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深淵の符呪師 ヨグソトースの落とし子  作者: ケロン藤野


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第15話 符呪訓練Ⅱ

久しぶりの休日。


二郎は木箱を抱え、ダニッジとともに八木家の蔵へ向かった。


蔵の奥には頑丈な木製の作業台が据えられ、その中央には重厚な符呪台が置かれている。


今日の目的は、符呪術の反復練習だった。


机の上には三本の鉄製の火かき棒。


どれも蔵で見つけた古い道具だ。


「今日は全部成功させたいな。」


『欲を出すな。』


『丁寧にやれば結果はついてくる。』


二郎は極小型の魔力電池シリンダーを符呪台へ差し込む。


カチリ、と音が鳴り、淡い青白い光が回路を流れ始めた。


一本目。


慎重に魔力を流し、魔力捕縛の符呪式を刻み込む。


術式は完成したものの、魔力の流れはどこか不安定だった。


『成功ではある。』


『しかし魔力効率は低いな。』


「まだまだか……。」


二本目。


今度は呼吸を整え、焦らず魔力を送り込む。


術式は安定した。


だが、まだ細かな揺らぎが残っている。


『良くなってきた。』


『あと少しだ。』


そして三本目。


二郎は静かに目を閉じる。


魔力の流れを頭の中で思い描き、ゆっくりと符呪台へ流していく。


淡い光が火かき棒全体を包み込み、一文字ずつ魔力捕縛の符呪が刻まれていく。


最後の文字が完成すると、静かに光が消えた。


ダニッジが魔力を探る。


『ほう。』


『三本目でようやくコツを掴んだな。』


二郎も火かき棒を手に取り、嬉しそうに頷いた。


「前より魔力が均等に流れてる。」


『術式も安定しておる。』


『これなら実用に耐える出来だ。』


初めて作った一本目とは比べものにならない完成度だった。


二郎は思わず笑みを浮かべる。


「少しは符呪師らしくなってきたかな。」


『まだ入口だ。』


『だが確実に成長しておる。』


しかし、その時だった。


符呪台の表示を見た二郎が肩を落とす。


「……あ。」


「シリンダーの魔力が全部なくなった。」


極小型魔力電池シリンダー三本。


すべて空になっていた。


「また薫子さんにもらうわけにはいかないよな……。」


ダニッジが笑う。


『だから今日は次の勉強だ。』


『魔力の補充方法を覚える。』



その日の午後。


二郎は訓練場で林へ相談した。


「林さん。」


「魔力電池シリンダーの魔力を補充したいんですが。」


林は少し考えたあと、小さく頷いた。


「ちょうど良い機会です。」


「明日、狩猟部が山へ罠の見回りへ向かいます。」


「同行してください。」


「魔力補充の実習を行います。」



翌朝。


二郎は林と、狩猟部所属の岸本に連れられ、奥多摩の山へ入った。


岸本は無精ひげを生やした屈強な男で、背中には猟銃、腰には山刀を下げている。


「今日は魔物じゃない。」


「鹿と猪の駆除だ。」


「山の管理も八木家の仕事だからな。」


三人は山道を歩き、やがて丈夫なワイヤー罠の前へたどり着く。


そこには大きな猪が掛かっていた。


暴れながら必死に逃れようとしている。


二郎は思わず息を呑む。


「生きてる……。」


林は静かに火かき棒を指差した。


「今日覚えるのは、魔力捕縛の基本です。」


「まず、魔力捕縛の符呪武器で対象を倒します。」


「対象の生命活動が停止した瞬間、体内の魔力が符呪へ吸収されます。」


「吸収された魔力は武器へ一時的に蓄積され、その後、魔力電池シリンダーへ移し替えます。」


二郎は頷く。


「つまり……武器が一度、魔力のタンクになるんですね。」


「その通りです。」


林は満足そうに微笑んだ。


「理解が早いですね。」


そして表情を引き締める。


「ただし、現在流通している魔力捕縛の符呪には法律で安全装置が組み込まれています。」


「人間に対して使用しても、魔力は一切吸収されません。」


「吸収できるのは、モンスターや野生動物など、法律で認められた対象だけです。」


「もし人間から魔力を吸収できるよう違法改造した場合、極めて重い犯罪になります。」


二郎は思わず表情を引き締めた。


「そんな仕組みまであるんですね。」


ダニッジも感心したように頷く。


『人間同士で魔力を奪い合うようになれば、世も末だからな。』


『よく考えられた法律だ。』


林は火かき棒を二郎へ差し出した。


「では実際にやってみましょう。」


二郎は猪の前へ立つ。


静かに目を閉じ、小さく呟いた。


「……ありがとう。」


火かき棒を振り下ろす。


猪は静かに息を引き取った。


その瞬間。


火かき棒へ刻まれた魔力捕縛の符呪が、淡い青白い光を放つ。


「光った!」


『成功だ。』


『魔力を捕縛したぞ。』



屋敷へ戻ると、再び蔵の符呪台へ向かう。


火かき棒を専用端子へ接続し、空になった極小型魔力電池シリンダーを差し込む。


魔力をゆっくりと流していく。


青白い光が火かき棒からシリンダーへと移り、数分後、符呪台に文字が浮かび上がった。


《充填完了》


「できた!」


「一本満タンになった!」


二郎は思わず笑顔になる。


ダニッジも満足そうに頷いた。


『初めてにしては上出来だ。』


『まだ吸収効率も充填速度も低い。』


『だが、使い込めば符呪も、お前自身も成長していく。』


林も腕を組みながら微笑む。


「符呪師は作るだけではありません。」


「使い、補充し、改良し、育てることも仕事です。」


二郎は満タンになった魔力電池シリンダーを大切に握りしめ、隣に置かれた一本目の火かき棒へ目を向けた。


初めて自分の手で作り上げた、拙い符呪武器。


林はその視線に気付き、静かに言う。


「性能は決して高くありません。」


「ですが、符呪師にとって最初の作品は特別なものです。」


ダニッジも穏やかに笑う。


『大切にしておけ。』


『いつかお前が一流の符呪師になった時、その一本がお前の原点になる。』


二郎は火かき棒をそっと握り直し、小さく微笑んだ。


「これが、俺の最初の符呪武器か。」


「……これからよろしくな、相棒。」


こうして八木二郎は、符呪を作る技術だけでなく、運用し、育てる技術も身につけ始めた。


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