5-7: 人生に意味を見出す前に問うべきは、「人生に意味がなければいけないと思い込んでいるのはなぜか」ではないか。
勝った、と思った。
あとはレーヴが魔術でワイルド・ワイアードを燃やすだけだ。何ならネクロノミコンごと燃やしたって良い。
ワイルド・ワイアードが脅威であるのは、輝くトラペゾヘドロンとネクロノミコンを持っているからに過ぎない。本人はただの人間だ。それに、派手な召喚ができるわけでもなく、ニャルラトホテプもこれ以上の干渉をする様子がない。
僕は、確実にワイルドを殺すために、ムングの印を手で作り、それを彼に向けた。
それは、決別でもあり、ワイルドさんに対する最後の手向けでもあり、また救済のつもりでもあった。
「死よ、来たれ!」
印を受けたワイルドの顔に、奇妙な模様が浮かんだ。
「何をした? 何だその手印は」
「死の印ですよ。あなたは死ぬのです」
「何故だ、なぜこんなことが──」
これで、ワイルド・ワイアードを焼き殺すことができる。
「レーヴ! とどめだ!」
「当然!」
そうしたら、銀の鍵を使って元の時間に戻って、誰かの手に渡る前の銀の鍵を破壊すれば──
?
何か、見落としがあるような気がした。
このままでは、何か大きな問題を残しているような。
あと少しで、レーヴ・レヴェリがこの場所に顕現する。
そして、そのレーヴ・レヴェリは死体を発見する。
死体を?
誰の?
どこの?
「待て、レーヴ!」
まさに炎を操ってワイルドを呑み込もうとしていたレーヴを、ぎりぎりのところで静止した。レーヴは驚いた顔をして、炎を消して僕を見た。
「どうしたんだよ。早く決着をつけて、ここを離れないと──」
「死体がない!」
僕は端的にそう言った。
そうだ、死体がないのだ。
シュテルンの半身だった首なし死体は、レーヴが吸収してしまった。
もしもこのままこの時間に最初のレーヴ・レヴェリが顕現してしまったら、彼女が死体を発見できない。
つまり、タイムパラドックスが起こってしまい、未来が変わり、僕らが存在し得なくなる。
多分そのことに、ワイルドも気付いた。
「どうやら──邪神はここまでを想定していたようだね」
と、ワイルドが言い、それと同時に新たなショゴスを召喚した。
それはもはや、炎の魔術師としての力を取り戻したレーヴにとっては足止め程度にしかならなかったが、それでも充分だった。
「ここまでこじれては、もうどうにもなるまいよ。私は、矛盾によって世界が崩壊する瞬間を見ることにしよう。それでも良い。すべてがなくなれば、不安も、管理すべきものも、理想も、ないことになるのだからね」
ショゴスが、刺突ではなく触手のように伸ばした腕でレーヴを捕らえる。別に身体的能力が高いわけでもない彼女は、蛇のように包囲して締め付けるような動きを見せたそれにあっさりと捕まってしまった。
「世界の綻びの、特等席だ。さぁ、愉しもう」
ワイルドがそう言って、両手を広げた。
まるで世界を抱くように、あるいは世界に抱かれるように。
時間がない。
時間がない!
どうする?
ただ殺すだけじゃだめだ。
ワイルドを殺し、その頭部を、首なし死体のように破壊しなければならない。
レーヴの魔術は炎で焼き尽くすシンプルなものだ。だが、死体に焦げ痕を残すわけにもいかない。燃やしきってしまうわけにもいかない。頭だけを、抉るように、跡形もなく破壊しなければならない。
そんな方法があるか?
──ある。
あるぞ!
「レーヴ! ネクロノミコンだ!」
「えっ、いやでも、ボクが持ってるのは封印のページが一枚だけで、それだってもう──」
その瞬間、レーヴも気付いたのだろう。
レーヴはネクロノミコンのページを取り出し、それをワイルドに向けて放った。
そして、あのときとは逆の魔術を行使した。
「解き放て!」
封じるって分かる? 閉じ込めておくってこと。
以前、レーヴはそう言っていた。
なら、閉じ込めた魔術を解き放つことも可能なのではないか。
そして、今そこに封じられている魔術は──
一閃の光が奔る。
不思議と眩しいとは感じない、質量を伴うように伸びる光が。
それは、巨大な化け物の頭さえ跡形もなく抉るほどの威力がある攻撃だった。
その光が、ワイルド・ワイアードの頭部を貫いた。
頭部を失った躰が、その場に力なく倒れる。
ワイルド・ワイアードの頭のない死体は、暗い路地で見ると、首を失いケープがどこかに飛んだ探偵の格好とよく似ていた。




