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セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第一章

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6/13

1-5: 人は、足が向いている方向に進む。目が向いている方向ではなく。

 酒場を出て大通りに出たときには、既に日が暮れ始めていた。酒場を出て、と言ったけれど、実際には追い出されたというのが正しい。どうやら夜になると客が増えるらしいので、僕のような新参者がいて良い席はないということだ。そんなことで客は増えるのか、と思う。


 ……まぁ、減らないのか、そもそも。


 セレファイスでは人は死なない。だから、店を続ける限り、店自体が気に入られているなら客の数は減らない。それに、いくら『死んだ方がマシ』という状況が有り得るにせよ、進んで死にたいと思うようなことはないのではないか、と思う。

 仮に自殺が頭をよぎるとき、それは『死にたい』というよりも、『生きていたくない』の方が正確ではないだろうか。死ぬスイッチがオンになるというよりも、生きるスイッチがオフになるような。なぜか、そういう感覚を自分は知っているような気がした。


 ひょっとすると、僕は──


 ──と、気分が滅入りそうなことを考えそうになったので、無理矢理に思考の舵を切った。今日はもう、そのまま帰って良いはずだけれど、どうせ僕の部屋はワイルドさんの事務所の近くにある。多分まだ事務所にいるはずのワイルドさんに仕事の報告をしてから帰ろうかな。


「ん? 仕事?」


 思わず立ち止まって独り言が漏れた。ポケットに手を入れると、そこには朝事務所で受け取ってから一度も開かれていない紙片がそのまま入っていた。

 仕事のことを、すっかり忘れていた。

「あー、どうするかなこれ」

 その場で紙片を開いて中を確認してみると、そこにはこうあった。


『アーノルドという人物は、面倒見が良く、身内を裏切るような人間ではないと言うこと』


 アーノルドという名前には覚えがあった。確か、僕がこっちに来て間もないとき、ワイルドさんに頼まれてセレファイスを案内してくれた人だ。その意味で、確かに面倒見の良い人だった。

「名誉修理人……ね」

 これは想像だけれど、多分このアーノルドという人は、名誉を毀損されてしまったのではないか。あるいは自ら、名誉を汚すようなことをしてしまったのかもしれない。それで名誉に傷がついてしまったから、それを直す必要に迫られたのだ。そこで僕は、このアーノルドという人の名誉を回復するため、彼が良い人であることをさりげなく証言する役割を担っていたというわけだ。

 しかもその上、アーノルドが僕に親切にしてくれたことは既成事実だ。つまりワイルドさんは、僕を案内するアーノルドという人物をセレファイス中にアピールした上で、さらに僕に、町外れの酒場でその証言をさせようとしたということになる。

 確かに、それだけすれば、汚名はある程度(そそ)がれるかもしれない。


 でも、じゃあ──


「じゃあ、戻った方が良いかな……」

 悪い噂は広まるのが速い。だから、名誉を回復するならすぐに手を打つ必要があるだろう。

 月の昇り具合や風の冷たさ、大通りの出店の少なさや窓についている灯りといったところから時間を想像するに、多分、七時か八時といったところだろう。酒場が何時まで賑わっているかは分からないが、戻るに越したことはない。そう判断して、僕は歩いてきた道を戻ろうと決めた。

「いや、でも今から戻るとすると……」

 そう、結構遅くなってしまう。例えば酒場に着いて、まだ酒盛りが続いていたとしても、それがあまりに遅い時間だったら、全員が酩酊して話なんて聞いてくれない状態だったりしないだろうか。

 一刻も早く戻る必要がある。馬車でも使った方が良いだろうか──


 ──と、そう思ったとき、ふと視界の隅に入ったものがあった。

 それは、裏道だった。

 建物と建物の間に、人知れずそっとある、細い道だ。

 もちろん、人間が通れるくらいの幅はある。だから道と言える。

 しかし、窓や露店で明るくなっている表通りとは異なり、その裏道は真っ暗だった。

 まるで、闇にそのまま続いているような。

 でも、方角的に考えれば、ここを突っ切れば酒場までかなり早く戻れるはずだった。

「……まぁ、仕方ないか」

 そう、仕方がなかった。

 今日中に仕事を片付けるために、僕はその闇の中に足を踏み入れた。

「知らない道を知っておくのは良いことだろうし、気分転換にもなる」

 誰に言うでもなくそうして言い訳染みたことを言ったのは、ひょっとすると既にそのとき、何か、やってはいけないことをやっていると、そう感じていたからかもしれなかった。


 本当に同じ町の中なのかと思うほど、その裏道は空気が違った。


 湿っていて、ひんやりと冷たい。歩いているだけで服や髪が濡れるみたいだった。

 隘路(あいろ)を挟む建物が高いからだろうか、見上げても空は小さい。月を探すが、どうやら雲に隠れているようだ。

 そんな狭くて暗い細道に、自分の靴音がよく響いた。

 それなのに、ほんの少し戻れば出られるはずの大通りの喧噪がまったく聞こえない。

 裏道に立ち入って十歩も歩く頃には、既にそこに足を踏み入れたことを後悔していた。

 すぐに出た方が良い、そんな気がした。

 ワイルドさんには、謝ろうか。

 いやでも、こっちに来て身寄りのない僕は、できれば仕事を失いたくないし、寝床も失いたくない。やっぱり可能なら、仕事をしておくべきだろう。

 ふと、ある可能性に思い至る。

「……莫迦だな、自分は」

 そう呟いてしまうほど、当たり前のことの見落としだった。

 方角的に酒場に抜けられるはずだと言っても、実際に道が繋がっているとは限らないじゃないか。行くだけ行って、袋小路という可能性もある。

「……まぁ、行けるところまで行くか」

 歩きながら独り言を言って、それを自分の耳で聞いて、そうすることにした。行けるところまで行ってみよう。例えば思ったよりも道が入り組んでいるとか、行き止まりに行き当たったりしたら、そこからすぐに引き返そう。そのときはワイルドさんに、誠心誠意、謝るしかない。


 そのとき、何か物音が聞こえた。


 来た方からじゃない。

 僕の足が向いている、つまり僕が向かっている方向──細道の奥から聞こえた。

「……誰かいるのか?」

 闇に向けて訊ねたわけではなかった。自分の疑問がただ口から漏れただけだった。

 言葉を頭の中に留めておくのが難しかった。

 その裏道が狭かったから、酸素が足りていなかったのかもしれない。

 あるいは空気が湿っていたから、息苦しかったのかもしれない。

 多分そういう理由で、上手く頭が回らなかった。

 まるで、頭の中が狭くなっていて、思考が行き場を失っているかのよう。

 だから、物音がした方へと、暗い道を何となく歩き続けているとき、多分僕は、ほとんど何も考えていなかったと思う。

 そんな人間を表す、ぴったりの言葉がある。


『暗愚』だ。

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