↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新約:止まった懐中時計は、神様をひとり隠している  作者: ぽんさん
幕間 旅の途中に昔話はいかが?

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/54

幕間 第三話 ~神様は白い狐の昔話を笑わない〜

 翌朝、宿を出ると空は晴れていた。

「道、まだ濡れてるの」

 リンが足元を見る。日陰には水たまりが残り、朝の光を映していた。

「森の中も、まだ濡れてそう?」

「木の下は乾くの遅いの。根っこも滑るから、気をつけるの」

「じゃあ、急がず行こうか」

「うん!」

 昨日仕分けた荷物をそれぞれ持ち、結人たちは歩き出した。アカツキは今日も子犬ほどの大きさで、足元についてくる。

『忘れ物はないかの?』

「確認した」

「リンもしたの」

「わたくしも大丈夫です」

『アカツキは?』

 白銀の狼が、結人の胸元へ視線を向けた。

『……そうであった』

「外なの」

 リンが小声で教える。

『分かっておる』

「今、忘れてたの」

『忘れておらぬ』

 アカツキは何も言わず、小さく息を吐いた。

 街の出口へ向かう途中、結人は広場の脇で足を止めた。

「ん?」

 朝市の端で、何人かの子供が一人の老人を囲んでいる。

 老人の横には木箱があり、その手には絵の描かれた古い板があった。

「昔話かな?」

「見たいの!」

 リンの耳がすぐに立つ。

 アイリスが結人を見た。

「少し、見ていきますか?」

「うん。まだ朝だし、少しくらいなら大丈夫だよ」

「見るの!」

 リンは広場へ駆け出しかけ、すぐに歩幅を戻した。

「リン」

「走ってないの!」

「まだ何も言ってない」

「ならいいの!」


 ◇


 老人が一枚目の板を立てる。

 月の浮かぶ山を背に、大きな白い狐が描かれていた。

「むかしむかし。ここよりずっとずっと遠い山に、九つの尾を持つ白い狐がおったそうな」

「九本なの」

 子供たちの後ろで、リンが小声で数える。

「本当に九本ありますね」

 アイリスも絵を見た。狐の背後には、扇のように広がる尾が描かれている。

 老人が次の板へ替えた。

「その狐はたいそう強く、火を操り、姿を変え、人を化かした。怒らせた者は、山の向こうまで吹き飛ばされたそうな」

「すごい盛ってるの」

「昔話だからね」

 結人も小声で返す。

 いつもなら、フィリアも何か言いそうなところだった。

 けれど、胸元の時計から声はしなかった。

「そんな狐のもとへ、ある日、一人の神様がやってきた」

 次の板には、白い狐の前に立つ小さな人影が描かれていた。

「神様は狐へ言った。人を困らせてはいかん、とな」

 老人が胸を張ると、子供たちが少し笑う。

「すると狐は――」

 今度は、ふんと鼻を鳴らした。

「余計なお世話じゃ」

 また笑い声が上がる。

「神様は怒った。狐も怒った。それから二人は、三日三晩、山が揺れるほど喧嘩したそうな」

「神様と喧嘩するの?」

 リンが目を輝かせる。

「すごい狐だな」

 結人も絵を見つめた。

 フィリアは、やはり何も言わなかった。

「ところが、四日目」

 老人が板を替える。

 今度は焚き火だった。小さな人影と白い狐が、その両側に座っている。

「二人は一緒に飯を食っておった」

「なんで?」

 すかさず子供の一人が尋ねた。

「腹でも減ったんじゃろうな」

 老人が笑う。広場にも笑いが広がった。

「分かるの。三日も喧嘩したらお腹減るの」

「そこは納得するんだ」

 リンは当然だと言わんばかりに頷いた。

「それからというもの、狐と神様は、会えば喧嘩し、離れれば互いを探す。妙な仲になったそうじゃ」

 次の板には山道が描かれていた。

 先を歩く小さな人影と、その後ろをついていく白い狐。

「そのうち狐は、神様や旅人たちと、一緒に山の外へ出るようになった」

「旅したの?」

 リンが少し身を乗り出した。

「そう伝わっておる」

「どこに行ったの?」

「さてな」

 老人が次の板を出す。

 けれど、そこには道しか描かれていなかった。

「狐は、神様のことを『ねえさま』と呼んでおったそうじゃ」

「ねえさま?」

 リンが首を傾げる。

「お姉ちゃんなの?」

「そんなところじゃろう」

 アイリスが、ほんの少し結人の胸元へ目を向けた。

 結人も服の上から時計へ触れる。

 返ってくる声はなかった。

「白い狐は、神様や旅人たちと、ずっと遠くまで旅をした」

 老人は道だけが描かれた板を木箱の上に置き、子供たちを見渡した。

 次の絵へ替える様子はなかった。

「……終わり?」

 子供が聞く。

「ああ」

「続きは?」

「わしも知らん」

「なんで?」

 老人は困ったように笑った。

「この昔話はな、わしが子供の頃から、ここで終わる」

「その前から?」

「ああ。わしに話してくれた者も、その先は知らなんだ」

 子供たちが不満そうな声を上げる。

「変なの!」

「続きないの?」

「狐、どうなったの?」

 老人は最後の板を、もう一度皆へ見せた。

「この辺りでは、白い狐は今も旅の続きを待っておる。そう言う者もいる」

