呪詛の沢
前回の話が一件落着した後、私は知人のメールを読んだ。今度の差出人は高梨蜜宏だ。
差出人:高梨蜜宏<pear@ff.jips.or.jp>
宛先:宮瀧浩二<kouji@keres.jex.ne.jp>
件名:first mail
送信日時:2020.12.16.8:10
お元気でしょうか?
今まで君から何通もメールをもらいながら、こんなに返事が遅くなったことをお詫びします。ご安心ください。僕は決して、ジャガーの餌になったわけでも、自分がミツユビナマケモノだと思い込むようになって、余生を枝から逆さまにぶら下がって過ごそうと決意したわけでもありません。
ただ単に、何を書いたらいいのかわからなかったのです。
馬鹿げた言い訳に聞こえると思います。僕はこれでも作家の端くれであり、これまでに書いた文章は、原稿用紙に換算すると、無慮数万枚にもなるのですから。(その大部分は、スタージョンの法則を見事に実証する紙屑でしかありませんが)これは、結構な量です。一度でも本屋でアルバイトをしたことがある人間ならわかるでしょうが、紙というのは重いものです。もし数万枚の原稿用紙が塊で頭の上に落ちてきたら、命が危ないでしょう。
そういえば、東京の仕事場でうとうとしている時に、こんな夢を見たことがありました。出発の少し前のことです。僕は、がらんとした部屋の真ん中でパソコンに向かっています。すると、天井が、ぎしぎしと軋むのです。それでも、僕のキーボードを打つ手は止まりません。信じられないくらいの創作意欲に衝き動かされているのです。(夢の中とはいえ、近年、めったにないことです)
そのうち、天井にビシッと一直線の亀裂が入ったのですが、それも無視して夢中でキーを叩き続けていました。すると、とうとう天井が決壊して、これまでに出版され、店頭に並んだはずの僕の本全てが落下してきました。僕は、何十トンもの本に押し潰され、埋め尽くされながら、ようやく悟っていました。このたくさんの紙製のモノリスは、僕自身の墓碑となるために製造されたのだということを。(何と言っても、一冊一冊に自分の名前が入っていますから)
しかし、(脱線しましたが)夢の中とは違って、現実には僕の指は、キーボードのホームポジションから、ぴくりとも動こうとはしないのです。
ついさっき、騒々しいホエザルの声がぴたっとやんだかと思うと、スコールが地鳴りのような音と一緒に近づいてきました。今はテントを、穴に穿たんばかりの勢いで打っています。
この水は、やがて大地に吸い込まれて大アマゾン川に合流します。そして、ゆったりと流れながら、生者を潤し、死者を蕩かすことでしょう。
今日は、このぐらいにしようと思います。
また、メールを書きます。
件名:first impression
送信日時:2020.12.17.19:19
毎日、温かい励ましの言葉をありがとう。読むたびに、君の肌のぬくもりが無性に恋しくなります。
ですが、あいかわらず、文章を書こうとすると、手が止まってしまうのです。
何の専門知識も持たない僕が、この探検隊に参加させてもらったのは、紀行文を書くためだということは明らかなのですが、メモ書き程度のものを除いては、まだ一行も書いていません。このままだと、スポンサーである新聞社や『バーズ・アイ』誌から、契約不履行で訴えられることにもなりかねません。そういうわけで、君へのメールは、リハビリも兼ねています。
