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深淵の符呪師 ヨグソトースの落とし子  作者: ケロン藤野


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第17話 八王子の拠点


奥多摩の屋敷を出発した軽トラックは、山道を抜けて市街地へと入っていく。


約一時間後――。


「着きました。」


林の言葉に二郎は窓の外を見た。


「ここが……八王子。」


高層マンション。


商業施設。


行き交う車と人々。


前世で知っていた八王子とは似ているようで、どこか違う街並みだった。


ダニッジが呟く。


『ここからがお前の生活の場になる。』


軽トラックは一棟の雑居ビルの前で止まった。


二郎は辺りを見回す。


「思ったより便利そうな場所だな。」


「駅にも近く、探索者には便利な立地です。」


林は荷台を開けた。


「さあ、荷物を降ろしましょう。」


二人でダンボールを次々と運び出していく。


符呪台。


簡易ベッド。


小型冷蔵庫。


工具箱。


生活用品。


武器類。


電動三輪自転車。


汗を流しながら荷物を歩道へ並べ終えると、林は軽トラックの鍵を手にした。


「私は駐車場へ車を置いてきます。」


「ここで少し待っていてください。」


十分ほどして林が戻る。


「では運び込みましょう。」


二人は雑居ビルへ入り、エレベーターで二階へ向かった。


林が一枚の鍵を取り出す。


「ここが二郎様の部屋です。」


カチャリ。


扉が開く。


「おお……。」


部屋の中は十畳ほどのダイニング。


八畳の寝室。


バス・トイレは別。


収納も十分にある。


一人暮らしには申し分ない部屋だった。


「いい部屋ですね。」


「薫子様が選ばれました。」


「探索者は荷物が多いので、少し広めにしてあります。」


二人は荷物を運び込み、家具を配置していく。


簡易ベッドを寝室へ。


符呪台はダイニングの壁際。


冷蔵庫を設置し、工具箱や生活用品も整理していく。


すべての荷物を片付け終えると、林は冷えたペットボトルのお茶を一本渡した。


「お疲れ様でした。」


「ありがとうございます。」


冷たいお茶が火照った体に染み渡る。


林はさらに小さな黒い箱を取り出した。


「もう一つ、薫子様からの贈り物があります。」


二郎は箱を開けた。


中には黒い腕輪型の端末が収められていた。


一見すると大型の腕時計のような形をしている。


しかし普通の腕時計とは違い、本体は一回り大きく、外装には傷に強い金属製の装甲が取り付けられていた。


画面も一般的な腕時計より一回り大きく、見やすい長方形のディスプレイになっている。


「これは……。」


「探索者用腕輪型情報端末です。」


林は端末を二郎の左腕へ装着する。


カチリ、と小気味よい音を立てて固定された。


「探索者協会が正式採用している携帯端末です。」


「魔力電池シリンダーで稼働し、ダンジョン探索に必要な機能が搭載されています。」


「探索者証の管理。」


「ダンジョンマップの表示。」


「現在位置の確認。」


「討伐・採取記録。」


「仲間との短距離通信。」


「緊急救難信号の送信。」


「そして魔力電池の残量表示です。」


二郎は画面へ指を触れた。


淡い青い光が浮かび、八王子周辺の地図が表示される。


「すごい……。」


「腕時計みたいだけど、ずっと頑丈そうだ。」


ダニッジも感心したように眺める。


『探索者にとって命綱のような道具だな。』


『忘れてダンジョンへ入るでないぞ。』


「はい。」


二郎は嬉しそうに左腕を見つめた。


続いて林は大きなダンボール箱を差し出した。


「こちらも薫子様からです。」


中には探索に必要な物資が丁寧に詰められていた。


顔を隠すためのフード付きパーカー。


ダンジョン用保存食のエネルギーバー。


応急医薬品。


そして、小さなケースに入った三本の薬剤。


「これは?」


「細胞活性化剤です。」


林が説明する。


「人間だけでなく、魔物や人外にも効果があります。」


「傷口の治癒を早める薬ですが、瞬時に治るわけではありません。」


「傷を塞ぎ、自然治癒を促進する薬です。」


「重傷時の保険として使ってください。」


「分かりました。」


さらに林は封筒を差し出した。


「こちらも薫子様からです。」


中には現金三十万円。


銀行の通帳とキャッシュカードが入っていた。


「口座には七十万円入っています。」


「当面の生活費として使ってください。」


二郎は驚く。


「こんなに……。」


林は笑った。


「安心してください。」


「この建物は八木不動産の所有物です。」


「家賃も光熱費も気にする必要はありません。」


「探索と生活に集中してください。」


二郎は深く頭を下げた。


「ありがとうございます。」


「薫子様には感謝してもしきれません。」


荷物の整理が終わると、二人はダイニングのテーブルに向かい、お茶を飲みながら今後の話を始めた。


林は八王子周辺の地図を机へ広げる。


「東京には現在、大きなダンジョン都市が二つあります。」


「豊島区池袋。」


「そして、ここ八王子市です。」


「どちらも『都市鉱山』と呼ばれています。」


「都市鉱山?」


「はい。」


「ダンジョンから採れる魔石や魔力資源は、日本にとって重要な戦略資源です。」


「それらを利用して作られた符呪武器や魔道具は、来るべき次の降魔戦争に備えて国が製造・備蓄しています。」


二郎は真剣な表情になる。


「また戦争が起こるかもしれないんですね。」


林は静かに頷いた。


「その可能性は十分あります。」


「だから探索者は必要なのです。」


林は地図を指差す。


「八王子には複数のダンジョンがあります。」


「鑓水ダンジョンフィールド。」


「鑓水ショッピングモールダンジョン。」


「サマー遊園地ダンジョン。」


「八王子城跡ダンジョン。」


「それぞれ特徴も難易度も異なります。」


さらに池袋を指した。


「池袋には大型ダンジョン『サンシャインダンジョン』があります。」


「全国から高ランク探索者が集まる場所です。」


「ですが、二郎様が最初に向かう場所はここです。」


林は鑓水ダンジョンフィールドを指差した。


「屋外型フィールドダンジョン。」


「初心者探索者が多く活動する場所です。」


「危険度も比較的低く、実戦経験を積むには最適でしょう。」


二郎は大きく頷いた。


「まずは鑓水ダンジョンフィールドですね。」


「ええ。」


「焦らず、一歩ずつ経験を積んでください。」


時計を見ると、夕方になっていた。


林は立ち上がる。


「私はそろそろ戻ります。」


玄関まで見送りに行く二郎。


「林さん。」


「一年間、本当にありがとうございました。」


林は照れくさそうに笑った。


「礼には及びません。」


「これからは自分の力で歩いていく番です。」


「困ったことがあれば、いつでも奥多摩へ戻ってきなさい。」


二郎は深く頭を下げる。


「薫子様にも、『ありがとうございます』とお伝えください。」


「必ず伝えておきます。」


林は軽く手を振り、エレベーターへ乗り込んだ。


扉が閉まる。


部屋には静かな空気が流れる。


二郎は左腕の探索者端末を見つめ、新しい部屋をゆっくりと見回した。


「ここが俺の家か。」


ダニッジが静かに笑う。


『今日からここが、お前の拠点だ。』


『さあ、探索者・八木二郎。』


『本当の物語の始まりだ。』

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