「まだ待ってるの?」

 リンが思わず尋ねた。

 老人はリンを見る。

「さてな。百年かもしれん。千年かもしれん」

「そんなに?」

「昔話じゃからな」

 そう言って、板を木箱へ戻す。

「じゃが、続きを知っておる者が現れれば、この話も、また先へ進むのかもしれん」

 リンは木箱を見つめた。

「それまでは、狐も待つしかないんじゃろ」

 昔話はそこで終わった。

 子供たちは「続きが気になる」「狐はまだいるかな」と言い合いながら、広場から散っていく。

「面白かったの」

 広場を離れながら、リンが言った。

「でも途中なの」

「そうだね」

「気になるの」

「そうだな」

「九本の尻尾も気になるの」

「ああ、そっちもなんだ」

「どうやって寝るの?」

「本人に聞くしかないな」

 結人は笑った。

 フィリアは、まだ黙っていた。


 ◇


 街を出て、しばらく濡れた街道を歩いた。

 やがて森の道へ入り、人通りが途絶えたところで、いったん荷物を下ろす。

 アカツキが身体を少し大きくした。結人は預かっていた縄の束を入れた袋を、その背へずれないよう括りつける。

「約束の分、頼むな」

「任せておけ」

 再び歩き出してから、リンが結人の胸元を見た。

「神様」

『何じゃ』

「さっきの狐、知ってる?」

『……なぜそう思う』

「笑ってなかったの」

「俺も気になった」

 結人が言う。

『おぬしまで』

「知ってるの?」

 リンがもう一度尋ねる。

 木々の間を風が抜けた。

『……知っておる』

 紅い耳が立つ。

「ほんとに?」

『うむ』

「九本ある?」

『ある』

「火も使う?」

『使う』

「怒ったら、山の向こうまで飛ばす?」

『……あやつなら、やりかねぬ』

「ほんとに強いの!」

「リン、質問が止まらなくなってる」

「だって気になるの」

 結人も気になっていた。

 けれど、確かめたかったのは狐の強さではなかった。

「フィリア」

『何じゃ』

「昔話で、ねえさまって呼ばれてたよね」

 返事が途切れる。

「それも本当?」

 しばらくして、小さな声が返った。

『……昔はな』

「そっか」

 結人はそれ以上尋ねなかった。

 リンが何か言いかけ、結人を見る。

「今は、このくらいにしておこうか」

「……うん」

 リンはもう一度だけ時計のある胸元へ目を向け、前へ向き直った。

 フィリアから声が返ってくることはなかった。


 ◇


 その夜、野営地の焚き火は小さくなっていた。

 アイリスとリンは毛布にくるまり、眠っている。アカツキも少し離れたところで身体を丸めていた。

「フィリア」

『起きておったか』

「うん」

 結人は毛布から手を伸ばし、枕元の懐中時計を取った。

 蓋を開くと、文字盤の上へ淡い光が集まる。姿を現したフィリアは、その縁に腰を下ろした。

「白い狐のこと、少しだけ聞いてもいい?」

 フィリアは結人を見た。

『……答えられることだけじゃぞ』

「うん」

 結人は声を落とした。

「友達?」

 フィリアが膝を抱える。

『面倒な狐じゃ』

「答えになってない」

『口も悪い』

「それ、フィリアが言う?」

『何じゃと!?』

 結人は少し笑った。

「ちょっと、いつもの感じがした」

『わらわはいつもわらわじゃ』

「そうだね」

 フィリアは膝を抱えたまま、焚き火へ目を向けた。

 小さな横顔を見てから、結人は尋ねる。

「会いたい?」

 フィリアが動きを止めた。

「答えたくなければいいよ」

『……分からぬ』

 小さな声だった。

『会いたいのか、会いたくないのか。自分でも、よう分からぬ』

「……そっか」

 結人はそれ以上聞かなかった。

 しばらく、二人で黙って火を見ていた。

 薪の端が崩れ、小さな火の粉が上がる。

「そろそろ寝るよ」

『うむ』

 結人は蓋を開いたままの時計を枕元へ戻した。

「おやすみ」

『おやすみ、結人』

 目を閉じる。

 やがて、結人の呼吸もゆっくりと整っていった。

 フィリアだけが起きていた。

 文字盤の上から、木々の隙間に見える夜空を仰ぐ。

 老人の語る声が、まだ耳の奥に残っていた。

 三日三晩の喧嘩。一緒に囲んだ火。そして、道だけが描かれた最後の一枚。

『……待っておる、か』

 小さく呟く。

 返事はない。

『まったく。いつまで待つつもりじゃ』

 焚き火の中で、薪がかすかに音を立てた。

 フィリアは目を閉じる。

 そして、長い間口にしていなかった名を呼んだ。

『……白音』


以上で二章幕間も完結です。

少しずつパーティーがにぎやかになってきましたね。

一章は旧作の匂いが少し強めでしたが、二章から少しずつ分岐を始めていたりします。

(まだしばらくは新キャラクターが登場しますので、旧作の匂いは多少します。)


次は三章になりますが、また少しお時間をいただきます。

※少々仕事が忙しいので2~3週間程度お待たせしてしまうかもしれません。

 なるべく早く皆様のもとへお届けできるよう善処します。


制作の励みとなりますので、ブックマークや評価を付けていただけると幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。