁止されています」
「知っている」
「では、なぜ——」
「カメラマンだ。戦闘はしていない。モンスターを倒しているのは、免許を持っている三人だ」
俺は淡々と答えた。
桐島は、少しだけ眉を動かした。
意外だった、という反応だろうか。
「……なるほど。では、戦闘行為には一切参加していないと?」
「ああ」
嘘ではない。
俺は一度も武器を振るっていない。
「指示を出していましたね。戦術的な助言を」
「声をかけただけだ。それも違法なのか?」
桐島は、少しだけ沈黙した。
「……いえ。声をかけるだけなら、違法ではありません」
「なら、問題ないだろう」
「ええ。今のところは」
今のところは。
その言い方が、やけに事務的で、やけに意味深だった。
「ただ、一つ確認させてください」
桐島が一歩近づく。
「あなたは——何者ですか?」
何者か。
答えは用意してある。用意してないと、生きていけない。
「ただのホームレスだ」
俺はそう答えた。
「金がないから、あの子たちの手伝いをしている。それだけだ」
桐島は、しばらく俺の顔を見つめていた。
何かを探るような視線だが、表情は崩れない。
「……分かりました」
やがて、桐島は一歩下がった。
「今日はこれで失礼します。ただ、今後も継続的にダンジョンに入られるのであれば、免許の取得をお勧めします」
「金がない」
「分割払いも可能ですよ」
桐島が、ほんの少しだけ笑った。
笑ったというより、口角が動いた程度だ。
分割払い。免許ってローン組めるんだな。
「では」
桐島は踵を返して去っていった。
俺はその背中を見送りながら、息を吐いた。
——探られている。
間違いない。
ただ、今のところは「無免許のカメラマン」。
それ以上でもそれ以下でもない。……そういうことにしておこう。
公園に向かいながら、俺は考えていた。
この関係を壊したくない。
それだけは、やけにハッキリしている。
綱渡りは、まだ続いている。
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