第6話 日本防衛線
林は湯飲みに口を付け、一息ついてから再び話し始めた。
「ここからは、日本の話になります。」
二郎は静かに頷く。
「政府は、オーストラリアや東南アジアで起きた地獄のような惨状を衛星映像や各国からの報告で知りました。」
「このままでは、日本も同じ運命をたどる。」
「そう判断した政府は、ディープワンが上陸する前から国家総動員体制へ移行します。」
林は机の上へ日本地図を広げた。
「最初に重点防衛地域となったのは、九州と四国です。」
「自衛隊の主力部隊を集中配備し、市民の避難を開始しました。」
「さらに沿岸部には巨大なコンクリート製の要塞陣地を建設します。」
「港湾には対艦砲、沿岸砲、機関砲を並べ、上陸を阻止する準備を進めました。」
「一般市民も動員されたんですか?」
林は頷く。
「ええ。」
「予備自衛官だけでは人手が足りませんでした。」
「そのため旧式小銃を払い下げ、市民兵防衛隊を各地で編成しました。」
「避難できない地域では、住民自らが町を守ることになったのです。」
二郎は思わず顔をしかめる。
「一般人まで……。」
「それほど切迫していたのです。」
林は静かに続けた。
「そして二〇〇〇年五月。」
「ディープワン三百万が日本へ迫ります。」
「上陸前、自衛隊と航空部隊は海上で大規模爆撃を敢行しました。」
「航空爆雷、対潜爆弾、誘導爆弾による飽和攻撃です。」
「この攻撃で、およそ百万人のディープワンが海中で討ち取られたと言われています。」
「そんな数を……。」
「しかし、それでも二百万近くが海岸へ到達しました。」
林は地図の九州沿岸を指差す。
「彼らを迎え撃ったのが、水際要塞陣地です。」
「沿岸砲。」
「機関銃座。」
「迫撃砲。」
「対魔物弾。」
「そして自衛隊歩兵。」
「激戦の末、およそ八十万を撃破したと記録されています。」
「それでも百万人以上……。」
「はい。」
「日本本土への侵攻は止まりませんでした。」
部屋の空気が重くなる。
「半年後。」
「鹿児島県。」
「熊本県。」
「そして四国全域が陥落しました。」
「さらに戦線は北上します。」
「和歌山。」
「大阪。」
「広島。」
「福岡。」
「これらの都市を守るため、防衛戦が始まりました。」
林は静かにページをめくる。
「戦争開始から一年。」
「和歌山県と奈良県が陥落。」
「ディープワンは大阪周辺へ集結します。」
二郎は思わず息をのむ。
「大阪が……。」
「はい。」
「日本最大級の決戦が始まろうとしていました。」
林は低い声で続ける。
「しかし、この頃になると別の問題が発生します。」
「弾薬不足です。」
「大量の銃弾、砲弾、ミサイルを消費した結果、生産が追い付かなくなりました。」
「そのため後方では、新たな武器が大量生産されます。」
「クロスボウ。」
「白兵用の槍。」
「戦斧。」
「工兵用スコップを改良した白兵戦用スコップ。」
「銃が撃てない兵士は、それらを持って戦場へ向かいました。」
「まるで中世だ……。」
「ええ。」
「実際、戦闘の多くは白兵戦でした。」
「ディープワンは魔法を使えますが、銃器を持っていません。」
「そのため、接近戦が非常に多かったのです。」
「日本側も大きな犠牲を出しました。」
「しかし、その分だけディープワンにも甚大な損害を与えました。」
林は地図の日本海側を指差した。
「さらに戦況は悪化します。」
「中国沿岸を制圧したディープワン三十万が鳥取県へ上陸。」
「中国地方から広島を包囲する形となりました。」
「……絶望的ですね。」
「当時は、多くの国民が日本滅亡を覚悟したそうです。」
しばらく沈黙が流れた。
やがて林は静かに笑みを浮かべる。
「ですが、日本は耐え抜きました。」
「戦争開始から三年後。」
「ついに転機が訪れます。」
「アメリカ本土で増産されていた大量の弾薬が、輸送船団によって日本へ到着したのです。」
「さらにアメリカ海兵隊も来日し、日本防衛軍との共同反攻作戦が開始されました。」
林の声にも力が入る。
「大阪周辺へ集結していたディープワン主力に対し、砲兵部隊による集中砲撃を実施。」
「巡航ミサイル。」
「航空爆撃。」
「多連装ロケット。」
「戦車。」
「装甲戦闘車。」
「機械化歩兵。」
「すべてを投入した総反攻でした。」
二郎はその光景を想像する。
燃え上がる大阪。
砲撃。
爆炎。
そして押し返されるディープワン。
「大阪決戦。」
林は力強く言った。
「ここで日本防衛軍は、ディープワン主力へ決定的な勝利を収めます。」
「これを境に戦局は完全に逆転しました。」
「日本軍は掃討戦へ移行します。」
「まず四国解放戦。」
「続いて九州解放戦。」
「長きにわたる降魔戦争は、ここから人類の反撃の時代へ入っていくのです。」
二郎は静かに息を吐いた。
「……俺が知っていた日本とは、まったく違う歴史だ。」
林は静かに頷いた。
「だからこそ今の日本は、二度とあの日々を繰り返さないために、軍も探索者も、そして符呪師も必要とされているのです。」




