5-8:「はい」と「いいえ」のどちらも同じ意味であるような質問がある。対処法は、答えないか、質問の前提を変えることにある。
ワイルドの首なし死体から、あのときの死体が持っていなかったはずのものを回収する。まずは半分になったもう片方の輝くトラペゾヘドロンだ。
「──どうするの、それ」
と、レーヴが訊ねた。
「どうするって言われてもな──。とりあえず、僕が持っているのと合わせて魔女に返すしかないんじゃないかな」
「大丈夫かな、返しても」
「大丈夫だろう。あの邪神がどういう存在なのかは、彼女たちの方が知っているだろうし」
それから続いて、死体の服から銀の鍵を取り出した。
すると、裏路地の闇の一辺が広がるような気がした。
その先はただの壁のはずだが、今ならそこに入ることができると思った。
「──面白くはない結末だ」
と、ニャルラトホテプの声が聞こえた。
僕だけに聞こえたのか、レーヴにも聞こえていたのかは分からない。
「多少の退屈しのぎにはなったがね」
こちらからの声が聞こえるかどうかは分からないまま、僕は独り言のように言う。
「結末をどこに置くか次第だろ。物語を引き延ばせば、いずれ死ぬだけだから。あんたには、その結末を置く権限さえないみたいだが」
「なるほど、では、それは誰にあると思う?」
「誰にもない。それが運命というものの性質なんだろう」
「正解であり、同時に不正解だ。答えは、夢を見ている者が決めるのだよ」
「それは、誰?」
「盲目白痴なる神──私の主だよ」
「その人によろしく」
そう言って僕は、レーヴと闇の中に入った。
背後に誰かの気配がした。
多分、顕現したこの時間のレーヴ・レヴェリが死体を見つけたのだと思う。
・・・
銀の鍵が繋げた時間の穴だったのか、それともニャルラトホテプがこじ開けた時空の残滓だったのかは分からないが、闇を抜けた先は、宮殿の王室だった。
僕らの足元には割れた魔法の窓が落ちている。だが、クラネス王の姿がない。
王座に、羊皮紙に書かれたメモが残されていたのを見つける。僕はそれを手に取り、内容を読んだ。
「なんて書いてあるの?」
レーヴの疑問に、僕は短く答えた。
「──故郷に帰る方法を探すってさ。もう、セレファイスにはいないみたいだ」
「つまり、銀の鍵はボクらが自由にして良いってこと?」
「そういうことじゃないかな。どうする?」
「ない方が良いよ、いくらでもやり直せる道具なんて」
僕も同感だった。
銀の鍵をレーヴの方に放ると、彼女は何も言わずともそれを空中で燃やした。
銀の鍵は一瞬で燃え、跡形もなくなった。
「跡形もなくってことならとりあえず燃やすかと思ったけど、本当に燃えちゃったね」
「分からないで試してたのかよ」
「銀の鍵って言うけど、本当に銀かも分からないし。とりあえず千度くらいで燃やしたけど、何も残らないとは」
「まぁ、良いけどさ」
「でも、これでようやくおしまいだね」
「あぁ。多分、そこそこ良い結果に落ち着いたんじゃないかと思う。──理想的かどうかは、分からないけれど」
「でも、危なかったよ。もしもワイルドに負けてたら、本当に全部終わるところだった」
「そうだな。過去が変わって、僕らが存在できなくなるところだった」
「それどころじゃないよ、矛盾が生じるところだった」
「え?」
まだよく分かっていない僕に、レーヴが探偵らしい仕草で言う。
「そもそも、銀の鍵を持って過去に行くと、銀の鍵が同じ時間にふたつ存在することになるだろ。すると、過去の銀の鍵を持つクラネス王は、その銀の鍵を使って遡ってやり直そうとする。でもそれを、ワイルドはまたやり直そうとする。すると、いたちごっこになるんだよ。結局、どちらかが諦めるまで出発点になる過去が確定しない。そしてどちらもきっと、諦めない。やがて始まりがなくなり、すべてが始まらなくなる」
そうか。僕が一瞬感じた矛盾はそこだったのだ。
銀の鍵というものがふたつ存在し得ることが、そもそも矛盾の始まりになる。
これまでは、銀の鍵を持ち、それを使っていたのがクラネス王だけだったから、矛盾が起こらないように立ち回ることができていた。それが今後は、そうはならなくなっていくところだった。
同じ世界に別々の理想で確定しようとする所有者がふたり存在することは、大きな矛盾の種になるのだ。
そして、それは、つまり。
「──つまり、僕たちが勝てば過去改変によって僕らは消滅し、ワイルドが勝てば許容されない矛盾によって世界そのものが終わっていたってことじゃないか。それって──」
「──どっちに転んでも、それぞれの目線で破滅だよ。邪神は、やっぱりボクらの味方なんかじゃなかったんだ」
ニャルラトホテプ。
油断できない邪神だ。
人間の味方をするように見せて、甘言と助言で力になるようにして、実際には破滅へと導く。
這い寄る混沌──とでも呼ぶべき存在だろう。
しかしもう、セレファイスはやり直しによる理想から解き放たれた。
もう、クラネス王の想像の内側だけで理想的であるだけの都ではない。
これからは、ここに生きる僕たちが未来を作っていくことになる。
失敗もするだろう。
これから先のことなど、何ひとつ分からない。
それでも、それをよしとして何とかするしかない。
生きていくとは、そういうことなのではないかと思った。




