おじさん、森に隠す
「木を隠すなら森の中、ってやつだ」
俺は三人を前にして、そう宣言した。
場所はいつものファミレス。
ドリンクバーのコーラを片手に、俺は今後の方針を説明していた。
「どういうこと?」
悠が首を傾げる。
「ドラゴンの動画が一本だけだから目立つんだ。だったら、他の動画をたくさん上げて、あれを埋もれさせる。一本を異常じゃなくて、チャンネルの流れにする」
「なるほど……?」
悠はまだ半信半疑だ。分かる。
俺だって、こんな小細工でどうにかなるのか自信はない。
「つまり、これからバンバン撮って投稿するってこと?」
朱音の目が、やけに輝いた。危険な輝きだ。
「そういうことだ。ただし、ドラゴン級の派手なのは無理。見栄えは良いけど危険は抑えた、そういう企画を連打する」
「見栄えは良いけど危険は抑えた企画……」
涼子が腕を組む。考える時の顔だ。
「例えば、どんなの?」
「そうだな……」
俺も考える。
向こうにいた頃は、派手な戦いばかりだった。
あっちの派手を持ち込めば、すぐ詰む。
目立つ。騒ぎになる。面倒が増える。最悪だ。
……と、俺が悩んでいると。
「あっ、そうだ!」
悠が、ぱっと顔を上げた。
「変身バングルで色んな姿になって、それぞれのキャラで動画撮るのはどう?」
「色んな姿?」
「うん! 私は河童で、朱音はワーウルフで、涼子はエルフで。おじさんは……えーと、ハイエルフ!」
「ハイエルフか……」
「それで、四人でパーティー組んでダンジョン攻略する動画! 『異種族パーティーがダンジョンに挑む!』みたいな!」
――悪くない。
変身していれば顔バレの心配は減るし、エルフとワーウルフと河童という謎の組み合わせは、それだけで絵になる。
絵になる、はずだ。
「それ、いいかもしれない」
「でしょ!?」
悠が得意げに胸を張る。河童なのに胸を張るな。いや、胸はあるのか。……あるな。
「じゃあ、早速撮影しよう!」
「待て待て。企画はいい。問題は階層だ」
「十階層!」
「却下」
「えー! なんで!」
「お前たちのレベルじゃまだ早い。ドラゴンの件もあった。あんなのがまた出たら、洒落にならん」
「じゃあ、何階層?」
「五階層」
「五階層って、スライムとかしかいないじゃん」
「スライムでいいんだよ。見栄えは編集でどうにでもなる」
三人が揃って不満そうな顔をした。分かる。分かるが、安全は譲れない。
「五階層で、撮り方を工夫する。それでいいだろ」
「……分かった」
渋々ながら、頷いた。
□
翌日。
俺たちはダンジョンの五階層にいた。
全員、変身バングルで姿を変えている。
俺はハイエルフ。涼子はエルフ。朱音はワーウルフ。
そして悠は――
「河童、参上!」
……河童だ。
緑色の肌。頭の上の皿。背中の甲羅。
どこからどう見ても河童である。
「なんで河童なんだよ」
「可愛いじゃん」
「可愛いか?」
「可愛いよ! ほら、このぷにぷにした感じ!」
悠が自分の頬をつつく。確かにぷにぷにしている。
だが、それが可愛いかどうかは、俺の担当外だ。
「まぁいい。撮影始めるぞ」
「はーい」
今回は俺も出演者なので、カメラは三脚に固定。自動撮影でいく。
四人が並び、いつもの挨拶。
「こんにちは! エルフのりっちゃんです!」
涼子が元気よく手を振る。エルフの完成度が無駄に高い。
「こんにちは。ワーウルフのレッドだ」
朱音は腕を組んでクールに決める。似合ってるのが腹立つ。
「こんちは! 河童でーす!」
悠はピースサイン。河童がピースするな。いや、するか。今してる。
「こんにちは、エルフでっす」
そして俺。
「……おじさん、もうちょっと何とかならないの」
涼子がすぐにジト目になる。
「何が」
「挨拶。毎回それ」
「ハイエルフは高慢だから、これでいいんだよ」
「設定に忠実すぎない?」
「忠実で何が悪い」
言い返すと、涼子は「はいはい」と肩を落とした。
