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セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第一章

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8/13

1-7: 何を着るかが、その人間の内側の外殻を表すことがある。

「さぁ、返してもらいますよ。返してくれたら、話はすぐ終わりですから」

 いかにも魔法使いの出で立ちといったローブを着た、大きくて装飾の強い杖を持った少女はそう言った。

 その言葉が自分に向けられたものだと思い、僕は何を言われているのかを考えた。


 返す?


 返すというのは、僕が持っている、本来は所有権が相手にある何かを、相手に渡す、ということだ。

 だがその『何か』に、まったく心当たりがない。

「か、返すって、何を?」

 僕の言葉に、少女は明らかに不機嫌になった。

「しらばっくれないでください。さっき、あの女から、何かを受け取ったのでしょう?」

「あの女? 受け取った? 待ってくれ、本当に何も分からない、何の話をしているんだ?」

 本当に何も分からない。

 意味の分からないことが、短時間に起こりすぎだ。

「『輝くトラペゾヘドロン』ですよ! ほら、早く! わたしがターラたちにどれだけ怒られたと思ってるんですか!」

「そのトラペなんとかってのも知らないし、きみが誰に怒られたとかも知らない、本当に分からないんだ」

 何か確信があったらしい少女には、僕が必死にしらを切っているように見えていたのだろう。しかし本当に知らないのだ。その必死さは、どうやら少女の確信に疑問を持たせたようだった。

「……え? 本当に何も知らない? さっきの女から何も受け取っていない?」

「そう、本当に何も知らない! さっきの人も、会ったばかりだし、会話だってほとんどしてないんだ」

「えっ、あー、本当に? えぇ? じゃあ、ほんとのほんとに、ただ巻き込まれただけの人ですか、あなた?」


 話の行き先に光明を感じた。


「そう、本当に巻き込まれただけなんだ! 何に巻き込まれてるかも分かってないくらいで!」

「あぁ、そうだったんですか……。何と言うか、それは大変ですね、ご愁傷様です。すみません、あらぬ疑いを掛けてしまって」

「いや、分かってくれたなら良いんだ、きみが話が通じる相手で良かったよ」

「いえ本当にすみません」

「いやいや」

「本当の本当に」

「良いんだよ」

「それで、すみませんついでに殺しますね」


 光明は鎖された。


「ん?」

「顔見られちゃいましたし、殺す理由はありませんけど、生かしておく理由も別にないですし……」

「待ってくれ、ここはセレファイスだぞ? 殺すなんて真似──」

「あー、そう、そうでしたね。でもまぁ、どうにかなるでしょ」

 そう言って、少女は杖を僕に向けて構えた。

「別に生かさず殺さずって方法も、ありますし」


 シーハンの言葉を、ふと思い出した。


 状況は確定的だった。

 もう、無事にこの裏路地を抜けることはできないだろう。

 逃げることが難しいと思った僕は、本能的に戦うことを選んでいた。

 もちろん、勝算があったわけじゃない。

 ただ、逃げられないと分かったから、戦う態勢になった、それだけだ。

 しかしその僕の姿を見て、少女の方も臨戦態勢を強めた。

 そして、まるでそうすることが礼儀のように、言った。

「星の智慧派、第一の(かど)、シンシンと申します。以後、お見知りおきを──死ぬまでの、刹那でも」

 少女がそう名乗った直後、こちらに向けられた杖の先に光が集約した。

 変な光だった。

 明るいのに、眩しくない。

 光が発散していないのだ。

 光が、ただ明るさを、強さを増していった。


「死んだか」


 と、誰に言うでもなく呟いた。

 それは疑問でも、質問でもなく、およそ諦観だった。

 死んだな、という諦めだった。

 セレファイスでは死なない。

 そのはずだ。

 だが、僕はその瞬間、死を覚悟した。

 そもそも誰だって、訪れるその瞬間まで、死なんて存在しないも同然なんだ──。


「死なないよ」


 と、誰かが言った。

 鈴の音のような声だった。

 次の瞬間、魔法使いの杖から、エネルギーが収斂した光が発射された。

 光が、光であるように、光速で、僕を貫こうとした。

 が、その光が、僕の目の前で何かに吸い込まれた。

 闇が光を飲み込むように、光の束は消えた。

 何が起きた?

