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10/17

おじさん、ドラゴンを狩る

「本当に行くの?」


 翌日。ダンジョンのゲート前で、(ゆう)が眉を下げたまま俺を見上げてきた。


 昨日の今日だ。頭から離れないんだろう。そりゃそうだ。俺だって離れない。


 好き好んでドラゴンとやり合いたいわけじゃない。


 でも、放っておくと誰かが死ぬ。


「行く。お前たちは、ここで待ってろ」


「えー、それはちょっと……」


「ちょっとじゃない。絶対だ」


 涼子(りょうこ)が言いたそうに口を開きかけたが、俺は先に釘を刺す。


「いいか。俺が戻ってくるまで、ゲートから動くな。分かったな?」


「「「……はーい」」」


 三人の返事が、妙に歯切れが悪い。


 嫌な予感がするが、今はドラゴンに集中だ。


 余計なことに頭を割くと、死ぬ。


「じゃあ、行ってくる」


「おじさん、気をつけてね」


「分かってる」


 背を向けて歩き出す。


 ……背中に視線が刺さる。振り返らない。


 振り返ったら負けだ。たぶん。



 十階層。


 昨日の場所へ向かう。


 あのドラゴンがまだいるかどうかは分からない。


 いないならいないで、それはそれで厄介だ。


 別の階層に動かれていたら被害が広がる。


 ——いた。


 暗がりの奥に、でかい影が鎮座している。


 昨日と同じあたり。動く気配がない。


 何かを待ってるようにも見えるし、ただ寝てるだけにも見える。


 俺は物陰から観察した。


 体長は五メートル前後。翼は畳んでいるが、広げたら十メートルは軽くいくだろう。


 鱗は深い緑。ところどころ金の模様。


 ——グリーンドラゴン。


 向こうじゃ中級くらいの分類だった。毒霧のブレス。


 直撃すれば普通の人間は終わる。……普通なら。


 問題は、どう倒すか。


 昨日の弓は通らなかった。


 なら近接。正面から行くしかない。


 俺は、背負い袋に手を入れるフリをして——アイテムボックスから剣を取り出した。


 人に見られたら面倒だからと、最近こういったひと手間が増えた気がする。


 聖剣エクスカリバー——ではない。

 ただの魔剣だ。名前は忘れた。向こうで拾ったやつ。


 切れ味だけは一級品。ドラゴンの鱗くらいなら、たぶんいける。


「さて……行くか」


 俺は呼吸を整えて、物陰から出た。



 ドラゴンが、こちらに気づく。


 巨大な瞳が、ぴたりと俺を捉えた。


「グオォォォォ!」


 咆哮。


 口が開き、緑の霧が吹き出す。


 ——毒ブレス。


 俺は横に跳んで回避した。霧がかかった地面が、ジュウジュウと溶ける。


「やっぱ、当たったらやばいな」


 独り言を吐き捨てて、距離を詰める。


 ドラゴンが前足を振り上げる。爪が落ちてくる。


 遅い。でかい分、初動が見える。


 剣で受け流して、そのまま懐へ。


 腹に斬りつける。


 ——浅い。


 鱗は割れたが、肉まで届かない。


 この剣でも、火力が足りない……というより、俺が鈍ってる。


 尻尾が来る。


 俺は後ろへ跳んで避ける。


「グルルル……」


 低い唸り。ドラゴンの目が変わった。


 ()として認識した、って顔だ。


 ——よし。ここからが面倒だ。



 戦いは十分ほど続いた。


 毒霧を避けて、爪をいなして、尻尾を躱す。


 その合間に、少しずつ、確実に削る。


 地味だ。


 でも、ドラゴン相手に派手にやると死ぬ。派手さは動画にでも任せとけ。


「グオォォォ!」


 苦し紛れのブレス。


 動きが鈍くなっている。吐く角度が甘い。


 俺は横に跳んで避け、その勢いのまま距離を詰める。


 首へ。


「終わりだ」


 剣を突き立てた。今度は深い。


 鱗の隙間を縫って、芯まで届く感触。


「ギャアアアア!」


 断末魔。


 巨体がぐらりと傾き、ズシン、と崩れ落ちた。


 動かない。


「……ふぅ」


 剣を引き抜き、息を吐く。


 久しぶりに、ちゃんと戦った。向こうじゃ日常だったのに、こっちじゃ“イベント”になってしまう。


 ——体が鈍ってるな。


 向こうなら五分で片付けられた。


 十分かかったのは、腕が落ちてる証拠だ。


「まぁ、倒せたならいいか」


 結果がすべてだ。……たぶん。


 死体に近づく。


 しばらくすると、ドラゴンは光の粒子みたいにほどけて消えた。あとに残ったのは、でかい魔石。


「おぉ……でか」


 拳二つ分。いや、もう少しある。


 これ、相当だ。……相当だけど。


 俺は魔石を拾い上げて、アイテムボックスに放り込んだ。


 そして、すぐに考え直す。


 ——ダメだ。これ、外に持って出ると厄介になる。


 俺は一度取り出して、近くの岩陰に置き直した。


 目印になるように、剣で床に浅く印をつける。


 ここで回収されればいい。


「さて、戻——」


「おじさーん!」


 背後から聞き覚えのある声。


 ——嫌な予感。


 振り返ると、悠、朱音(あかね)、涼子。


