↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新約:止まった懐中時計は、神様をひとり隠している  作者: ぽんさん
第一章 値札を付けられた少女は旅を選ぶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

10/54

第九話 ~名前は支配者の懐に~

 結人は階段を駆け下りた。

 宿の一階には、先ほどの騒ぎを聞きつけた宿の主人が立っている。

「どうしたんだい?」

「連れがさらわれました」

「え?」

「旅人組合へ行きます。部屋はそのままにしておいてください」

 返事を待たず、結人は外へ出た。

 走る。

 胸元では、フィリアがアイリスの気配を追っている。

『まだ動いておる』

「方向は?」

『商館側じゃ。地下へ下りておるように感じる』

「分かった」

 それ以上は聞かなかった。

 人通りを縫い、旅人組合へ飛び込む。

 受付には、今朝も応対してくれた女性がいた。

 結人を見るなり、彼女は立ち上がった。

「ユウトさん。何かありましたか」

「アイリスが連れていかれました」

 女性の表情が変わる。

 だが、声は落ち着いていた。

「順番にお願いします」

「組合の使いを名乗る男が宿へ来ました。支部長からの伝言だって」

「特徴は」

「若い男。旅装。胸に組合章。形は本物と同じでした。でも、持ち主の魔力登録が通ってなかった」

 女性の目が細くなる。

「登録のない組合章、ですか」

「はい。偽物だと気づいた途端、男が逃げました。追いかけたけど見失って、部屋へ戻るとアイリスはいなかった。窓から連れ出されたみたいです」

「連れ去られた際の痕跡は?」

「椅子が倒れてました。髪留めが窓に残ってた。あと、契約印を使って身体と声を抑えられてる可能性があります」

 フィリアの名は出さない。

 時計のことも話さない。

 今必要なのは、組合が動ける事実だけだった。

「場所に心当たりはありますか」

「奴隷商館の地下です」

「根拠を伺っても?」

 結人は青灰色の帳面を開いた。

「消えた人たちの契約印に、同じ古い記号がありました。複数の契約印を一つの魔力核へつなぐ術式らしいです。アイリスの印も同じ系統です」

「それで、地下にいると?」

「場所を確かめる手段があります。ただ、今は方法まで話せません」

 女性の視線が結人へ戻る。

「俺が案内します。地下に魔力核があるか、組合の方にも確かめてもらえませんか」

 受付の女性は帳面へ目を落とした。

「少々お待ちください」

 奥へ消える。

 待っている時間が長い。

 数十秒のはずなのに、結人には何分にも感じられた。

『結人』

「分かってる」

『まだ生きておる』

「……うん」

 それだけで、足を止めていられた。

 やがて女性が戻ってくる。

 その後ろには、片眼鏡の老人と、体格のいい男がいた。

 老人は、今朝、行方不明者の照会に対応した組合の責任者だった。

 男は短く刈った黒髪に、使い込まれた革鎧を着ている。

「ユウト・クゼ」

「はい」

「支部長のガルドだ」

 男が名乗る。

「事情は聞いた。こちらで君へ使いを出した記録はない」

「じゃあ、完全に偽物ですね」

「そうなる」

 ガルドは受付の女性を見る。

「人を選べ。外へ漏らすな」

「承知しました」

 彼女はすぐに奥へ向かう。

「衛兵には?」

 結人が聞く。

「信頼できる者へ連絡する。ただし、大人数で正面から商館へ入れば、地下にいる者を盾にされる恐れがある」

「俺もそう思います」

「だから、先に少人数で入口と人数を確認する」

 ガルドの目が結人へ向く。

「君は場所が分かるのか」

「地下にいることまでは」

「なら同行してもらう。ただし勝手に走るな」

「……はい」

「返事が遅い」

「努力します」

 ガルドはため息をついた。

「若い頃の俺みたいな返事をするな」