「なっ!」

 事態は、シンシンと名乗った魔法使いにも予想外だったらしい。

 周囲を見る余裕をようやく得た僕は、さっき聞こえた声の主を探した。

 僕の隣に、さっきの銀髪の少女が立っていた。

「形勢逆転、二対一」

 勝ち誇った顔で言いながら、銀髪の少女はキャスケット帽を被り直した。

「あ、あなた! 探しましたよ!」

 シンシンが少女を見て、大きな声で叫んだ。どうやらシンシンとこの少女には、何か因縁があるらしい。そしてその因縁の原因になっているのが、多分、さっき言ってた、輝く──

「さあ、『輝くトラペゾヘドロン』を返してください!」

 ──そう、それだ。

 よく分からないが、この銀髪の少女がそのトラペゾヘドロ? みたいなのを返せば、それで終わりのはずなのだ。あるいは、少なくとも少女がそれを持っているなら、僕は無関係であることが証明できるのだ。

 その期待を胸に、僕は銀髪の少女の反応を窺った。

 シンシンも、次に少女が何を言うか、固唾を飲んで見守っていた。

 そして、少女は言った。


「……何、それ?」


 ん?

 そんなことある?

「ちょっと、そっちの男の人は知りませんけど、あなたがそれを言うのは違うでしょう!」

「ごめんよ、本当に分からない。ボクと関係があるの、その輝く何とかって」

「あなたが! 私から盗んだんでしょ!」

「……そうなの?」

 と、少女は僕を見て訊いた。

「いや知らないよ! 僕に訊かないでくれ!」

 どういう状況なんだこれは?

 頼むから誰か、一貫性のある説明をしてくれ。

「……はぁ、分かりました。仕方ないですね」

 シンシンが、本当に面倒くさそうに、分かりやすく溜息交じりに言った。

 そして多分、これは良くない。

「しらばっくれるなら、あなたたちを殺して、自分で探します」

「たちって言ったか、今! 僕は無関係だぞ!」

「私の顔を見ましたよね」

「見られたくないなら仮面でも被ってろ!」

「良いですねそれ。今度からそうしようかな」

 そう言って、シンシンは杖をまたこちらに向けた。

 さっきと同じ一撃が来る。

 その予感がした。

「良いのかな、そんなに魔法を使っても。兵隊さんが来ちゃうかもしれないのに」

「一撃で仕留めれば良いだけのことですよ」

「それは確かに」

「確かにって!」

 静かに納得した様子の銀髪の少女に、僕は思わず声をあげた。

「一撃で仕留められれば、ですけどね」

 そう言って銀髪の少女は、外套の下から何かを取り出した。

 それは、折り畳まれた紙片だった。

「これ、なーんだ? ヒントは、さっきあなたの魔法を防いだものと同じです」

 少女に言われて、シンシンと僕は、僕らの間に落ちている紙片に目をやった。

 どうやらさっきは、その紙片に光が吸い込まれて、僕は助かったらしい。

 それがどういうものか、僕には分からなかったけれど、シンシンには心当たりがあるみたいだった。

「まさか『ネクロノミコン』の断章──!」

「魔法使いさん、今日のところはお互い帰ろうよ。誤解もあるみたいだし」

「誤解なんて──!」

 と、何かを言いかけたシンシンだったが、しかし杖を構えるのはやめ、そしてまた大きく溜息をついた。

「──今日は帰りますけど! これは負けたんじゃなくて、相性が! 相性が悪いだけなので!」

「でも、ボク本当に心当たりがないんだけどな」

「まだ言いますか! 次に会ったら、容赦しませんから!」

 そう言ったシンシンの躰が強く光ったかと思うと、次の瞬間には、また裏路地は暗くなっていた。もう、魔法使いの少女の姿はなかった。

「危ないところだったね。ボク、命の恩人じゃない?」

 と、銀髪の少女が言った。

 急に気が抜けて、気が遠くなっていくのを感じた。

 あ、まずい。これは意識を失ってしまう。

「ちょっとちょっと、こんなところで寝ないでよ。せめてどこに運んだら良いかくらい──」

 そうは言われても、疲れた。

 途切れそうになる意識の中で、僕は何とか自分が暮らしているアパートと、その部屋を口にした。

 銀髪の、キャスケット帽を被った少女が、『分かった』と言って、パイプを取り出して咥えたような気がした。

 そうだ、そういう格好をする職業、何だったか思い出せなかったけれど、ふと思い出した。


『探偵』じゃないか。

【輝くトラペゾヘドロン】

???


【ネクロノミコン】

???

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