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奇傑修祓師の目付役  作者: 相宮祐紀
第一章 踊る磁器人形
7/9

七   二階の出窓





**





 この件は急を要するため、すぐにでも藤丸《ふじまる》家を訪ね、様子を見るべきと判断した。

「私《わたくし》もご一緒いたします」

 ベルトに洋剣《サーベル》をさげていると、銅室《あかむろ》冴白《こはく》が横に来て言った。広介《こうすけ》はすぐにうなずいた。

「よろしくお願いします。銅室さん」

 そう言って笑ってみせると、こちらこそ、との返事があった。支度を整え、地﨑(ちざき)に見送られて臣民相談室を出る。階段をのぼり、遠い回転扉まで歩き、出ていくと公用車が待機していた。広介が袋井《ふくろい》と話しているあいだに、地﨑が内線で手配したらしい。でも、もし銅室冴白がやったのならば、いま礼を言っておくべきだ。思ったものの目が合わず、違うらしいということにした。

 銅室冴白が助手席に乗り、広介は袋井と、後部座席に並んで座った。運転手の朝田(あさだ)には、遠出するときや急ぐときにはいつも世話になっている。

 臣民相談室というのは、その通称はほぼ悪口だし執務室は僻地にあるが、ほかの設備使用において冷遇されることはない。修祓庁《しゅばつちょう》全体から見ても、役に立っているからだ。裏の精鋭だとも言う。烏《からす》は神の使いでもある。

 公用車が走りだすと、涼風と空が頭上を流れる。落ち着きのない音がする。広介は隣の袋井とさほど立ち入らない話をしつつ、頭の中を休みなく回した。聞きとったことを整理していく。

 藤丸家は、もとは武家であって子爵に叙された名門である。華やかな世界に疎い広介も聞いたことのある家だった。相談のあった藤丸《ふじまる》綾人《あやと》は、家を継いで子爵となっており、大学生をしているという。勤勉な人が登校しないので、案じた友人が訪ねてくるが、体調が芳しくないとか言って帰してしまうことしかできない。家の人すら寄せつけないのだ。その状態はふた月ほど前から、悪化していくいっぽうらしい。

 そのうち、友人や家人の一部が、離魂《かれだま》の仕業なのではないかと疑いを持ち始めたのだという。表沙汰にしたくないこともありなかなか相談できなかったが、正式な資格のない者に修祓などを依頼するのは立派な違法行為である。法に背いて助けられても胸を張れないということで、修祓庁へ行くことにした。臣民相談室に来たのは、先に訪ねた修祓課でそう指示されたためだった。袋井は、その旨を記した書類についてあとから思い出していた。涙しながら話していたので、忘れていても無理ないことだ。

 ともかく、様子が変わっているのは藤丸綾人という人である。離魂は彼に憑いているはずだ。そしてエイミーという人形も、おそらく普通の状態ではない。藤丸綾人はもう長らく、エイミーの名前ばかり言うのだ。エイミーの離魂が藤丸綾人に憑いてしまっているのかもしれない。

 物も────どんな物であっても、離魂となりうる魂《たましい》を持つ。特に、大事にされてきた物は離魂を出しやすい。それに教本によれば、離魂の強さ、つまり等級の上下に、人から出たか物から出たかはまったく無関係である。

 ただし経験からすると、物から出てくる離魂のほうが等級が低い傾向がある。ほかの修祓師《しゅばつし》も同じことを言う。ひとりの人間を二か月ものあいだ、生活もままならぬほど縛りつける、そんな物の離魂を、広介は修祓したことがない。

「ああ、じきに、到着いたします……」

 袋井が呻くように言った。顔をあげて見回せば、閑静かつ洗練された高級住宅街である。昔ながらの邸宅と、煉瓦造りの洋館とがゆったりと建ち並んでいる。道幅も広く見通しがよく、空気がどこかかろやかだった。帝都中心とも下町とも、修祓庁のある場所とも違う。上品な人の住むところだなとつい感心してしまうが、今そんなことは重要でない。広介は袋井に顔を向けた。

「お邸に到着したらまず、遠くからでかまいませんので、ご主人のお部屋を拝見したいのです」

 藤丸綾人の部屋はおろか、離れにすら近づけないと聞いた。ずかずかと踏み入ることもできない。

「はい、どうぞお願いいたします。お邸のだれも一刻でも早く、綾人さまにお会いしたいのです……」

 本来の自分を取り戻した状態で、一刻も早く会いたいのだ。広介はうなずいてみせた。

「ありがとうございます────」

 現地へ行ってみないことには、確かなことはわからない。必ず修祓しますとも言えない。袋井も良家の執事らしく、そういった言葉を求めてはこない。ほんとうは不安で仕方がないだろうに、それを思うと気が急いてしまう。鼓動が少し速まっている。落ち着いて臨まなければならない。外からはわからないように、細く深く息をする。なにげなく前へ視線を投げると、タイル張りの目と目が合った。

