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新約:止まった懐中時計は、神様をひとり隠している  作者: ぽんさん
第二章 狼少女は帰る場所を探す

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エピローグ ~そして......狼少女はおかわりを頼む~

 野営地へ戻った後は、そのまま一日、身体を休めて過ごした。

 翌朝、リンは肉の匂いで目を覚ました。

 鼻が一度動く。もう一度、匂いを確かめた。

「肉なの」

「おはよう」

 焚き火の向こうで、結人が笑う。

「起きたらまずそれか」

「肉なの?」

「肉です」

 アイリスが答えた。

 小鍋から湯気が上がっている。その横では、薄く切った干し肉が焼かれていた。

 リンの耳がぴんと立つ。

「起きるの」

「待ってください」

「何?」

「脚です」

 アイリスに言われ、リンは毛布へ座り直した。

「まず、腫れを見せてください」

「もう平気なの」

「確かめてからです」

「アイリス厳しいの」

「必要なことです」

「それ、リン知ってるの」

「覚えていただけて何よりです」

 結人は二人のやり取りを見ながら、パンを切っていた。

 身体にはまだ少し重さが残っている。けれど、指先はもう思いどおりに動くようになっていた。

『二人とも、今日も無理をするでないぞ』

「フィリアに言われると、何か腹立つな」

『なぜじゃ』

「元気そうだから」

『わらわまで倒れてどうする』

「それはそう」

 アイリスに支えてもらい、リンがゆっくり立ち上がる。

 二、三歩進み、自分で足元を見下ろした。

「昨日より歩けるの」

「腫れも少し引いています。でも、長く歩くのはまだ控えてください」

「走らない」

「はい」

「加速も使わない」

「はい」

「無茶しない」

「そのとおりです」

 リンが少し考えた。

「いっぱいあるの」

「三つです」

「いっぱいなの」

「守ってね」

 結人が声を掛けると、リンは頷いた。

「分かったの」

 返事をして、すぐに焼けている肉を見る。

「じゃあ、食べるの」

「切り替え早いな」

 リンが毛布へ座り直したところで、アカツキが隣へ来た。

 今は、子犬より少し大きい程度の姿になっている。

「リン」

「何?」

「一つ、頼みがある」

「アカツキが?」

「ああ」

 リンが肉から視線を外した。

「言ってみるの」

「お前の群れを、探す手伝いをさせてほしい」

 紅い耳が僅かに動いた。

「覚えてるの?」

「すべてではない」

「どこへ行ったかも?」

「分からぬ」

「じゃあ、どうやって探すの」

「場所や匂いの記憶なら、幾らか残っている。手掛かりにできるかもしれぬ」

 アカツキは静かにリンを見た。

「私が散らした群れだ。探すためにできることを、させてほしい」

 リンは黙っていた。

「旅を続けながらでも、手掛かりを探すことはできる。見つかった時には、一緒に追わせてくれ」

「旅しながら?」

「ああ」

 リンが自分の右脚へ目を落とした。

 しばらくして、またアカツキを見る。

「リン、まだ嫌いなの」

「ああ」

「許してないの」

「分かっている」

「たぶん、すぐには許さないの」

「それでよい」

 リンが一度、息を吸う。

「でも、探すのは手伝って」

「……ああ」

「リンが一番槍なの」

「そうか」

「アカツキは後ろなの」

「承知した」

「二番槍なの」

「私も槍なのか?」

「二番槍なの!」

「ああ、分かった」

 アカツキがほんの少し目を細めた。

「では、いただきましょう」

 アイリスが食事を配る。アカツキの前にも、小さな器が置かれた。

「いただきます」

「いただくの!」

『わらわの分は?』

「今、お供えするところ」

 結人は自分の器を、開いた懐中時計の前へ置いた。

 湯気の上がるスープと、焼いた干し肉。

「味と香りはフィリアに。食べる分は俺に」

『肉が少ないのう』

「俺の分なんだけど」

『おぬしも多い方が嬉しかろう』

「それはそうだけど」

「神様、欲張りなの」

『おぬしにだけは言われたくない』

 リンはそんなやり取りを聞きながら、パンを一口食べた。

 肉を食べ、スープを飲む。

 次々と口へ運ぶ手は、いつもの速さだった。

「ゆっくりね」

「分かってるの」

 返事をしても、速い。

「分かってないな」

 結人は供え終えた器を手元へ戻し、自分も食べ始めた。

 少しして、リンの器が空になる。

 底を匙で一度なぞってから、鍋へ目を向けた。

 まだ食べたい。

 けれど、そのまま器を差し出すことはできなかった。

 今日は、まだ何もしていない。

 リンは空の器を見て、それからアイリスを見た。

「アイリス」

「はい?」

「今日、リン、仕事してないの」

「そうですね」

「走ってないし、案内もしてないの」

「はい」

 そこで言葉が止まった。

 アイリスは、その先を待っていた。

 リンが器を少しだけ前へ出す。

「……おかわり、ほしいの」

 声は小さかった。

「まだ、ある?」

 アイリスが微笑む。

「あります」

「……ほんと?」

「もちろんです」

「でも」

 リンはもう一度だけ言った。

「今日、仕事してないの」

「はい」

 アイリスが器を受け取り、スープを注ぐ。

「食べたい時は、そう言ってください」

 温かい湯気と一緒に、肉と野菜が器へ入った。

 何かをするようには言われなかった。

 いっぱいになった器が、リンの前へ戻ってくる。

「……そっか」

 リンは両手で受け取った。

「じゃあ、食べるの」

 匙を持ち、一口食べる。

 紅い耳が、ゆっくり持ち上がった。


以上で二章は完結となります。

次いで幕間を何話か挟もうかと思います。

基本的に幕間は日常感強めの話にしようと思います。


制作の励みとなりますので、ブックマークや評価を付けていただけると幸いです。

今後ともよろしくお願いいたします。

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