 少しだけ、結人の肩から力が抜けた。


◇


 組合から出たのは五人だった。

 ガルド。

 短槍を持つ女旅人。

 弓を背負った男。

 灰色の外套を着た組合付きの魔法使い。

 そして結人。

 衛兵は別方向から動く。

 商館へ正面から踏み込まず、裏手の古い倉庫街を回る。

「ここです」

 結人が足を止めた。

 今朝、アイリスと帳簿を見た商館から、通りを二本隔てた場所。

 使われていない染料倉庫が並んでいる。

 古い木戸。

 色の抜けた壁。

 人の気配はほとんどない。

『下じゃ』

 フィリアの声。

「地下です」

 結人は自分の判断として言った。

 灰色の外套の魔法使いが地面へ手を触れる。

「確かに。地下へ大きな魔力の流れがあります」

 ガルドが短くうなずく。

「入口を探す」

 倉庫の中へ入る。

 染料の匂いはもうほとんど残っていない。

 空の樽。

 壊れた棚。

 床には新しい靴跡があった。

「使われてない倉庫にしては、綺麗な足跡ですね」

 結人が言う。

「同感だ」

 弓の男が棚を動かすと、その下に鉄の輪が付いた床板が現れた。輪をつかんで引き上げると、地下へ続く階段が口を開ける。

「当たりだな」

 ガルドが剣を抜いた。

「先頭は俺だ。ユウトは後ろへ」

「分かりました」

 魔法使いが浮かべた小さな光を頼りに、一行は階段を下りた。湿った石壁に囲まれた通路は、思っていたより広い。

 数十歩進んだところで、角から男が現れた。

「誰だ!」

 男の目がガルドの組合章へ止まる。

「侵入者だ!」

 男が剣を抜くと同時に、ガルドが踏み込んだ。金属音が一度響き、相手の剣が床へ落ちる。続いて、短槍の女が男の足を払った。

「声を出すなと言っても遅いか」

「急ぐぞ」

 通路の奥から、複数の足音が近づいてきた。

 結人も短剣へ手を掛けたが、前には出なかった。今の自分が、この四人より戦えるとは思わない。

 角から現れた二人のうち、一人の肩を矢が射抜く。もう一人はガルドが止めた。

 結人は壁際へ下がり、魔法使いの前を空ける。そのとき、視界の右端で杖が持ち上がった。

「右、もう一人!」

 短槍の女が向き直り、男の手元へ槍を突き出した。杖が床へ落ちる。

「助かる」

「見えただけです」

 通路を抜ける。

 扉。

 鍵が掛かっている。

 ガルドが蹴破る。

 その向こうにいた人々を見て、全員の動きが止まった。

 十人以上。

 壁際へ座らされている。

 首や腕に契約印。

 誰も声を出さない。

 いや。

 出せない。

「トマス?」

 結人はアイリスから聞いた名前を口にした。

 足を悪くしているという五十歳ほどの男。

 一人が、わずかに顔を上げる。

 アイリスの記憶にあった特徴と一致する。

「生きてた」

 七人。

 少なくとも、その一人はここにいる。

「他にも部屋がある」

 弓の男が言う。

「先に核だ」

 魔法使いの顔が険しい。

「この先から、かなり強い魔力を感じます」

『結人』

 フィリアの声も重なる。

『近いぞ』

 走る。

 次の扉を開けた瞬間。

 結人は、息を止めた。


◇


 大きな部屋だった。

 中央には、黒い金属と石を組み合わせた円柱状の装置が立っている。

 表面を赤黒い光が走っていた。そのすぐそばの椅子に、青い服の少女が座っている。

「アイリス!」

 結人は思わず、その名を呼んだ。

 鎖で縛られてはいない。

 椅子へ座らされ、両手を膝の上へ置いている。

 ただし、自分からそうしているわけではない。

 指一本動かせないように見えた。

 顔を上げる。

 結人と目が合う。

「……」

 声は出ない。

『アイリス!』

 フィリアが呼ぶ。

 少女の瞳が、わずかに揺れた。

 届いている。

 完全には切れていない。

 けれど、厚い壁を挟んだように遠い。

「ずいぶん早かったですね」

 部屋の奥から声がした。

