表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/17

おじさん、特定される(されない)

 ドラゴン動画がバズってから一週間。


 俺の周りは、相変わらず騒がしかった。


 漫画喫茶のフラットシートで目を覚まし、スマホを開けば通知の嵐。


 コメント欄は毎日のように更新され、新しい考察動画が次々とアップされている。


 正直、見るのも嫌になってきた。



「おじさん、見て見て! 特定班の新しい推理!」


 (ゆう)が、スマホの画面を俺の鼻先に突きつけてくる。


 いつものファミレス、いつもの席。


 だが、話題はいつもと同じく、あのドラゴン動画についてだ。


『【考察】ドラゴンを倒したエルフの正体を徹底検証!』


 再生回数、五十万超え。


 サムネイルには、俺がドラゴンに剣を突き立てている瞬間が切り取られている。


 タイトルだけで胃が重くなる。


「また増えたのか」


「うん! 今度は『元オリンピック選手説』だって!」


「オリンピック?」


「弓の動きが洗練されてるから、元アーチェリーのオリンピック選手じゃないかって。フォームが綺麗すぎるって言ってた」


 ——弓を引いてたのは涼子(りょうこ)だ。


 俺じゃない。


 まあ、変身してりゃ誰がやってるかなんて分からないから、仕方ないか。


「他にも色々あるよ。『元傭兵説』『元自衛隊特殊部隊説』『CGクリエイター自作自演説』『実は複数人説』……」


「複数人?」


「うん。動きが良すぎるから、一人じゃなくて複数人が入れ替わりで演じてるんじゃないかって」


 ——それ、方向性だけは合ってる。


 変身バングルで姿を変えているから、見た目が同じでも中身は別。


 という意味では、複数人説はある意味正しい。


 まあ、戦闘してるのは俺一人だが。


「でも、どれも的外れだよね」


「そうだな」


 悠がスマホをスクロールして、急に声のトーンを落とす。


「『異世界から来た勇者説』ってのもあったけど、誰も信じてなかったよ」


「……そうか」


 一番正解に近い推理が、一番笑われている。


 コメント欄には「草」「ラノベの読みすぎ」「厨二病乙」といった反応が並んでいた。


 世の中、そんなもんだ。

 ファミレスのドリンクバー。


 俺はコーラを、悠はメロンソーダを、朱音(あかね)はウーロン茶を、涼子はオレンジジュースを選んでいた。


 四人でテーブルを囲むのも、もうすっかり日常になっている。


「ねぇ、おじさん」


 朱音が、ストローでウーロン茶をかき混ぜながら言った。


「特定班って、結構本気で調べてるよね」


「みたいだな」


「いつか、本当に特定されたりしない?」


「……」


 正直、その可能性はゼロじゃない。


 今は的外れな推理ばかりだが、いつか誰かが当たりを引く可能性は否定できない。


 数撃ちゃ当たる、というやつだ。


「大丈夫じゃない? おじさん、変身してるし」


 悠が軽く言う。


 軽いのはいつもこいつだ。


 楽観的というか、能天気というか。


「変身してても、動きの癖でバレることはある」


「じゃあ、どうするの?」


「……攪乱する」


「攪乱?」


 三人がそろって首を傾げた。


 悠はメロンソーダのストローを咥えたまま、朱音は眉をひそめて、涼子は不安そうな顔で俺を見ている。


「変身バングルを使って、同じ見た目の『別人のエルフ』を何人も作る。そうすりゃ、追ってる連中の軸がぶれる」


「なるほど! 影武者作戦だ!」


 悠が、パッと顔を明るくした。単純な奴だ。


「でも、それって誰が変身するの?」


「俺以外の誰かだ。お前たちでもいいし、他の人間でもいい」


「私たち?」


 涼子が目を丸くする。


「戦う必要はない。エルフの姿で、人目につくところを歩くだけでいい」


「……歩くだけ?」


「歩くだけだ。それで十分」


 涼子の肩から、目に見えて力が抜けた。戦闘を想像して身構えていたらしい。


「それなら……まあ……」


