おじさん、ドラゴンを狩る
「本当に行くの?」
翌日。ダンジョンのゲート前で、悠が眉を下げたまま俺を見上げてきた。
昨日の今日だ。頭から離れないんだろう。そりゃそうだ。俺だって離れない。
好き好んでドラゴンとやり合いたいわけじゃない。
でも、放っておくと誰かが死ぬ。
「行く。お前たちは、ここで待ってろ」
「えー、それはちょっと……」
「ちょっとじゃない。絶対だ」
涼子が言いたそうに口を開きかけたが、俺は先に釘を刺す。
「いいか。俺が戻ってくるまで、ゲートから動くな。分かったな?」
「「「……はーい」」」
三人の返事が、妙に歯切れが悪い。
嫌な予感がするが、今はドラゴンに集中だ。
余計なことに頭を割くと、死ぬ。
「じゃあ、行ってくる」
「おじさん、気をつけてね」
「分かってる」
背を向けて歩き出す。
……背中に視線が刺さる。振り返らない。
振り返ったら負けだ。たぶん。
□
十階層。
昨日の場所へ向かう。
あのドラゴンがまだいるかどうかは分からない。
いないならいないで、それはそれで厄介だ。
別の階層に動かれていたら被害が広がる。
——いた。
暗がりの奥に、でかい影が鎮座している。
昨日と同じあたり。動く気配がない。
何かを待ってるようにも見えるし、ただ寝てるだけにも見える。
俺は物陰から観察した。
体長は五メートル前後。翼は畳んでいるが、広げたら十メートルは軽くいくだろう。
鱗は深い緑。ところどころ金の模様。
——グリーンドラゴン。
向こうじゃ中級くらいの分類だった。毒霧のブレス。
直撃すれば普通の人間は終わる。……普通なら。
問題は、どう倒すか。
昨日の弓は通らなかった。
なら近接。正面から行くしかない。
俺は、背負い袋に手を入れるフリをして——アイテムボックスから剣を取り出した。
人に見られたら面倒だからと、最近こういったひと手間が増えた気がする。
聖剣エクスカリバー——ではない。
ただの魔剣だ。名前は忘れた。向こうで拾ったやつ。
切れ味だけは一級品。ドラゴンの鱗くらいなら、たぶんいける。
「さて……行くか」
俺は呼吸を整えて、物陰から出た。
□
ドラゴンが、こちらに気づく。
巨大な瞳が、ぴたりと俺を捉えた。
「グオォォォォ!」
咆哮。
口が開き、緑の霧が吹き出す。
——毒ブレス。
俺は横に跳んで回避した。霧がかかった地面が、ジュウジュウと溶ける。
「やっぱ、当たったらやばいな」
独り言を吐き捨てて、距離を詰める。
ドラゴンが前足を振り上げる。爪が落ちてくる。
遅い。でかい分、初動が見える。
剣で受け流して、そのまま懐へ。
腹に斬りつける。
——浅い。
鱗は割れたが、肉まで届かない。
この剣でも、火力が足りない……というより、俺が鈍ってる。
尻尾が来る。
俺は後ろへ跳んで避ける。
「グルルル……」
低い唸り。ドラゴンの目が変わった。
敵として認識した、って顔だ。
——よし。ここからが面倒だ。
□
戦いは十分ほど続いた。
毒霧を避けて、爪をいなして、尻尾を躱す。
その合間に、少しずつ、確実に削る。
地味だ。
でも、ドラゴン相手に派手にやると死ぬ。派手さは動画にでも任せとけ。
「グオォォォ!」
苦し紛れのブレス。
動きが鈍くなっている。吐く角度が甘い。
俺は横に跳んで避け、その勢いのまま距離を詰める。
首へ。
「終わりだ」
剣を突き立てた。今度は深い。
鱗の隙間を縫って、芯まで届く感触。
「ギャアアアア!」
断末魔。
巨体がぐらりと傾き、ズシン、と崩れ落ちた。
動かない。
「……ふぅ」
剣を引き抜き、息を吐く。
久しぶりに、ちゃんと戦った。向こうじゃ日常だったのに、こっちじゃ“イベント”になってしまう。
——体が鈍ってるな。
向こうなら五分で片付けられた。
十分かかったのは、腕が落ちてる証拠だ。
「まぁ、倒せたならいいか」
結果がすべてだ。……たぶん。
死体に近づく。
しばらくすると、ドラゴンは光の粒子みたいにほどけて消えた。あとに残ったのは、でかい魔石。
「おぉ……でか」
拳二つ分。いや、もう少しある。
これ、相当だ。……相当だけど。
俺は魔石を拾い上げて、アイテムボックスに放り込んだ。
そして、すぐに考え直す。
——ダメだ。これ、外に持って出ると厄介になる。
俺は一度取り出して、近くの岩陰に置き直した。
目印になるように、剣で床に浅く印をつける。
ここで回収されればいい。
「さて、戻——」
「おじさーん!」
背後から聞き覚えのある声。
——嫌な予感。
振り返ると、悠、朱音、涼子。
しかも、涼子はカメラを構えている。
「……お前ら」
「えへへ」