そこで今日は、僕が最初にアマゾンの森を見たときの印象を書こうと思います。
僕が感じたのは、ここは大いなる『死の森』であるというものでした。
そこは一見、生命に満ち溢れていました。森の樹木一つ見てもわかるのですが、五十メートル四方探しても、一本として同じ種類の木はありません。そして、それぞれの木には、巧妙に適応した無数の昆虫、蜘蛛や、極彩色のカエル、軟体動物などが生活しています。実に多様で、健全な世界が、そこにありました。
しかし、ここに、それだけ多くの生命が存在しているということは、過去に、それより遥かにたくさんの命が消滅してきたということを意味しています。いや、過去と言わずこの瞬間にも、数限りない死が訪れつつあります。一見、生命に溢れたように見えるこの場所は、実は、それらの犠牲の上に依拠しているのです。
僕の目には、森はぼんやりと二重写しになって見えました。生きている森と、そして、過去にそこに存在していたはずの、死んだ森とです。
正面からは彗星のように輝いて見える生命の森は、後ろ側には、真っ黒な死の軌道を描きながら進んでいるのです。
探検隊のほかのメンバーに、それとなく、そうした感想を述べてみたのですが、誰一人として、理解した様子はありませんでした。
どうやら、紀行文には、別の第一印象を捏造するしかないようです。
それではまた。
件名:mortality
送信日時:2020.12.18.7:02
君の心配は、僕を思ってくれるゆえだということは、よく理解しています。ですが、君が婉曲に指摘しているように、僕がタナトフォビアだというわけではありません。
タナトフォビアというのは、日本語で何と言うのだったでしょうか?最近、時差ボケのせいか、頭がよく働かず、物忘れが多いので。少なくとも、僕の持ってきた辞書には、載っていませんでした。......死恐怖症ですか?もっとましな訳語があるのかもしれませんが、そんなものだったと思います。どちらにせよ、僕は別に、いつか必ずやってくる死に、戦々兢々として生きているわけではありません。
君が日々教授として身を磨り減らしながら働いている学校では(すみません。他意はありません)、学生さんが喧しいのはさぞかし大問題で死んで欲しいのだろうと推察します。
ですが、人間は、万物の霊長などではなく、霊長目ヒト科の一種である頭の膨れたサルに過ぎません。人間の死は、浜辺でイソギンチャクが個体の終焉を迎えるのと、何ら変わるところはないのです。
我々はただ、定められた生を生き、そして消滅するだけです。
そのことを、アマゾンに来て、あらためて痛切に感じました。
それでは。
件名:diligent forest
送信日時:2020.12.19.9:31
今まで送信したメールを見たら、近況もろくに書いていないことに呆れました。今回はまともです。安心してください。
まず、現在いる場所ですが、ブラジル領アマゾンの最奥地帯、ソリモンエス川とジャプラ川のほぼ中間あたりです。赤道よりは、少し南寄りになります。日本からは、飛行機を乗り継いで、中流域の大都市マナオスまで来ました。そこからは、もっぱら船で川を線前回の話が一件落着した後、私は知人のメールを読んだ。今度の差出人は高梨蜜宏だ。
差出人:高梨蜜宏<pear@ff.jips.or.jp>
宛先:宮瀧浩二<kouji@keres.jex.ne.jp>
件名:first mail
送信日時:2020.12.16.8:10
お元気でしょうか?
