↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新約:止まった懐中時計は、神様をひとり隠している  作者: ぽんさん
第一章 値札を付けられた少女は旅を選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/54

第十一話 ~歌声は縛れない~

「始めようか」

 三十一本の赤黒い線が、青白い光と並んで広がっていた。

 結人は一番近い一本へ向かう。

 光刃を当てる。

 今度は、迷わない。

 赤黒い線が何をしているのか。

 その先にいる人が、何を拒んでいるのか。

 理解できる。

 刃を押す。

 線が切れた。

 壁の向こうで、誰かが大きく息を吸った。

「……あ」

 声。

 かすかな声が戻る。

「一人」

 次。

 また一本。

 切る。

「っ……いや……」

 別の声が返った。

 かすかでも、その人自身の拒絶が、今度は声になっていた。

「二人」

 結人は三本目へ向かう。

『焦るでない』

「分かってる」

 フィリアに答える。

 一本ずつ。

 意味を確かめる。

 青白い返りの光がある。

 拒絶がある。

 そこだけを選ぶ。

 光刃を振る。

 三本目。

 四本目。

 五本目。

 切れた線は赤黒い粒になって消える。

 青白い線は残った。

「残るんだ」

『おぬしが切ろうとしておるのは、命令を押し付ける関係だけじゃ』

 フィリアが言う。

『歌を通じて戻っておるものは、あやつら自身が返したもの。別の関係じゃ』

「なるほど」

 同じ場所を通っていても。

 同じ核へつながっていても。

 全部が同じ線ではない。

 見えたものを片っ端から斬ればいいわけではない。

 結人は六本目へ刃を入れた。

 身体が重い。

 まだ六本。

 先は長い。

「ユウト!」

 ガルドの声。

 振り返る。

 商館の男は床へ押さえつけられていた。

 杖は遠くへ転がっている。

 短槍の女が腕をねじ上げ、ガルドが魔力核との間へ立っている。

「こっちは片付いた!」

「流石です」

「当然だ。ひよっこ共とは年季が違う!」

 結人は少しだけ笑った。

 だが、男が取り押さえられても、赤黒い線は脈打ち続けている。

「命令はまだ流れています。戻りの経路も、長くは保てません!」

 魔法使いの声に、結人は光刃を握り直した。

 返事が届いているうちに、残りを切る。


◇


 アイリスの歌は続いていた。

 最初は一人だった。

 やがて。

 別室から、かすかな声が重なった。

「……ん……」

 歌詞のない旋律を。

 誰かが鼻歌で追いかける。

 また一人。

 もう一人。

 結人が線を切るたび。

 声を取り戻した者が、歌へ加わっていく。

 上手い歌ではない。

 音程がずれている者もいる。

 途中からしか分からない者もいる。

 ただ、アイリスの音を追う。

 それだけ。

 なのに。

 青白い返りの光は、少しずつ太くなっていった。

 一人分だった線が、隣と重なる。

 細い流れが束になり、魔力核へ戻ってくる。

「歌で強くなってる?」

『歌そのものが魔法なのではない』

 フィリアが答える。

『皆が同じ意思を確かめておるのじゃ。自分だけではない、と』

「それで」

『返す意思が、揺らがなくなる』

 結人は次の線へ向かう。

 十一本。

 十二本。

 手の感覚が少し鈍い。

 刃を握っているはずなのに、指先が自分のものではないように感じる。

「大丈夫ですか」

 アイリスが歌の合間に聞いた。

「とりあえずは大丈夫だ」

「そのお答えでは不安です」

「正直に言ったのに」

『倒れてから申すよりはましじゃ』

「倒れる前提で話すな」

 十三。

 十四。

 同じ構造の線が続く。

 ここまで来ると、最初ほど時間はかからない。

 青白い返りの光を確かめ、命令を押しつける関係だけを選ぶ。

 刃を振ると、十五本目がほどけた。

 次は、左右に伸びる二本。

 同じ核から、同じ命令が流れている。

 それぞれの先から、はっきりと拒絶が返っていた。

「二本、一緒にいけるか」

『意味を取り違えるでないぞ』

「分かってる」

 二振りを交差させる。

 振り抜く。

