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第5話 降魔戦争

翌朝。


二郎は猪俣に案内され、朝食の席へ向かった。焼き魚に味噌汁、炊き立てのご飯。湯気の立つ和朝食が並んでいる。


「いただきます。」


食事を始めながら、二郎は猪俣に頭を下げた。


「あの、猪俣さん。……一週間も寝込んでいたせいか、昔のことが少し曖昧なんです。」


もちろん嘘だった。前世の記憶を説明するわけにはいかない。


「日本のことや世の中のことを教えてくれる人はいませんか? 1日1時間から2時間くらいで十分なんですが。」


猪俣は少し考え、うなずいた。


「承知いたしました。それでしたら、林業部の林が適任でしょう。歴史にも詳しく、話も分かりやすい男です。本日仕事を終えましたら、二郎様のもとへ参ります。」


「ありがとうございます。」


その様子を見ていたダニッジが頭の中で呟いた。


『なるほど。ワシは助言はできるが、お前がこちらへ来る前の歴史までは知らん。八木家の者に聞くのは正しい判断じゃ。』


「やっぱりそうか。」


『知らぬことは知っている者に聞く。それが一番早い。』


昼食の席でも猪俣から、林が夕食後に来ると知らされた。


「分かりました。」


まだ夕方までは時間がある。二郎は屋敷の中を歩いてみることにした。


広い屋敷には離れや蔵がいくつもあり、大きな土蔵、農機具の倉庫、薪小屋、鍛冶場、食料蔵まで揃っている。どれも丁寧に管理されていた。


「すごいな……。」


『八木家は数百年続く旧家じゃ。生活に必要な物の多くを自給できる。』


「まるで一つの村みたいだ。」


『有事には、それくらい出来ねば生き残れん。』


二郎は静かに頷いた。


夕食を終える頃には外は暗くなっていた。客間へ案内されると、一人の男性が待っていた。四十代半ばほどで、日に焼けた肌に作業着姿、鍛えられた体つきをしている。


「初めまして。八木家林業部の林です。元国防軍強行偵察隊の兵士です。」


二郎も頭を下げた。


「よろしくお願いします。」


林は穏やかに笑った。


「猪俣さんから事情は聞いております。今日は、この国の歴史をお話ししましょう。」


二郎は真剣な表情で頷いた。


林は湯飲みを置き、静かに語り始めた。


「今から二十五年前、二〇〇〇年一月一日。太平洋南方――ニュージーランド、南極、南アメリカ大陸の中間海域で海底都市ルルイエが浮上しました。ここから、人類史上最大の災厄が始まります。」


二郎は息をのんだ。


「二月には、推定四千万ものディープワンが海から出現しました。南アメリカへ一千五百万、オーストラリアへ五百万、残りも各地の沿岸へ次々と上陸しました。」


「四千万……。」


「オーストラリア軍は迎撃しましたが主力は壊滅。支援に入ったアメリカ、日本、東南アジア諸国連合軍も、市民の避難を優先せざるを得ませんでした。住民は内陸へ退避し、一部は輸送船でインド方面へ脱出しました。」


林の声は重い。


「インド軍を中心とする支援で戦線は何とか維持されましたが、三月中旬には東南アジア各国にも百万単位のディープワンが上陸し、戦線はさらに拡大します。」


部屋の空気が張り詰める。


「四月初旬には東シナ海で中国海軍主力が壊滅し、中国沿岸部にも約一千万が上陸しました。」


二郎は拳を握った。


「そして五月。日本にも災厄が及びます。沖縄、九州、四国を中心に約三百万のディープワンが上陸し、これが日本における降魔戦争の本格的な始まりとなりました。」


二郎は言葉を失った。


自分の知る日本とはまったく違う歴史。戦争によって形作られた国なのだと、初めて実感したのだった。

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