「いいから、先に進むぞ」
俺は三人を促して歩き出した。
□
「あっ、スライムいた!」
悠が指差す先に、青くてぷるぷるしたスライムが三体。
この階層の平和さが伝わってくる。
平和で結構。今はそれが必要だ。
「よし、涼子、頼む」
「任せて!」
涼子が弓を構える。
風の精霊の加護が付いた弓は、見た目も中身も反則気味だ。
キリリィ、と弦を引き絞り――
ヒュン。
矢が放たれ、スライムの核を貫いた。一撃。
「ナイス!」
「えへへ」
残りも立て続けに射抜く。三体が、あっという間に消滅した。
「すごいじゃん、ウィニタ」
「その名前、覚えてたんだ」
「当たり前でしょ。自分で名乗ったんだから」
涼子が得意げに胸を張る。こういうところは素直だ。
「よし、次行くぞ」
俺たちは奥へ進む。
□
撮影は順調だった。
スライムを倒し、ウッドウォークを倒し、たまに出てくるゴブリンも涼子の弓で仕留める。
俺は基本、見守り。危険な気配がしたら前に出る。それだけで十分だ。
「ねぇ、おじさん」
休憩中、朱音が話しかけてきた。
「なに」
「おじさんって、戦わないの?」
「俺は護衛だからな。危なくなった時だけ出る」
「でも、おじさんの戦闘シーン、見たいんだけど」
「ドラゴンので十分だろ」
「あれ、小さいし後姿だから、分かんないじゃん」
「それで良いんだよ」
「えー」
朱音が唇を尖らせる。
ワーウルフが拗ねると、地味に迫力がある。
「おじさんの戦闘、マジでカッコいいのに。もったいない」
「カッコいいとかいいんだよ。目立たないのが一番だ」
「でも、もう十分目立ってない?」
「……」
返す言葉がない。
俺は、わざと話を切り上げた。
「とりあえず今日は撮影に集中する」
「はーい」
□
「よし、今日の撮影はここまで」
二時間ほど撮って、俺たちは地上へ戻った。
収穫は上々。スライム二十体、ウッドウォーク十体、ゴブリン五体。
五階層にしては、頑張った方だろう。
「おじさん、編集いつも通りお願いね」
「ああ。今夜中には仕上げる」
俺はSDカードを受け取った。
編集は、いつも通り漫画喫茶だ。
備え付けPCは正直しんどいが、文句を言ったところで性能は上がらない。
使えるものでやるしかない。
□
その夜。
漫画喫茶の個室ブース。
フラットシートに座り込み、備え付けのPCで映像を切り貼りする。
回線が重い時間帯は動作がもっさりする。マウスが反抗期になる。
だが、慣れた。
「……こんな感じか」
三時間ほどで一本仕上げた。
タイトルは――
『【異種族パーティー】エルフとワーウルフと河童がダンジョンに挑む!【五階層攻略】』
サムネは四人並び。涼子のエルフ姿が一番映えるので、真ん中に置く。
河童を真ん中に置いたら、それはそれで事故る。経験で分かる。
「よし、上げるか」
俺はアップロードした。
これで、ドラゴンの動画が少しは埋もれる……はずだ。
□
翌朝。
「おじさーん! 大変大変!」
悠から電話が来た。
「どうした」
「動画が! また炎上してる!」
「……は?」
俺はスマホでチャンネルを開く。
昨日の動画の再生回数は、すでに五十万。伸び方が速い。嫌な予感しかしない。
コメント欄を見る。
『河童www』
『なんで河童www』
『エルフとワーウルフはわかる。河童は何www』
『河童の存在感がすごい』
『河童がMVP』
『河童かわいい』
『河童推し爆誕』
……河童のせいだ。
王道ファンタジーの中に、河童という異物。そりゃ目が行く。俺でも行く。
「河童、人気だね!」
悠の声が弾んでいる。
「……」
「ねぇおじさん、これ成功じゃない?」
「炎上って言ったろ」
「炎上っていうか、バズってる?」
「何が違うんだ」
「えーと、良い方向に話題になってる、みたいな?」
確かに悪意は少ない。むしろ好意的だ。だが、目的はそこじゃない。