今まで君から何通もメールをもらいながら、こんなに返事が遅くなったことをお詫びします。ご安心ください。僕は決して、ジャガーの餌になったわけでも、自分がミツユビナマケモノだと思い込むようになって、余生を枝から逆さまにぶら下がって過ごそうと決意したわけでもありません。
ただ単に、何を書いたらいいのかわからなかったのです。
馬鹿げた言い訳に聞こえると思います。僕はこれでも作家の端くれであり、これまでに書いた文章は、原稿用紙に換算すると、無慮数万枚にもなるのですから。(その大部分は、スタージョンの法則を見事に実証する紙屑でしかありませんが)これは、結構な量です。一度でも本屋でアルバイトをしたことがある人間ならわかるでしょうが、紙というのは重いものです。もし数万枚の原稿用紙が塊で頭の上に落ちてきたら、命が危ないでしょう。
そういえば、東京の仕事場でうとうとしている時に、こんな夢を見たことがありました。出発の少し前のことです。僕は、がらんとした部屋の真ん中でパソコンに向かっています。すると、天井が、ぎしぎしと軋むのです。それでも、僕のキーボードを打つ手は止まりません。信じられないくらいの創作意欲に衝き動かされているのです。(夢の中とはいえ、近年、めったにないことです)
そのうち、天井にビシッと一直線の亀裂が入ったのですが、それも無視して夢中でキーを叩き続けていました。すると、とうとう天井が決壊して、これまでに出版され、店頭に並んだはずの僕の本全てが落下してきました。僕は、何十トンもの本に押し潰され、埋め尽くされながら、ようやく悟っていました。このたくさんの紙製のモノリスは、僕自身の墓碑となるために製造されたのだということを。(何と言っても、一冊一冊に自分の名前が入っていますから)
しかし、(脱線しましたが)夢の中とは違って、現実には僕の指は、キーボードのホームポジションから、ぴくりとも動こうとはしないのです。
ついさっき、騒々しいホエザルの声がぴたっとやんだかと思うと、スコールが地鳴りのような音と一緒に近づいてきました。今はテントを、穴に穿たんばかりの勢いで打っています。
この水は、やがて大地に吸い込まれて大アマゾン川に合流します。そして、ゆったりと流れながら、生者を潤し、死者を蕩かすことでしょう。
今日は、このぐらいにしようと思います。
また、メールを書きます。
件名:first impression
送信日時:2020.12.17.19:19
毎日、温かい励ましの言葉をありがとう。読むたびに、君の肌のぬくもりが無性に恋しくなります。
ですが、あいかわらず、文章を書こうとすると、手が止まってしまうのです。
何の専門知識も持たない僕が、この探検隊に参加させてもらったのは、紀行文を書くためだということは明らかなのですが、メモ書き程度のものを除いては、まだ一行も書いていません。このままだと、スポンサーである新聞社や『バーズ・アイ』誌から、契約不履行で訴えられることにもなりかねません。そういうわけで、君へのメールは、リハビリも兼ねています。
そこで今日は、僕が最初にアマゾンの森を見たときの印象を書こうと思います。
僕が感じたのは、ここは大いなる『死の森』であるというものでした。
そこは一見、生命に満ち溢れていました。森の樹木一つ見てもわかるのですが、五十メートル四方探しても、一本として同じ種類の木はありません。そして、それぞれの木には、巧妙に適応した無数の昆虫、蜘蛛や、極彩色のカエル、軟体動物などが生活しています。実に多様で、健全な世界が、そこにありました。
しかし、ここに、それだけ多くの生命が存在しているということは、過去に、それより遥かにたくさんの命が消滅してきたということを意味しています。いや、過去と言わずこの瞬間にも、数限りない死が訪れつつあります。一見、生命に溢れたように見えるこの場所は、実は、それらの犠牲の上に依拠しているのです。
僕の目には、森はぼんやりと二重写しになって見えました。生きている森と、そして、過去にそこに存在していたはずの、死んだ森とです。
正面からは彗星のように輝いて見える生命の森は、後ろ側には、真っ黒な死の軌道を描きながら進んでいるのです。
探検隊のほかのメンバーに、それとなく、そうした感想を述べてみたのですが、誰一人として、理解した様子はありませんでした。
どうやら、紀行文には、別の第一印象を捏造するしかないようです。
それではまた。
件名:mortality
送信日時:2020.12.18.7:02
君の心配は、僕を思ってくれるゆえだということは、よく理解しています。ですが、君が婉曲に指摘しているように、僕がタナトフォビアだというわけではありません。