 一瞬、たじろいだのを打ち消したくて、広介はきょとりと目を丸めてみる。銅室冴白はまばたきをして、黙って前に向き直る。

 この人物は、どれほどの離魂を、祓って、あるいは毀《こわ》して、きたのか。きつく纏まった髪を見ていた。

「着きました。藤丸邸ですよ」

 運転手が気楽な声音で告げた。





**





 藤丸邸は敷地が広大なわけではないが、重厚な美しさを持っていた。手前に瓦葺屋根の二階建て家屋、奥に尖塔つきの洋館があり、けれどもうるさい感じはせずに調和のとれた様子である。木陰に続く石畳を進むと、開け放しの大戸口の前に四名の人が居並んでおり、頭を下げるので仰天した。みんな藤丸家の使用人らしい。

 袋井に案内され、広介は銅室冴白と並んで奥の洋館のほうへ向かった。洋館から少し離れたところで、袋井は立ちどまり、振り向いた。あちらでございますと囁いた。

 示されたのは、二階の出窓。出入口にもなりそうな、開放的な大きさがある。けれどもカーテンがぴたりと閉められ、中を窺うことはできない。

 青みのある色の石盤《スレート》を貼った、外壁が寂しげに感じられる。窓はほかにもたくさんあるが、すべてカーテンが閉ざされていた。広介は、ひと言ことわってから、袋井の前に出た。銅室冴白がついてきた。

「なにか、おわかりになりますでしょうか……」

 袋井がうしろから問うてくる。少々お待ちくださいと伝え、広介は大きな窓を仰いだ。硝子《ガラス》にはじかれた陽光が、破片のように目に刺さる。瞼をおろし、両耳を覆う。呼吸をとめる。集中する。遠い距離にある離魂は、こうやって覚知する。

 眉間から光線が出ていくことを、想像するようにと習った。その光線はすべてを透かし、真っ直ぐ伸びて離魂に届く。とらえた。しかし、ひどくぼやける。においを感じるわけではないが、密な芳香に巻かれるようだ。目も眩《くら》みそうな彩りがあり、てろりと頬を撫で伝い、笑う蠱惑の音色を隠し────そこで。

 広介は、光線の想像をやめた。すべては散った。霧に似ていた。覚知は五感でするのではないが、五感を攫われ揉まれる気になる。

 たったいま、覚知することができた。離魂は確かにあの部屋にある。だが、かなりぼやけているうえ修祓するには距離がある。ここからでは迎えられない。広介はうしろを振り向いた。

「離魂があることはわかりましたが……」

 そのとき、横でふと呟いた。

「あちらに所在しますのは、依坐《よりまし》、および依代《よりしろ》です。離魂は一級のものであるかと」

 ほんの小さな声だった。広介は思わず息を飲む。

「ここから、わかるのですか」

 広介は離魂を覚知したものの、なにに憑いているかは知りえなかった。それでも、依坐とだけ言うなら。離魂が人間に──藤丸綾人にのみ憑いているなら、広介の推測とも合致する。だが、および依代と言った。それならばあの部屋の中には、憑かれた物まであることになる。

 離魂に憑かれているのは、藤丸綾人だけではないのか。そして一級と言いきった。集中する素振りも見せず、即座にそこまで看破したらしい。一級とは一段階違うだけだが、その一段が途方もない。この人物は傑級《けっきゅう》だ。

 唖然とする広介の横で、銅室冴白は窓を見ている。わかりますと、こともなげに言い、袋井をかえりみる。すっと二階の出窓を示した。

「ただいま覚知いたしました。あちらの、ご主人のお部屋の中に、離魂が所在するもようです」

 淡然と告げられた言葉に、袋井は一瞬言葉をなくす。そして、銅室冴白のほうへすがるようなまなざしを向けた。

「それは、でしたら、どうすれば……」

 言葉尻が僅かに震える。銅室冴白はひとつうなずき、変わらず平らな調子で言った。

「はい。私《わたくし》といたしましては、こちらから修祓を試みることを提案させていただきます」

 そして真っ直ぐに広介を見あげる。

「いかがでしょうか。倉代《くらしろ》修祓師」

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