「これじゃドラゴンの動画が埋もれないだろ」
「……あ」
悠の声のトーンが一段落ちる。
「ごめん。私が河童になったから……」
「いや、お前のせいじゃない。俺の計算が甘かった」
木を隠すなら森の中。
でも、森の中に河童がいたら、そっちを見る。
当たり前だ。
「どうする? 動画、消す?」
「消すな。消したらそれはそれで騒ぎになる」
「じゃあ、どうするの?」
「……増やす」
「増やす?」
「もっと動画を増やして、河童もドラゴンもそのうちの一本にする」
苦しい。だが、やるしかない。
□
その日の午後。
俺たちは再びダンジョンに来ていた。
「今日は何撮るの?」
悠がわくわくして聞いてくる。
「お前、今日は河童じゃなくていい」
「えー! 河童人気なのに!」
「人気すぎるんだよ。悪目立ちすぎる」
「……じゃあ、何になればいいの?」
「普通の人間」
「普通の人間!? せっかく変身できるのに!?」
「ああ。今日は普通の高校生がダンジョンに挑むって企画だ」
「えー、つまんない……」
「つまんなくていいんだ。目立たないのが目的なんだから」
悠が頬を膨らませる。
河童より高校生の方が可愛いんじゃないか、と一瞬思ったが、口にはしない。余計な火種だ。
□
「きゃあああああ!」
撮影中、涼子が悲鳴を上げた。
「どうした!?」
「ス、スライムが! スライムが服の中に!」
「は?」
見ると、制服の中に小さなスライムが入り込んでいた。
いつの間に。お前、そんな器用なことするな。
「取って! 取ってえええ!」
「自分で取れ!」
「無理! ぬるぬるして気持ち悪い!」
涼子がばたばた暴れる。
そして――
悠が、カメラを構えている。
「悠、撮るな!」
「いや、これ絶対面白いから!」
「面白くない! 消して!」
涼子が叫ぶが、悠は止まらない。止まる気配もない。
結局、俺が取る羽目になった。
背中側から手を入れて、ぬるぬるしたものを引っ張り出す。
スライムはぷるん、と嫌な感触で落ちた。
「……」
「……」
微妙な空気が漂う。
いや、漂うというか、全員が言葉を失っているだけだ。
「お、おじさん。今の、なかったことに」
「ああ、なかったことにする」
「絶対、動画に使わないでね」
「使わない」
俺はきっぱり言った。
本当に、使わないつもりだった。
□
翌日。
「おじさーん! また炎上してる!」
今度は朱音が騒いでいる。
「……今度は何だ」
「涼子のスライム事件、バズってる!」
「は? 俺は切ったぞ」
「悠が別アングルで撮ってたのを、勝手にショートにして上げたらしい!」
「……悠ぅぅぅぅぅ!」
俺は思わず叫んだ。
チャンネルを見ると、見覚えのないショート動画。再生回数はすでに百万超え。
コメント欄は地獄……じゃない。地獄というより、下品な祭りだ。
『スライムうらやましい』
『かわいそうwww』
『ハイエルフ、紳士的に対応してて草』
『スライム取り除くシーン何回も見てる』
『これは良いラッキースケベ』
「悠……」
「えへへ」
電話口の声が、全く反省していない。
「バズると思ったんだもん」
「涼子に許可取ったのか」
「取ってないけど、大丈夫大丈夫。顔映ってないし」
「……」
確かに顔は映ってない。
だが、問題はそこじゃない。
「涼子に殺されるぞ」
「大丈夫大丈夫。涼子、意外とノリいいから」
――本当か?
その答えは、すぐに来た。
「悠ぅぅぅぅぅ!!」
涼子の怒声が、電話越しに突き刺さる。
「あ、涼子が来た。じゃあね、おじさん!」
ブツッ。
通話が切れた。
俺はスマホを見下ろし、深くため息をついた。
木を隠すなら森の中。
……森に隠すつもりが、森ごと騒がしく燃え上がってる。
これ、どうすればいいんだ。
平穏な生活は、今日も元気に遠ざかっていく気がした。
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