「やろうやろう!」


 悠が椅子から立ちかける。


 勢いだけはいつも満点だ。


「待て。ちゃんと段取りを決める」


「段取り?」


「ああ。適当にやると、変なところで足がつく。時間と場所、全部合わせてから動く」


 俺がそう言うと、三人は渋々座り直した。悠だけは、まだそわそわしている。

 翌日。


 作戦は単純だ。


 同じ時刻に、ダンジョン内の異なる階層で、同じエルフの姿が目撃される。


 俺は一階層の入り口付近。


 涼子は三階層。


 朱音は二階層。


 悠は一階層の奥のエリア。


 四人が同時にダンジョン内の離れた場所で目撃されれば、「エルフは複数いる」という認識が広まるはずだ。


 ダンジョン内は冒険者が多いから、目撃情報はすぐにネットに上がる。


「十時ちょうどね」


 悠がスマホの時計を確認しながら言った。


「五分だけ姿を見せる。写真を撮られてもいい。ただし、変身を解く場所だけは絶対に人目のないところで」


「了解」


「分かった」


「おっけー」


 四人が、それぞれの持ち場に散っていった。

 十時ちょうど。


 俺は、ダンジョンの一階層、入り口付近に立っていた。


 変身バングルでエルフの姿になり、わざと目立つようにゆっくりと歩く。


 ダンジョンの浅い階層は、いつも冒険者たちで賑わっている。


 その中を、尖った耳と銀髪のエルフが堂々と歩けば、嫌でも目立つ。


「あれ、エルフじゃね?」


「マジだ。動画のやつ?」


「写真撮ろうぜ」


 スマホが何台もこちらに向けられる。


 俺は軽く手を振ってから、奥の通路へと歩いていった。


 ——よし、目撃された。


 五分ほどダンジョン内をうろつく。


 その間にも、何人かの冒険者とすれ違った。


 その都度、驚いた顔でこちらを見てくる。


 十分に目撃されたと判断してから、人目の薄い通路に入り、変身を解いた。


 スマホを確認すると、三人からLINEが来ていた。


『涼子:三階層で目撃されたよ! 写真も撮られた!』


『朱音:二階層もばっちり。なんか、サインくださいって言われた』


『悠:一階層の奥、人少なくて大変だった……河童になりたかった……』


 ——悠、エルフになれって言っただろ。


 河童はやめろ。


 今日の目的は、「同じエルフが複数いる」と思わせることだ。


 ……まあ、文面の感じだと、ちゃんとエルフでやったみたいだから、いいか。たぶん。

 その日の夜。


 ネット上では、案の定騒ぎになっていた。


『【速報】ドラゴンのエルフ、同時刻にダンジョン内の複数階層で目撃される』


『一階層と二階層と三階層で同時に……瞬間移動かよ』


『エルフ分身説浮上』


『やっぱり複数人だったか』


『いや、瞬間移動できるんだろ』


『瞬間移動wwwww』


『四人説が有力になってきたな』


 俺は漫画喫茶のブースで、スマホを見ながら小さく息を吐いた。


 ——計画通りだ。


 「一人」じゃなくなれば、特定作業の難易度は跳ね上がる。これで少しは時間を稼げるはずだ。


 ……そう思っていたのだが。

 翌日。


 管理局から、また電話がかかってきた。


荒谷(あらや)さん。昨日の件について、お話があります』


 桐島(きりしま)の声は、相変わらず丁寧だ。


 だが、今日はその丁寧さの下に、別の温度が混じっている気がする。


 探るような、試すような。


「昨日の件?」


『ダンジョン内で同時にエルフが複数目撃された件です』


「……ああ。ネットで見ました」


『あなた、何かご存知ありませんか?』


「いえ。何も」


『本当ですか?』


「本当です」


 短い沈黙が流れた。


 電話越しでも、桐島が何か考えているのが分かる。


『……荒谷さん。正直に言いますね』


「はい」


『あなたの誤魔化し方、手慣れすぎです』


「……」


『普通の人間なら、もう少し言葉が濁ります。言い淀んだり、余計なことを付け加えたり。でもあなたは、最初から一定の調子で答える。まるで、こういう状況に慣れているかのように』


