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深淵の符呪師 ヨグソトースの落とし子  作者: ケロン藤野


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第26話 魚人街Aゾーンに初めて来た

二郎は夕暮れの八王子市街を三輪電動自転車で走り、魚人街の入口へ到着した。


巨大な門には、


「八王子魚人街 一般市民開放地区Aゾーン」


と書かれた看板が掲げられている。


「着いたか。」


『ほう、ここが魚人街か。』


二郎は魚人街入口近くの駐輪場へ三輪電動自転車を乗り入れた。


駐輪場には買い物客の自転車や荷台付きの電動三輪車が何十台も並んでいる。


「駐輪場があるなら安心だな。」


二郎は荷台からリュックと素材袋を降ろし、ワイヤーロックで自転車をしっかり施錠した。


「この前、勝浦海咲さんに場所を聞いておいて良かったよ。」


「駐輪場まで教えてもらえたから、迷わず来られた。」


『それにしても、この電動アシスト付き三輪自転車は便利じゃの。』


「だろ?」


二郎は荷台を軽く叩いた。


「アシストが付いていて良かった。」


「これだけ荷物を積んでいても坂道が楽なんだ。」


ダニッジは自転車をじっと見つめる。


『しかし、この三輪電動自転車……。』


『街で見かけるのはジジババばかりではないか?』


二郎は苦笑した。


「そんなことないよ。」


「前カゴと後ろの大型カゴが付いていて積載量はかなりあるし。」


「スピードはゆっくりだけど、その分安全だ。」


「三輪だから荷物を積んでも倒れないし、安定感は抜群なんだ。」


『まあ、お主が満足なら良いがの。』


ダニッジは魚人街の奥を見渡した。


『しかし……。』


『魚人街と聞いていたから工場地帯を想像しておったが。』


『この一般市民開放地区Aゾーンは、まるで露天市場ではないか。』


そこには細い路地を埋め尽くすように露店が並び、魚人たちの威勢の良い声が飛び交っていた。


干物を並べる店。


虫素材を扱う店。


古道具屋。


軍の払い下げ品。


中古工具。


香辛料や乾物を扱う露店。


魚介料理の屋台からは香ばしい匂いが漂い、多くの人や魚人で賑わっている。


まるで異国の市場のような活気だった。


二郎の目が輝く。


「いやぁ、ワクワクするな。」


「まるで世田谷ボロ市みたいだ。」


「こういう市場って、絶対に掘り出し物があるんだよ。」


ダニッジも楽しそうに笑う。


『うむ。』


『協会では手に入らぬ品も多そうじゃ。』


『まずは虫素材の買取価格を調べ、その後で店を一軒ずつ見て回るとするか。』


「よし!」


二郎は素材袋を肩に担ぎ、人と魚人で賑わう魚人街入口のAゾーン露天市場へ足を踏み入れた。


入口近くには、


「虫素材買取」


と書かれた木製の看板が目に入る。


「最初はあそこだな。」


二郎とダニッジは虫素材買取店へ向かった。


店先には巨大な甲虫の角や蜘蛛の糸、ムカデの毒袋などが山積みにされている。


二郎はジャイアントローチの素材袋をカウンターへ置いた。


「すみません。」


「ジャイアントローチの素材なんですが、買い取ってもらえますか?」


店主の人間は袋を開けると、顔をしかめた。


「うわっ……。」


「ローチか。」


外殻を手に取り、鼻先へ近づける。


「くっさ……。」


「兄ちゃん、協会にも持って行ったろ?」


「はい。」


「外殻は?」


「いらん。」


「脚も?」


「いらん。」


「大顎も?」


「いらん。」


店主は苦笑した。


「協会じゃ魔石だけ五十円くらいだな。」


「足なんか買取拒否だ。」


「外殻も硬化キチンで丈夫なんだがなぁ。」


「臭いが染みついてるから、防具職人にも人気がない。」


「結局、ゴミ素材扱いだ。」


二郎は思わず肩を落とす。


「ゴキはゴキだよなぁ……。」


「臭いし。」


「ゴミじゃないか。」


「五十円でも安いと思ったのに、買取拒否の素材まであるなんて。」


ダニッジも呆れたように笑う。


『まあ、でかいゴキブリの臭い外殻で鎧を作ろうとは思わんわな。』


『誰が好き好んで着るんじゃ。』


店主も大きく頷いた。


「そういうことだ。」


「魔物としては弱いし、素材としても人気がない。」


「初心者が最初に知る現実だな。」


少し考えたあと、店主は声を潜めるように続けた。


「ただな……。」


「ここは一般市民開放地区Aゾーンだ。」


「この辺じゃローチ素材を欲しがる店はほとんどない。」


二郎が顔を上げる。


「じゃあ、どこなら売れるんですか?」


「Bゾーンだ。」


「あっちは魚人の店が多い。」


「魚人の中には昆虫食の連中もいるからな。」


「ローチの脚や外殻を食材や加工材料として買い取る店もある。」


「値段は高くないが、買取拒否はされないはずだ。」


二郎の表情が少し明るくなる。


「なるほど。」


「市場によって需要が違うんですね。」


店主は頷く。


「人間にはゴミでも、魚人には価値がある。」


「商売ってのはそういうもんだ。」


ダニッジが感心したように笑う。


『ほう。』


『やはり市場は一か所だけ見ても分からんものじゃな。』


『需要が違えば値段も変わる。』


二郎は袋へ素材を戻しながら苦笑した。


「勉強になった。」


「素材なら何でも協会で売れると思ってた。」


「でも、売る相手を選ぶことも探索者の仕事なんだな。」


『その通りじゃ。』


『中にはゴミを宝に変える職人もおる。』


『今日は良い勉強になったの。』


二郎は素材袋を肩に担ぎ直した。


「よし。」


「次はBゾーンへ行ってみよう。」


「魚人相手なら、このゴキブリ素材も売れるかもしれない。」


店主は笑いながら手を振った。


「行ってみな。」


「運が良けりゃ、思ったよりいい値段が付くかもしれんぞ。」


二郎とダニッジは店主に礼を言うと、人混みを抜けて魚人街Bゾーンへ向かって歩き始めた。

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