 しかも、涼子はカメラを構えている。


「……お前ら」


「えへへ」


 悠が、てへぺろ、みたいな顔をした。


「待ってろって言っただろ」


「待ってたよ?」


 悠が胸を張る。


「え?」


「十階層の入口の手前で! 入り口近くだもん!」


「それは……」


 言い返そうとして、喉で詰まった。


 確かに俺は「ゲートから動くな」と言った。


 ……言ったんだけどな。


「それより! おじさん! めっちゃカッコよかった!」


 朱音が目をキラキラさせる。


「剣でバーンってして、ズバーンってして!」


「擬音が多すぎて分からん」


「とにかく、すごかったってこと!」


 涼子が親指を立てる。


「バッチリ撮ったよ」


 ——やられた。


 俺は額に手を当ててため息をつく。


「とにかく帰るぞ。ここに長居すると、別のが寄ってくる」


「はーい」


 返事だけは良い。返事だけは。



 ゲートまで戻る道中、三人はやけに大人しかった。


 さすがに、さっきの咆哮が効いたらしい。


 外に出て、俺は管理局に連絡を入れた。


 電話口の職員は最初、半笑いだった。まぁ、そうだろう。


 だから俺は言った。


「信じないなら、見に来い。十階層だ。証拠がある」


 来たのは職員だけじゃなかった。


 上司が来て、さらに上の上司が来て、最後に局長っぽい人が来た。


 なんだそのピラミッド。


 現場で魔石を確認され、空気が変わる。


 目つきが、完全に仕事になった。


「……本当に、単独で?」


「はい」


「信じがたいですが、証拠がある以上……」


 局長は眉間を揉んだ。


「今回の件は機密扱いにします。ドラゴンが十階層に出たなど広まればパニックになりますので」


「俺としては、その方が助かります」


 目立ちたくない。平穏が欲しい。


 なのに、俺の周りは平穏を嫌ってる気がする。


「報酬については後日、正式に」


「……お願いします」


 俺が頭を下げると、局長が深く礼をした。


 管理局の人間が、俺に頭を下げた。


 それだけで、ちょっと嫌な感じがした。


 悪い意味じゃない。——嫌な予感の方だ。



 翌日。


「おじさーん! 大変大変大変!」


 悠が血相を変えて駆け込んできた。


 嫌な予感、当たり。


「どうした」


「動画が! 動画がバズってる!」


「動画?」


 俺は悠のスマホを覗き込む。


 そこに映っていたのは——


 昨日の、ドラゴン戦。


「……おい」


「ごめんなさい!」


 悠が即座に土下座した。早い。反射神経が良すぎる。


「涼子が勝手に——」


「私じゃないし!」


 後ろから涼子の声。青ざめた顔で手を振っている。


「私、上げてないよ! 本当だって!」


「じゃあ誰が」


「……私、かも」


 朱音が、おずおずと手を上げた。


「朱音!?」


「ごめん……限定公開(・・・・)にしたつもりが、公開(・・)になってた……」


「それ、間違え方が一番やばいやつ!」


 三人が朱音に詰め寄る。


 朱音は小さくなる。ワーウルフだったら威嚇できるのに。今はただの朱音だ。


 俺は画面の数字を見た。


 再生数、すでに百万。


 コメント欄は祭りだ。


『CG?』


『いやガチだろ』


『ドラゴンいるの!?』


『管理局は?』


『この冒険者、誰だよ? 強すぎ』


 ——終わった。


 俺は天を仰いだ。


 平穏が、音を立てて遠ざかっていく。



「で、どうするの?」


 三人が、しゅんとした顔で俺を見上げてくる。


「どうするもこうするも、もう出たもんは仕方ない」


「削除する?」


「今さらだ。転載はもう始まってる」


 見なくても分かる。こういうのは速い。


 人類の行動力は、変な方向にだけ高い。


「おじさん、怒ってる?」


 悠が恐る恐る聞く。


「……怒ってない」


「嘘だぁ」


「嘘じゃない。呆れてるだけだ」


 三人がさらに小さくなる。


 叱ればいいのに、叱る気力が湧かない。俺はたぶん、疲れている。


「……まぁ、起きたことは戻らん」


 俺は息を吐いて、言った。


「これからどうするか考える」


「どうするの?」


「決まってる」


 三人を見回す。


「木を隠すなら森の中、ってやつだ」


「……え?」


「一本だけが飛び抜けてるから目立つ。なら、周りを増やす」


「つまり……」


「動画を撮る。もっと」


 三人の顔が、ぱっと明るくなる。


「やったー!」


 お前らは嬉しそうだな。


「おじさん、一緒に撮ってくれるんだ!」


「……仕方なくだ」


「仕方なくでも嬉しい!」


 悠が抱きついてくる。


「おい、離れろ」


「やだー!」


 朱音と涼子が笑う。


 俺はため息をついて、悠の頭を軽く撫でた。


 平穏は遠のいた。


 でも——この三人といると、なんだかんだで退屈はしない。


 ……退屈しないのは、良いことなのか悪いことなのか。


 今はまだ、分からない。


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