 痩せた中年の男が、細い杖を手に立っていた。

 アイリスの売買や、今朝の返金に応じた受付の職員とは別人だ。

「組合まで連れてくるとは思いませんでした」

 ガルドが剣を向ける。

「魔力核から離れろ」

「それは困ります」

 男は笑った。

「ここにいる者たちは、私の大事な商品ですから」

「人だろ」

 結人の声が低くなる。

「書類上は商品です」

「名前もある」

「記録から消せば、ないのと同じです」

 結人は男を見る。

「……なんだと?」

「身寄りがない。所有者も頻繁に変わる。移送記録は私たちが作る。そういう者は、帳簿から一行消せば誰も探さない」

 男は肩をすくめる。

「名前も、家族も、帰る場所もない者です。いなくなったところで、最初から存在しなかったのと変わりません」

 アイリスの目が、はっきりと男へ向いた。

 怒っている。

 声を奪われていても分かった。

「どうしてアイリスに命令できる。所有者は俺だろ」

「所有者記録なら、書き換えました」

「俺の同意なしに?」

「契約印には、以前の所有者の魔力がわずかに残ります」

 男は杖を核へ向ける。

「それを写し、必要な形へ整える。少し手間はかかりますが、古い型なら難しくありません」

「偽造だろ」

「記録の上では、正しい譲渡になっていますよ」

 ガルドが一歩進む。

「今から証拠ごと確保する」

「そう簡単には」

 男が杖を振った。

 魔力核が強く光る。

 部屋の外から、何人もの息を詰める音が聞こえた。

 アイリスの身体も震える。

「動くな!」

 魔法使いが叫ぶ。

「核から複数の契約印へ命令が流れています!」

 結人の視界に。

 線が見えた。

 赤黒い。

 魔力核から伸び、アイリスの契約印へ刺さる一本。

 その向こう。

 壁を抜けて、さらに何本も。

 一。

 二。

 十。

 二十。

 数え切れない。

『三十二』

 フィリアが言った。

『アイリスを含め、三十二の契約印がつながれておる』

「三十二……」

 男が結人を見る。

「見えるのですか?」

 答えない。

 別の線もあった。

 アイリスから。

 懐中時計へ。

 細い。

 淡い青。

 赤黒い線に押しつぶされそうになりながら、それでも切れていない。

「アイリス」

 結人が呼ぶ。

 少女がこちらを見る。

「聞こえてる?」

 ほんの少しだけ。

 まぶたが動いた。

「嫌か」

 男が眉をひそめる。

「何を聞いている」

 結人は無視した。

「今、あいつに身体を動かされるのは」

 アイリスの指が震える。

 動けないはずの指が。

 わずかに。

 握られた。

 拒絶。

 答えは、それで十分だった。

『結人』

 フィリアの声がする。

『おぬしの目に見えておるものをよく見よ』

「見てる」

『何と何を結んでおる』

「魔力核と、アイリスの契約印」

『何を運んでおる』

「命令」

『その関係を、アイリスは望んでおるか』

「望んでない」

 胸元の懐中時計が熱を持った。

 青い光が漏れる。

「何だ?」

 ガルドが振り返る。

 結人にも分からない。

 ただ。

 手を伸ばすべきだと思った。

 右手へ光が集まる。

 左手にも。

 形になる。

 細身の剣。

 まっすぐな、青白い刃。

 中心には、ごく細い実体のような光。

 二振り。

 片方だけが、わずかに長い。

 普通の剣とは違う。

 物を斬るためだけの形ではない。

『クロノワールド』

 フィリアが、低くその名を告げた。

「これのことか?」

『そうじゃ。だが今は名などどうでもよい』

 結人は二振りを構える。

 赤黒い線を見る。

 全部ではない。

 まず一つ。

 アイリスへ流れ込む命令。

 アイリスが拒んでいる関係。

 切るべき場所は、はっきりと見えていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。