タナトフォビアというのは、日本語で何と言うのだったでしょうか?最近、時差ボケのせいか、頭がよく働かず、物忘れが多いので。少なくとも、僕の持ってきた辞書には、載っていませんでした。......死恐怖症ですか?もっとましな訳語があるのかもしれませんが、そんなものだったと思います。どちらにせよ、僕は別に、いつか必ずやってくる死に、戦々兢々として生きているわけではありません。
君が日々教授として身を磨り減らしながら働いている学校では(すみません。他意はありません)、学生さんが喧しいのはさぞかし大問題で死んで欲しいのだろうと推察します。
ですが、人間は、万物の霊長などではなく、霊長目ヒト科の一種である頭の膨れたサルに過ぎません。人間の死は、浜辺でイソギンチャクが個体の終焉を迎えるのと、何ら変わるところはないのです。
我々はただ、定められた生を生き、そして消滅するだけです。
そのことを、アマゾンに来て、あらためて痛切に感じました。
それでは。
件名:diligent forest
送信日時:2020.12.19.9:31
今まで送信したメールを見たら、近況もろくに書いていないことに呆れました。今回はまともです。安心してください。
まず、現在いる場所ですが、ブラジル領アマゾンの最奥地帯、ソリモンエス川とジャプラ川のほぼ中間あたりです。赤道よりは、少し南寄りになります。日本からは、飛行機を乗り継いで、中流域の大都市マナオスまで来ました。そこからは、もっぱら船で川を遡上しました。アマゾン川は非常に高低差が少ないので、遡るといっても、大きな湖を横切っている様な感じでしたが。
今回の探検の目的は、急速に減少する熱帯雨林の調査によって、地球規模で環境問題を考えることですが、森林の破壊が想像以上に急ピッチで進んでいることに驚かされました。
七十年代に建設が始まったアマゾン横断道路に沿って、さらに網の目のように支線が延び、貧しい農民たちが焼畑農業で森林を蚕食しています。
意外に思われるかも知れませんが、アマゾンの土壌は、実は非常に痩せているのです。植物の生育に必要な栄養塩類を含んだ土の層は、数センチから、せいぜい三十センチほどしかありません。しかも、タイガなどの北方の森や温帯の照葉樹林で落ち葉が分厚いカーペットのように堆積しているのと比較して、ここには、ごく薄い落葉層(リター層)しかありません。
最初にアマゾンの昼なお暗いジャングルに入り、巨大なバットレスを巡らしている巨木を見た時には、圧倒されるような感じでした。ところが、それほど大きな木でも地中への根の張り方は実に貧弱で、マチュテで板根を切り離すと、簡単にひっくり返っていしまうのだそうです。
なぜ、これほど痩せた土地に、世界最大の熱帯雨林が存在しうるのかは、興味深い問題です。一つの説明は、ここでは、熱帯や寒帯の数倍の速度で、少ない栄養塩類を循環させているのだというものです。落葉は、あっという間に分解され、木々に養分として再吸収されます。経済学にたとえれば、貨幣の総量が少なくても、流通速度が倍になれば必要を賄えるのと同じことでしょう。
つまり、熱帯雨林は豊饒の地などではなく、乏しいリソースをフルスピードで循環させる自転車操業によって、ようやく維持できている不安定な場所なのです。そんなところで焼畑農業を行っても、すぐに地力が尽きてしまい、結果として、せっかく切り開いた土地は、わずか二、三年で放棄され、農民たちは追い立てられるように、さらに奥地へと焼畑を続けます。結果として、熱帯雨林はずたずたにされ、急速に地球上から消滅しつつあります。
これは、ブラジル政府の杜撰な開発計画の失敗によるものですが、その影響は、二酸化炭素の増加による温暖化など、地球規模で襲ってきます。もちろん、日本も埒外にはいられません。
......今、カミナワ族の青年が、ディスプレイを覗き込んで、これは何だと聞いています。光る板の上に、アリのような文字が点々と並んでいるのが、よほど不思議なものい見えるようです。しきりに手を出したがりますが、僕もさすがに、彼らの手にパソコンをゆだねる度胸はありません。通訳に頼んで、資格のあるシャーマン以外の人間が手を触れると、災いがあるというふうに言ってもらいました。それでもまだ、興味津々という様子で、首を曲げ、眇になって液晶画面を見ています。人間ほど好奇心の強い動物はいないと、つくづく思っています。
ああ。説明がまだでしたね。カミナワ俗というのは、我々が『ホームステイ』しているインディオの部族の名前です。