 二本の赤黒い線が同時にほどけた。

「できた」

『感慨に浸るのは後じゃ』

「はいはい」

 十八。

 十九。

 二十。

 身体が熱い。

 逆に指先は冷たい。

 胃の奥が持ち上がる。

「うっ……」

「ご主人様」

「大丈夫」

『嘘じゃな』

「今は動ける」

『それを大丈夫とは言わぬ』

 視界の端が少しぼやける。

 それでも。

 赤黒い線は見える。

 むしろ、余計なものが暗くなり、線だけが強く見えるようだった。

「あと十一」

 誰かが数えた。

 どこからの声か分からない。

 歌はもう、部屋一つでは収まらない。

 壁の向こうからも続いている。

 アイリスが先頭にいる。

 でも。

 彼女一人の歌ではなくなっていた。

 二十一。

 二十二。

 結人は足を進める。

 同じ型。

 同じ命令。

 同じ拒絶。

 一本ずつに違う人間がいることだけは、忘れない。

 二十三。

「ご主人様」

 アイリスが呼ぶ。

「何?」

「皆さん、嫌だと言っています」

「うん」

「ですから」

 歌を続けながら。

 アイリスは、ほんの少し笑った。

「お願いします」

「任された」

 結人は息を吐く。

 残りは八本。

 すべてから、青白い光の線がはっきりと戻っている。

 核から一時命令を流すためだけの枝。構造も同じだ。

 それぞれの意味を、一つずつ確かめる。

「……同じだ」

『うむ』

「全部、切っていい」

『あやつらが、そう言うておる』

 結人は二振りを広げた。

 八本の赤黒い線が、視界の中で束になる。

 線そのものが一つになったわけではない。ただ、今の結人には、八つすべての意味が同じだと理解できた。

「これで最後」

 結人は両腕を振った。

 右から、左から。

 二本の青白い光が、大きく交差する。

 八本の赤黒い線を、まとめて通り抜けた。

 一瞬、何も起こらない。

 次の瞬間、八本すべてが中央からほどけた。

 赤黒い光が消える。

 部屋が。

 静かになった。

 残ったのは。

 青白い光。

 そして歌。

「……終わった?」

 結人が呟く。

『うむ』

 フィリアの声。

『命令を流していた線は、すべて切れた』

 光刃が消える。

 今度は結人が意識して消したのではない。

 握る力がなくなった。

「あ」

 膝が落ちる。

「ご主人様!」

 アイリスが走る。

 その声が聞こえたところで、結人は床へ手をついた。

 吐き気。

 視界が揺れる。

 両手がしびれている。

「ちょっと、休む」

『ちょっとで済めばよいが』

「縁起悪いこと言うな……」

 床へついた手に力を込め、身体を起こそうとした。

 肘が震える。

 支えきれずに傾いた肩を、アイリスが受け止めた。

「無理をしないでください」

「してない」

「しています」

「……はい」

 反論する元気がなかった。


◇


 衛兵が地下へ入ってきたのは、それから間もなくだった。

 商館の男たちは拘束された。

 魔力核も壊さず、そのまま証拠として封じられる。

 捕らえられていた者はアイリスを除いて、三十一人だった。

 帳面から消えていた七人も、その中に全員いた。

 トマス。

 ミラ。

 ガト。

 そして、アイリスが覚えていた四人。

 声が戻った者から、一人ずつ名前を聞かれていく。

 まだ上手く話せない者もいた。

 泣いている者もいた。

 怒っている者もいた。

 何も言わず、ただ床を見ている者もいた。

 それでいい。

 誰も同じ反応をする必要はない。

「名前を聞かせてもらえますか」

 組合の職員が、壁際の男の前にしゃがんだ。

 長い沈黙のあと、男の唇が動く。

「……トマス」

 かすれた声だった。

「トマス、だ」

 職員がうなずき、帳面へその名を書き留めた。

 商館の男は言った。

 記録から消せば、最初からいなかったのと同じだと。

 そんなわけがない。

 名前は。

 声は。

 ここに残っている。

 アイリスの歌が、ようやく止まった。

 地下に静けさが戻る。

 結人は壁へ背を預けたまま、目を閉じる。

 今日はもう。

 立てそうになかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。