第12話 武器の適正
近接戦闘訓練が始まって三か月。
毎朝六時から始まる地獄の訓練にも、二郎の体はすっかり慣れていた。
木刀を振り終えると、二郎はゆっくりと息を整え、その場へ腰を下ろす。
額から汗が滴り落ちる。
肩で息はしているものの、基礎体力訓練を始めた頃のように、そのまま倒れ込むことはもうない。
身長は百三十センチから百四十センチまで伸びた。
細かった腕や脚にはしっかりと筋肉がつき、肩幅も広がっている。
少年らしさは残しながらも、戦士としての土台が少しずつ出来上がってきていた。
林は木刀を片付けながら満足そうに頷く。
「ずいぶん成長されました、二郎様。」
「ありがとうございます。」
「毎日地獄でしたけど……。」
ダニッジが尻尾の口を開けて笑う。
『がっはっはっ!』
『まだ序の口じゃ。』
「それ、毎回言ってるよな……。」
林は武器棚へ向かうと、さまざまな武器を机の上へ並べ始めた。
木剣。
木刀。
木槍。
戦斧。
片手斧。
警棒ほどの長さの棍棒。
訓練用ナイフ。
二郎は首を傾げる。
「今日は武器の訓練ですか?」
「いいえ。」
林は静かに首を振った。
「今日は二郎様の武器適性を確認します。」
「どの武器が最も能力を引き出せるのか。」
「それを見極めます。」
「なるほど。」
まず渡されたのは木剣だった。
二郎は構え、何度か振る。
「振れますけど……。」
「何だかしっくりきません。」
「力が逃げる感じがします。」
林は何も言わず頷く。
続いて木刀。
こちらは木剣より扱いやすい。
しかし、どこかぎこちない。
攻撃の切り返しも遅く、動きに迷いがあった。
次は木槍。
間合いを取ろうとするが、その瞬間。
スッ――
林が一歩踏み込む。
あっという間に懐へ入り込まれた。
「しまっ――!」
気付いた時には木槍を押さえられていた。
「長柄武器は間合いの維持が重要です。」
「しかし二郎様は相手を近付けてしまいます。」
「現時点では適性は低いでしょう。」
「難しいですね……。」
戦斧も試した。
巨大な刃を振り上げる。
しかし重い。
振り下ろした勢いに体まで持っていかれる。
「うわっ!」
危うく転びそうになる。
ダニッジが大笑いした。
『大木でも切るつもりか?』
「笑うな!」
続いて長い棍棒。
これも悪くはない。
しかし動きが少し鈍い。
林は最後に一本の武器を差し出した。
「これを。」
片手斧だった。
長さは六十センチほど。
二郎が握る。
「……あれ?」
自然と体が動いた。
斬る。
払う。
引っ掛ける。
柄尻で打つ。
返す。
振り下ろす。
一連の動作が、驚くほど滑らかだった。
「すごい……。」
「体が勝手に動く。」
林も感心したように頷く。
「予想以上です。」
続いて小型棍棒。
こちらも軽快に扱えた。
最後は訓練用ナイフ。
握った瞬間、自然と構えが決まる。
素早く踏み込み、切り返し、離脱する。
体の動きに無駄がない。
林は腕を組みながら告げた。
「適性が出ました。」
「二郎様は長柄武器より、小回りの利く武器との相性が非常に良いようです。」
「主武装は片手斧。」
「副武装は小型棍棒。」
「そしてナイフ。」
「この組み合わせが最も能力を引き出せるでしょう。」
ダニッジも満足そうに頷く。
『うむ。』
『体格を考えても妥当じゃ。』
『無理に大きな武器を振り回す必要はない。』
『お前は素早く動き、急所を狙う戦い方が向いておる。』
二郎は片手斧を見つめながら笑った。
「これなら戦えそうな気がします。」
林は続ける。
「格闘技術もかなり向上しています。」
「ですが、実戦経験はまだありません。」
「現在の実力なら、低ランク探索者二人を相手にして勝てる程度でしょう。」
二郎は苦笑した。
「まだそのくらいなんですね。」
「十分です。」
林は真剣な表情で答える。
「経験のない人間なら、一人相手でも命を落とします。」
「焦る必要はありません。」
「基礎を積み重ねることが重要です。」
そして木刀を肩へ担ぐ。
「ところで二郎様。」
「実際の探索では素手で戦うことはほとんどありません。」
「武器がありますから。」
「ですが都市部では事情が違います。」
「正当防衛であっても、市街地で斧やナイフを振るえば重大事件になります。」
「警察や八王子軍警が介入する場面では、可能な限り相手を生かして制圧する必要があります。」
二郎も納得して頷いた。
「確かに街中で斧を振り回したら、俺が逮捕されますね。」
「その通りです。」
林は静かに続ける。
「探索者も社会の一員です。」
「ダンジョンでは武器。」
「市街地では格闘。」
「この二つを使い分けられる者ほど、生き残ります。」
ダニッジが笑う。
『つまりじゃ。』
『また新しい地獄の始まりというわけだ。』
林は真顔のまま告げた。
「今後は格闘訓練をさらに強化します。」
「組み技。」
「拘束術。」
「制圧術。」
「複数人への対処。」
「武器を奪われた場合の対応。」
「そして護身術。」
「探索者だけではなく、人として生き残るための技術を学んでいただきます。」
二郎は空を見上げ、大きくため息をついた。
「また筋肉痛の日々か……。」
ダニッジは愉快そうに笑う。
『安心しろ。』
『明日は今日より痛いぞ。』
「全然安心できない!」
そのやり取りを聞いた林は、初めて小さく笑みを浮かべた。
「では午後からは実践です。」
「え?」
「片手斧で私に一撃でも当てられたら、本日は終了にしましょう。」
二郎の表情が一瞬だけ明るくなる。
「本当ですか!」
「はい。」
「ただし――」
林は訓練用の片手斧を軽く構えた。
「私は本気で避けます。」
「…………。」
二郎は乾いた笑みを浮かべる。
「やっぱり今日も地獄ですね。」
ダニッジは尻尾を揺らして笑い続けていた。
こうして八木二郎は、自分に最も適した武器を知り、探索者としての戦い方を少しずつ形にしていくのだった。




