表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
深淵の符呪師 ヨグソトースの落とし子  作者: ケロン藤野


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/57

第16話 旅立ち


一年に及ぶ基礎訓練を終えた翌日。


朝食を終えた二郎は、猪俣に呼ばれ、薫子の部屋へ向かった。


障子を開けると、白い髪に青い瞳を持つ薫子が静かに座っていた。


「失礼します。」


「入りなさい、二郎。」


二郎は正座し、深く頭を下げる。


薫子は優しく微笑んだ。


「林から聞きました。」


「一年間、本当によく頑張りましたね。」


「ありがとうございます。」


「最初は腕立て伏せ五十回で倒れていた子が、ここまで成長するとは思いませんでした。」


二郎は照れくさそうに笑う。


「林さんが厳しすぎたんです。」


その言葉に、ダニッジが笑う。


『逃げなかったのはお主だ。』


薫子も静かに頷いた。


「努力した者だけが強くなります。」


「その努力を続けたことを、私は誇りに思います。」


薫子は一枚の書類を机へ置いた。


「二郎も生まれて六年になります。」


「そろそろヨグ=ソトース様の導きが、夢となって現れる頃でしょう。」


「その時に備え、自分の力で生きる準備を始めなさい。」


ダニッジも静かに頷く。


『十分あり得る。』


『これからあなたの父上は夢を通じて語り掛けることが多くならでしょう』


薫子は続けた。


「二郎は八王子で暮らしなさい。」


「まずは八王子ダンジョンで探索者として経験を積みなさい。」


「符呪師として技術を磨き、多くを学び、自分だけの道を見つけるのです。」


机の上へ封筒を差し出す。


「探索者登録に必要な書類です。」


さらに銀色の鍵を一つ置いた。


「八王子駅近くに、あなたの住まいを用意しました。」


「家具や生活用品など、最低限の物は揃えてあります。」


「ありがとうございます。」


「そして——」


薫子は細長い木箱を差し出した。


「一年間努力した褒美です。」


二郎はゆっくりと蓋を開ける。


中には一本の術式スクロールが収められていた。


表紙には、


『火炎符呪術式』


と書かれている。


「これは……。」


「火属性付与の符呪術式です。」


「武器へ炎の力を宿すことができます。」


「今のあなたなら十分扱えるでしょう。」


二郎の表情がぱっと明るくなる。


「ありがとうございます!」


薫子は優しく微笑んだ。


「ただし、驕ってはいけません。」


「符呪は人を守るための技術です。」


「決して力を誇示するために使ってはなりません。」


「……はい。」


二郎は真剣な表情で頷いた。



部屋を出ると、二郎は待ち切れずスクロールを広げた。


ダニッジが笑う。


『覚えてしまえ。』


『術式は紙に残すものではない。』


『頭へ刻むものだ。』


二郎はスクロールへ魔力を流す。


羊皮紙に描かれた複雑な術式が赤く輝き始めた。


次の瞬間。


無数の文字が光となって二郎の頭へ吸い込まれていく。


「あっ!」


数秒後。


術式は完全に消え、羊皮紙は真っ白になった。


「消えた!」


『それでよい。』


『術式は記憶へ刻まれた。』


『もう忘れることはない。』


二郎は目を閉じる。


頭の中には鮮明な火炎符呪術式が浮かんでいた。


「すごい……。」


「これで火属性符呪が作れる。」


『また一つ、お前の武器が増えたな。』



その日の午後。


林が軽トラックを車庫から出してきた。


「荷物を積みましょう。」


「お願いします。」


二郎は自室へ戻り、荷造りを始める。


符呪台。


初めて作った火かき棒。


火炎符呪術式を書き留めた研究ノート。


極小型魔力電池シリンダー三本。


簡易ベッド。


小型冷蔵庫。


毛布。


衣類。


作業着。


安全靴。


スニーカー。


投げナイフが5本


スリングショット。


予備の鉄球。


工具箱。


リュック。


ショルダーバッグ。


ベルトポーチ。


一つひとつ確認しながら箱へ詰めていく。


最後に電動三輪自転車を荷台へ積み込み、林が手際よくロープで固定した。


「これで大丈夫です。」


「ありがとうございます。」


二郎は住み慣れた屋敷を見回した。


一年。


短いようで長い時間だった。


何もできなかった自分を、ここまで育ててくれた場所。


猪俣が近づき、小さなお弁当包みを差し出す。


「道中でお召し上がりください。」


「料理長・角田が腕によりをかけて作りました。」


「ありがとうございます。」


岸本は豪快に笑う。


「八王子でも体は鍛えろよ!」


「山は逃げないからな!」


林は敬礼する。


「訓練は終わりました。」


「ですが、鍛錬に終わりはありません。」


「毎日少しずつでも続けてください。」


「はい!」


薫子も屋敷の玄関まで見送りに来ていた。


「二郎。」


「困った時は一人で抱え込まず、いつでも戻ってきなさい。」


「ここはあなたの家です。」


その一言に、二郎は少しだけ目頭が熱くなった。


「……はい。」


深く頭を下げる。


「行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」


八木家の人々が静かに見送る中、軽トラックはゆっくりと屋敷の門をくぐった。


奥多摩の山々が少しずつ遠ざかっていく。


助手席でダニッジが静かに呟く。


『ここからがお前の本当の人生だ。』


『生活費も、自分で稼ぐ。』


『武器も、自分で作る。』


『魔物とも戦う。』


『そして、いつの日か父上の導きを受けることになる。』


二郎は窓の外へ広がる景色を見つめ、小さく頷いた。


「もう迷わない。」


「この世界で生きていく。」


軽トラックは奥多摩を後にし、八王子の街へ向かって走り続ける。


八木二郎、六歳。


探索者としての新たな人生が、いま幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