悠が、てへぺろ、みたいな顔をした。
「待ってろって言っただろ」
「待ってたよ?」
悠が胸を張る。
「え?」
「十階層の入口の手前で! 入り口近くだもん!」
「それは……」
言い返そうとして、喉で詰まった。
確かに俺は「ゲートから動くな」と言った。
……言ったんだけどな。
「それより! おじさん! めっちゃカッコよかった!」
朱音が目をキラキラさせる。
「剣でバーンってして、ズバーンってして!」
「擬音が多すぎて分からん」
「とにかく、すごかったってこと!」
涼子が親指を立てる。
「バッチリ撮ったよ」
——やられた。
俺は額に手を当ててため息をつく。
「とにかく帰るぞ。ここに長居すると、別のが寄ってくる」
「はーい」
返事だけは良い。返事だけは。
□
ゲートまで戻る道中、三人はやけに大人しかった。
さすがに、さっきの咆哮が効いたらしい。
外に出て、俺は管理局に連絡を入れた。
電話口の職員は最初、半笑いだった。まぁ、そうだろう。
だから俺は言った。
「信じないなら、見に来い。十階層だ。証拠がある」
来たのは職員だけじゃなかった。
上司が来て、さらに上の上司が来て、最後に局長っぽい人が来た。
なんだそのピラミッド。
現場で魔石を確認され、空気が変わる。
目つきが、完全に仕事になった。
「……本当に、単独で?」
「はい」
「信じがたいですが、証拠がある以上……」
局長は眉間を揉んだ。
「今回の件は機密扱いにします。ドラゴンが十階層に出たなど広まればパニックになりますので」
「俺としては、その方が助かります」
目立ちたくない。平穏が欲しい。
なのに、俺の周りは平穏を嫌ってる気がする。
「報酬については後日、正式に」
「……お願いします」
俺が頭を下げると、局長が深く礼をした。
管理局の人間が、俺に頭を下げた。
それだけで、ちょっと嫌な感じがした。
悪い意味じゃない。——嫌な予感の方だ。
□
翌日。
「おじさーん! 大変大変大変!」
悠が血相を変えて駆け込んできた。
嫌な予感、当たり。
「どうした」
「動画が! 動画がバズってる!」
「動画?」
俺は悠のスマホを覗き込む。
そこに映っていたのは——
昨日の、ドラゴン戦。
「……おい」
「ごめんなさい!」
悠が即座に土下座した。早い。反射神経が良すぎる。
「涼子が勝手に——」
「私じゃないし!」
後ろから涼子の声。青ざめた顔で手を振っている。
「私、上げてないよ! 本当だって!」
「じゃあ誰が」
「……私、かも」
朱音が、おずおずと手を上げた。
「朱音!?」
「ごめん……限定公開にしたつもりが、公開になってた……」
「それ、間違え方が一番やばいやつ!」
三人が朱音に詰め寄る。
朱音は小さくなる。ワーウルフだったら威嚇できるのに。今はただの朱音だ。
俺は画面の数字を見た。
再生数、すでに百万。
コメント欄は祭りだ。
『CG?』
『いやガチだろ』
『ドラゴンいるの!?』
『管理局は?』
『この冒険者、誰だよ? 強すぎ』
——終わった。
俺は天を仰いだ。
平穏が、音を立てて遠ざかっていく。
□
「で、どうするの?」
三人が、しゅんとした顔で俺を見上げてくる。
「どうするもこうするも、もう出たもんは仕方ない」
「削除する?」
「今さらだ。転載はもう始まってる」
見なくても分かる。こういうのは速い。
人類の行動力は、変な方向にだけ高い。
「おじさん、怒ってる?」
悠が恐る恐る聞く。
「……怒ってない」
「嘘だぁ」
「嘘じゃない。呆れてるだけだ」
三人がさらに小さくなる。
叱ればいいのに、叱る気力が湧かない。俺はたぶん、疲れている。
「……まぁ、起きたことは戻らん」
俺は息を吐いて、言った。
「これからどうするか考える」
「どうするの?」
「決まってる」
三人を見回す。
「木を隠すなら森の中、ってやつだ」
「……え?」
「一本だけが飛び抜けてるから目立つ。なら、周りを増やす」
「つまり……」
「動画を撮る。もっと」
三人の顔が、ぱっと明るくなる。
「やったー!」
お前らは嬉しそうだな。
「おじさん、一緒に撮ってくれるんだ!」
「……仕方なくだ」
「仕方なくでも嬉しい!」
悠が抱きついてくる。
「おい、離れろ」
「やだー!」
朱音と涼子が笑う。
俺はため息をついて、悠の頭を軽く撫でた。
平穏は遠のいた。
でも——この三人といると、なんだかんだで退屈はしない。
……退屈しないのは、良いことなのか悪いことなのか。
今はまだ、分からない。
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