 ——やめてくれ。


 そういうところ、拾うな。


 異世界にいた頃、俺は何度も追手をかわしてきた。


 その経験が、今になって裏目に出ている。


『私としては、あなたを疑いたくありません。ですが、上からは色々と言われていまして』


「上?」


『ええ。特別顧問のエルシアさんが、あなたに興味を持っているようです』


 ——また、その名前だ。


 胸の奥が、薄くざわつく。


「その方は、何と?」


『「彼の動きは、普通の人間のものではない」と。「まるで、長年の戦闘経験があるかのようだ」と』


「……」


『荒谷さん。あなた、本当は何者なんですか?』


 俺は少しだけ間を置いてから、いつもの答えを口にした。


「ただの、ダンジョン配信者のカメラマンです」


『……そうですか』


 声のトーンが、「信じていない」と言っている。だが、追及はしてこなかった。


『今日のところは、ここまでにしましょう。ただ、何かあればまたご連絡します』


「分かりました」


 通話が切れた。


 俺は、ため息をつきながらスマホをポケットにしまった。


 ——特別顧問のエルシア。


 その名前には、心当たりがある。


 向こうにいた頃、エルシアという名前を聞いたことがある。


 召喚魔法の研究をしていたハイエルフで、俺が召喚される時の事故で行方不明になったと聞いた。


 王宮の連中は「時空の裂け目に巻き込まれた」と言っていたが、詳しいことは誰も知らなかった。


 俺がこっちに戻ってきたのと同じように、エルシアは逆にこっちに飛ばされたのかもしれない。


 もしそうなら、十年間、この世界で生きてきたことになる。


 直接会ったことはないから、顔は知らない。


 だが、もし同一人物なら——


「おじさーん!」


 悠の声が、俺の思考をぶった切った。


「どうした」


「学校で、大変なことになってる!」


「大変なこと?」


「涼子が、『エルフ部』って呼ばれ始めてる!」


「……は?」

 悠の説明によると、こういうことらしい。


 先日、涼子たちが弓道場で練習していたところを、弓道部の誰かに見られていた。


 その時、涼子の弓の腕前が異常に上達していたことが、じわじわと話題になっていたらしい。


 矢が的の中心に吸い込まれるように飛んでいく様子は、確かに目を引くものがあっただろう。


 そこに、昨日の「エルフ複数目撃」事件が重なった。

 弓道部内で、「西園寺(さいおんじ)さんがエルフなんじゃないか」という冗談が飛び交い始めた。


 最初はただのネタだったのだろう。


 だが、それがいつの間にか「エルフ部」という謎の呼び名に発展したらしい。


「マジで意味分かんない……」


 涼子が、頭を抱えながら言った。


「エルフ部って何。そんな部活ないでしょ」


「でも、涼子の弓の腕前が上がってるのは事実じゃん」


 朱音が、にやにやしながら言う。


「それは、おじさんの弓が——」


「しーっ!」


 俺が、涼子の口元を手で塞いだ。


「ここ、ファミレスだぞ。周りに聞こえる」


「あ、ごめん……」


 涼子が小声になった。


 周囲を見回すと、近くの席に他の客がいる。危ないところだった。


「それでさ、先輩に言われたんだよ」


「何を」


「『今度、話を聞かせて』って。『ダンジョンで何かやってるんでしょ? 私も興味あるから、教えて』って」


 ——それは、まずい。


 冗談のままなら放っておけばいい。


 だが、弓道部の人間が本気でダンジョンに興味を持ち始めたら、色々と面倒なことになる。


「どうする、おじさん」


「……当分、道場で目立つ練習は控えろ」


「えー、でも——」


「『えー』じゃない。今は目立たないことが最優先だ。大人しくしてろ」


 涼子が不満そうな顔をしたが、渋々頷いた。


「分かった……」


「それと、『エルフ部』の件も適当に流しておけ。『そんなの知らない』って言い続ければ、そのうち飽きる」


「……うん」


 涼子が、しょんぼりした顔をする。


 かわいそうだが、今は仕方がない。

 その日の夜。


 俺は、漫画喫茶のブースで、ネットの反応を確認していた。


