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深淵の符呪師 ヨグソトースの落とし子  作者: ケロン藤野


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22/28

間話2 レッドキャップ

夜の奥多摩。


細い山道を五台のワンボックスカーが連なって走っていた。


車内には二連装散弾銃、拳銃、金属バット、鉄パイプなどで武装した男たちが乗り込んでいる。


最後尾の車。


後部座席では、八王子の反社会組織「レッドキャップ」副長・坂本が煙草をくわえ、窓の外を眺めていた。


「そういえば酒井。」


「今回の襲撃、どこの情報だ?」


運転席の酒井が笑う。


「ボスが魚人街の情報屋から仕入れた話ですよ。」


「奥多摩の資産家なら、現金も金目の物も山ほどあるって。」


坂本は煙を吐き出した。


「八木家とか言ったか。」


「林業やってる田舎者が金を持ってるって話だな。」


「はい。」


「噂じゃ主人も娘も美人らしいですよ。」


坂本はニヤリと笑った。


「そいつは楽しみだ。」


「金も女も手に入る。」


「楽な仕事じゃねぇか。」


酒井も笑う。


「ちょろいですよ。」


車内には下卑た笑い声が響いた。


その時だった。


パンッ!!


先頭車両のタイヤが破裂する。


「なんだ!?」


車は蛇行しながら停止。


続いて二台目。


三台目。


立て続けにタイヤが破裂した。


道路には鋭いスパイクベルトが設置されていた。


「スティンガースパイクか!」


坂本が叫ぶ。


「酒井、バックだ!」


その瞬間。


パンッ!


酒井の頭が赤い霧となって消えた。


二秒後。


助手席の男も頭を撃ち抜かれる。


「狙撃だ!」


坂本は反射的に座席へ身を伏せる。


(林業の連中が、こんな軍用装備を持ってるのか……!)


坂本は元国防軍兵士だった。


だからこそ分かる。


(完全に待ち伏せだ。)


(アンブッシュ……!)


冷や汗が止まらない。


隣の若い構成員が叫ぶ。


「降ります!」


「馬鹿! 伏せ――」


言い終わる前に。


パンッ!


男の胸が弾け飛び、そのまま倒れ込む。


銃声が止まない。


やがて先頭車両から炎が上がった。


ボスの乗る車が燃えている。


(今しかない。)


坂本はゆっくりと車外へ転がり出る。


そのまま車体の下へ潜り込み、息を殺した。


静寂。


――いや。


違う。


山の斜面から、何かが近付いてくる。


ドォン……


ドォン……


大木をなぎ倒しながら、重量のある何かが降りてくる。


そして。


「贄……贄……贄ェェェェ……」


人間とは思えない声。


「肉……。」


「肉……。」


「血……。」


「血……。」


「滴る肉……。」


坂本の全身から血の気が引いた。


(この声……。)


(大阪……。)


降魔大戦後半。


大阪防衛戦。


邪神の眷属。


兵士も、市民も。


何百、何千という人間が喰われた。


あの時聞いた声と同じだった。


(まさか……。)


(まだ生き残りが……。)


誰かが拳銃を撃つ。


乾いた銃声が夜に響く。


しかし、その程度では止まらない。


鈍い音が続く。


車体が紙細工のように引き裂かれていく。


巨大な何かが、車を引き裂き、中にいた男たちを次々と飲み込んでいく。


悲鳴が山へ響く。


「助け――!」


「やめろぉ!」


「嫌だぁぁぁ!」


断末魔はすぐに途切れた。


坂本は歯を食いしばる。


(生きたまま喰われる……。)


(最悪の死に方だ……。)


ふと思い出す。


(八王子孤武羅コブラも……。)


(消えたって噂だった。)


四十人規模の組織。


誰一人帰らなかった。


(全員……。)


(喰われたのか……。)


息を殺す。


見つからなければ助かる。


そう願った。


しかし。


「最後のお肉……見つけたぁ……。」


車の下へ何本もの触手が伸びてくる。


坂本の足首を絡め取った。


「うわぁぁぁ!」


強引に車の下から引きずり出される。


そこに立っていた。


五メートルはある巨体。


光学迷彩のように輪郭が揺らぎ、姿が定まらない。


無数の触手。


触手には人間だったものがぶら下がっている。


それは坂本を見下ろき、低く囁いた。


「贄ェェェ……。」


夜の山へ、悲鳴が吸い込まれていった。


――――――


山中の陣地。


ギリースーツ姿の狙撃手たちが集結していた。


その中央には戦闘服姿の八木薫子が立っている。


「情報どおりだったな。」


「八木家を襲うとは愚かな。」


林が敬礼する。


「敵は殲滅しました。」


「三郎様の食欲も満たされたようです。」


薫子は夜の山を見つめた。


「前回は一か月前だったな。」


「かなりの人数だった。」


「三郎も食後は少し落ち着くだろう。」


林は苦笑する。


「ですが、肉と血には飢えております。」


「鹿や猪を数頭与えた程度では満足できません。」


薫子は静かに息を吐いた。


「太郎は頭が良すぎた。」


「我々の手を逃れ、東京のどこかへ潜伏している。」


「あれはヨグ=ソトース様を東京へ招き、この国を破壊することしか考えていない。」


「三郎は魔物だ。」


「戦闘以外では使い物にならない。」


「餌を与えているから従っているだけ、まだ扱いやすい。」


そして少し表情を和らげる。


「二郎は副脳と融合中だ。」


「元々気弱な性格だが、副脳の邪悪さにも飲み込まれずに済んでいる。体力がないのでおそらくダメだろう」


「この先も、ヨグ=ソトース様にはこちらの世界への干渉だけで留めていただきたい。」


「せっかく均衡を保っているのだ。」


「日本まで滅んでは意味がない。」


その時。


狙撃手の一人が近付いた。


「薫子様。」


「魚人街のスクラップ回収班が到着しました。」


「通せ。」


しばらくして、大型クレーン付きトラックが何台も山道へ入ってきた。


十人ほどの魚人たちが降り立つ。


先頭の魚人が恭しく頭を下げる。


「お久しぶりでございます。」


「薫子様。」


「相変わらずお美しい。」


薫子は鼻で笑う。


「くだらん。」


「おべっかは聞き飽きた。」


「車の残骸と肉片を片付けてくれ。」


薫子は革袋を投げ渡す。


中には魚人街で流通するダゴン金貨が三十枚入っていた。


「足りるか?」


魚人の代表は深く一礼する。


「十分でございます。」


「ありがとうございます。」


魚人たちはすぐにクレーンや重機を動かし始めた。


薫子は立ち去りながら振り返る。


「作業が終わったら屋敷へ寄れ。」


「猪俣に食事を用意させておく。」


魚人の代表は再び深々と頭を下げた。


「さすがは――」


「我ら銀の黄昏の巫女にございます。」


夜の奥多摩。


翌朝には、この山道から襲撃者たちの痕跡は跡形もなく消えていた。


そして四日後。


何も知らない八木二郎は、この世界へ転生してくることになる。

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