1-4: 数字のゼロと、数字が書かれていないことは、同じではない。
「何だよ兵隊さん。何も悪いことはしちゃいないよ」
入口から入ってきたひとりの兵士の物々しい様子とは対照的に、シーハンは飄々と言った。他の客は珍しい闖入者に驚いているようだが、酔っ払った客はいまいち状況が分かっていないようにも見える。
「別にお前たちをどうにかしようって話じゃないさ」
と、入ってきた兵士は兜に響く声で言った。
どうにかしようという話ではない、そうは言ったものの、槍を持ったまま来店しているのだ、客というわけではないだろう。
「じゃあ何だ? ここは王室護衛の一般兵様が客として来るようなところじゃないと思うが」
「聞き込みさ」
「聞き込みだって?」
「怪しい奴を見なかったか?」
「意味のない質問だな。見渡してみろよ、ここにいるのは素性も知れない怪しい奴ばかりだぜ。──そこのジジイなんて特にな」
そう言ったシーハンの目線の先には、先ほど『放蕩虫』と呼ばれた老人がいた。話の内容が分かっているのか分かっていないのか、老人はまた諂うような笑みを浮かべた。
「お前が意味を見出せないだけだ、場末の店主。お前から見て怪しい人間を見なかったかと、そう訊いている」
「じゃあそう訊けよ」
そう言ったシーハンは舌打ちをして少し気分が悪そうだったが、兵士の方は兜のせいで表情が分からない。シーハンは少し考えてから応えた。
「いや、やっぱりないな」
「そうか。邪魔したな」
「おい待てよ。何があったのかくらい言っていくのが筋だろうが」
「何のために?」
「テメェで意味を見出すんだろうが」
それから沈黙があった。しかし兵士の方から話し始める様子がなかったので、シーハンがまた先に口を開いた。
「そりゃ、色々あるさ。危ないことになってるってんならこっちも用心しなきゃならねぇ。例えば情報提供したら金がもらえるなら、積極的に協力しようって奴もここにはいるしな。──だが」
と、シーハンはそこで一呼吸した。
「兵士様のせいで皆の酔いが醒めちまったからな。飲み直さなきゃいけねぇ。その飲み代の代わりと、酒の肴だ」
このシーハンの言葉に、酒場にいた客の誰かが「よっ、流石!」と囃し立てた。それに続いて他の客も盛り上がったが、兵士はそれを槍を持たない片手で静止した。
静止されてまたも沈黙が訪れ、その間隙に、兵士が一言だけ言った。
「『星の智慧派』の活動が活発になっている」
星の智慧派?
こっちに来たばかりの僕には、まだピンと来ない言葉だ。
しかしシーハンや他の客たちはその言葉を聞いて顔が引き攣っていた。
「そいつは穏やかじゃないな」
「まだ実害があるわけじゃない。ただ、あちこちで《印》が見つかっている。奴らのトレードマークがな」
「だが、何のために?」
「知らん。ただ、活発に活動しているということだけが明らかだ。だからもし、怪しい人物がいたら兵士に知らせろ。決して勝手に取り押さえようとするなよ」
「するわけねぇだろ」
「肴になりそうか?」
「知らん。それは客が決める」
シーハンの素っ気ない言葉に、兵士は踵を返して店から出ていった。
しばらく、誰も何も言わなかった。酒の肴にはなりそうもない。
けれど、僕にとっては新しい情報、しかも知っておくべき情報であるように思われた。だから、次に沈黙を破ったのは僕だった。
「その、星の智慧派って何なんです? それに《印》って?」
僕の質問に、シーハンは少し考えてから、言葉を選んだのか選んでないのか、こう言った。
「……まぁ、イカれた魔術師集団みたいなもんさ」
「《印》というのは?」
「五芒星って分かるか?」
「知ってます。あの、一筆書きの星みたいな」
「そう。その中心に、目を入れたようなマーク、それが奴らの《印》なんだ。それにどういう意味があるのかは分からないが、奴らはそれを大層意味があるものだと思っているって話だ」
「その、星の智慧派っていうのはどういう集団なんです?」
「誰も知らん。何を目的に活動しているのかも。ただ、その構成員は五人で、それぞれが一級の魔術師だって話だ」
「その、星の智慧派っていうのが、何か分からないけど活発に活動していると」
「得体の知れない連中さ。お前も、それっぽい奴を見かけても関わろうとしないこったな」
「でも、何をしようとしているかは分からないけど、セレファイスでは死なないんですよね? それなら、まぁ、最悪は避けられるっていうか──」
僕がそう言った直後、シーハンは、まるで子どもの莫迦な発言を耳にして呆れたような顔をした。それから、溜息を吐くようにこう言った。
「別に殺したいなら、セレファイスの外に連れ出せばいいだけの話だろうが」
「……確かに」
「それに、お前は今死ぬことを最悪だって言ったが、そこも見当違いだ」
「──と言うと?」
「死んだ方がマシって目も、世の中にはあるだろうがよ」
【星の智慧派】
???