 フラットシートに寝転がりながら、スマホをスクロールしていく。


 「エルフ複数目撃」の件は、相変わらず話題になっている。


『四人説が確定したな』


『いや、変身能力があるんじゃね?』


『変身wwwww 何それwwwww』


『瞬間移動より現実的だろ』


『どっちも非現実的だわ』


 ——変身能力。


 それ、正解なんだけどな。


 まあ、誰も本気で信じていないようだから、いいか。笑われているうちは安全だ。


 さらにスクロールすると、また新しい説が出てきていた。


『【新説】エルフの正体は、政府の秘密部隊』


『政府がダンジョン攻略のために育成した特殊部隊説』


『それならすべて説明がつく』


『四人同時出現も、政府なら可能』


『陰謀論乙』


 ——政府の秘密部隊、か。


 まあ、管理局の協力者になれば、ある意味そうなるのかもしれない。


 俺は、ため息をつきながらスマホを置いた。


 特定班の推理は、相変わらず的外れだ。


 それは助かるのだが、逆に不安にもなる。


 いつか、誰かが正解に辿り着くんじゃないか。


 その時、俺はどうすればいいんだろう。


 ——考えても仕方ないか。


 俺は、毛布にくるまって目を閉じた。


 漫画喫茶のフラットシートは、相変わらず狭い。


 管理局の報酬を受け取れば、ちゃんとした部屋に住めるのだが——


 ——いや、やめておこう。


 管理局に協力すれば、ますます面倒なことに巻き込まれる。


 今の生活は不便だが、自由だ。自由を手放すのは、もう少し先でいい。


 そう思いながら、俺は眠りについた。

 翌朝。


「おじさん、大変!」


 また、悠からの電話で起こされた。


 漫画喫茶のフラットシートで、スマホのバイブ音に叩き起こされる朝も、そろそろ慣れてきた。


「……今度は何だ」


「特定班が、新しい説を出してる!」


「また的外れな推理か?」


「ううん、今度は違う……」


 悠の声が、いつになく真剣だ。嫌な予感がする。


「『エルフの正体は、ダンジョン配信者のカメラマン説』だって!」


「……は?」


 俺は、一気に目が覚めた。


「どういうことだ」


「えーと、『エルフが出現する場所と、キラキラスリースターズの撮影場所が一致している』って……」


「……」


「『キラキラスリースターズには、謎のカメラマンがいる。そのカメラマンが、エルフの正体なのではないか』って」


 ——やばい。


 それは、当たっている。完全に正解だ。


「おじさん、どうしよう」


「……落ち着け。まだ、推理の一つに過ぎない」


「でも、結構拡散されてるよ!」


「拡散されてても、証拠がなければ確定しない」


「証拠……」


「俺の顔は、変身してるから分からない。動画にも映ってない。だから、証拠はない」


「そっか……」


 悠が、少し安心したような声を出した。


「でも、これからは気をつけないとな」


「うん……」


「お前たちも、俺のことを『おじさん』って呼ぶのは、人前では控えてくれ」


「えー、じゃあ何て呼べばいいの」


「……名前でいい」


「名前? 荒谷さん?」


「それでいい」


「えー、なんか他人行儀……」


「他人行儀でいいんだ。目立たないためには」


 悠が、不満そうな声を出したが、了承してくれた。


「分かった……。でも、二人きりの時は『おじさん』って呼んでいい?」


「……好きにしろ」


「やった!」


 悠の声が、一気に明るくなった。単純な奴だ。


 俺は、ため息をつきながら電話を切った。


 特定班の包囲網が、少しずつ狭まっている気がする。


 だが、まだ大丈夫だ。まだ、証拠はない。

 

 ——たぶん。

 

 俺は、不安を振り払うように、漫画喫茶のブースを出た。


 今日も、撮影の仕事がある。


 平穏な生活は遠いが、とりあえず目の前のことをやるしかない。


 それが、元勇者の日常だ。


いいね、感想、評価をお待ちしています!

いただけると、めっちゃ嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