エピローグ ~そして......狼少女はおかわりを頼む~
野営地へ戻った後は、そのまま一日、身体を休めて過ごした。
翌朝、リンは肉の匂いで目を覚ました。
鼻が一度動く。もう一度、匂いを確かめた。
「肉なの」
「おはよう」
焚き火の向こうで、結人が笑う。
「起きたらまずそれか」
「肉なの?」
「肉です」
アイリスが答えた。
小鍋から湯気が上がっている。その横では、薄く切った干し肉が焼かれていた。
リンの耳がぴんと立つ。
「起きるの」
「待ってください」
「何?」
「脚です」
アイリスに言われ、リンは毛布へ座り直した。
「まず、腫れを見せてください」
「もう平気なの」
「確かめてからです」
「アイリス厳しいの」
「必要なことです」
「それ、リン知ってるの」
「覚えていただけて何よりです」
結人は二人のやり取りを見ながら、パンを切っていた。
身体にはまだ少し重さが残っている。けれど、指先はもう思いどおりに動くようになっていた。
『二人とも、今日も無理をするでないぞ』
「フィリアに言われると、何か腹立つな」
『なぜじゃ』
「元気そうだから」
『わらわまで倒れてどうする』
「それはそう」
アイリスに支えてもらい、リンがゆっくり立ち上がる。
二、三歩進み、自分で足元を見下ろした。
「昨日より歩けるの」
「腫れも少し引いています。でも、長く歩くのはまだ控えてください」
「走らない」
「はい」
「加速も使わない」
「はい」
「無茶しない」
「そのとおりです」
リンが少し考えた。
「いっぱいあるの」
「三つです」
「いっぱいなの」
「守ってね」
結人が声を掛けると、リンは頷いた。
「分かったの」
返事をして、すぐに焼けている肉を見る。
「じゃあ、食べるの」
「切り替え早いな」
リンが毛布へ座り直したところで、アカツキが隣へ来た。
今は、子犬より少し大きい程度の姿になっている。
「リン」
「何?」
「一つ、頼みがある」
「アカツキが?」
「ああ」
リンが肉から視線を外した。
「言ってみるの」
「お前の群れを、探す手伝いをさせてほしい」
紅い耳が僅かに動いた。
「覚えてるの?」
「すべてではない」
「どこへ行ったかも?」
「分からぬ」
「じゃあ、どうやって探すの」
「場所や匂いの記憶なら、幾らか残っている。手掛かりにできるかもしれぬ」
アカツキは静かにリンを見た。
「私が散らした群れだ。探すためにできることを、させてほしい」
リンは黙っていた。
「旅を続けながらでも、手掛かりを探すことはできる。見つかった時には、一緒に追わせてくれ」
「旅しながら?」
「ああ」
リンが自分の右脚へ目を落とした。
しばらくして、またアカツキを見る。
「リン、まだ嫌いなの」
「ああ」
「許してないの」
「分かっている」
「たぶん、すぐには許さないの」
「それでよい」
リンが一度、息を吸う。
「でも、探すのは手伝って」
「……ああ」
「リンが一番槍なの」
「そうか」
「アカツキは後ろなの」
「承知した」
「二番槍なの」
「私も槍なのか?」
「二番槍なの!」
「ああ、分かった」
アカツキがほんの少し目を細めた。
「では、いただきましょう」
アイリスが食事を配る。アカツキの前にも、小さな器が置かれた。
「いただきます」
「いただくの!」
『わらわの分は?』
「今、お供えするところ」
結人は自分の器を、開いた懐中時計の前へ置いた。
湯気の上がるスープと、焼いた干し肉。
「味と香りはフィリアに。食べる分は俺に」
『肉が少ないのう』
「俺の分なんだけど」
『おぬしも多い方が嬉しかろう』
「それはそうだけど」
「神様、欲張りなの」
『おぬしにだけは言われたくない』
リンはそんなやり取りを聞きながら、パンを一口食べた。
肉を食べ、スープを飲む。
次々と口へ運ぶ手は、いつもの速さだった。
「ゆっくりね」
「分かってるの」
返事をしても、速い。
「分かってないな」
結人は供え終えた器を手元へ戻し、自分も食べ始めた。
少しして、リンの器が空になる。
底を匙で一度なぞってから、鍋へ目を向けた。
まだ食べたい。
けれど、そのまま器を差し出すことはできなかった。
今日は、まだ何もしていない。
リンは空の器を見て、それからアイリスを見た。
「アイリス」
「はい?」
「今日、リン、仕事してないの」
「そうですね」
「走ってないし、案内もしてないの」
「はい」
そこで言葉が止まった。
アイリスは、その先を待っていた。
リンが器を少しだけ前へ出す。
「……おかわり、ほしいの」
声は小さかった。
「まだ、ある?」
アイリスが微笑む。
「あります」
「……ほんと?」
「もちろんです」
「でも」
リンはもう一度だけ言った。
「今日、仕事してないの」
「はい」
アイリスが器を受け取り、スープを注ぐ。
「食べたい時は、そう言ってください」
温かい湯気と一緒に、肉と野菜が器へ入った。
何かをするようには言われなかった。
いっぱいになった器が、リンの前へ戻ってくる。
「……そっか」
リンは両手で受け取った。
「じゃあ、食べるの」
匙を持ち、一口食べる。
紅い耳が、ゆっくり持ち上がった。
以上で二章は完結となります。
次いで幕間を何話か挟もうかと思います。
基本的に幕間は日常感強めの話にしようと思います。
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今後ともよろしくお願いいたします。




