6: 語り終えたときが物語の終わりである。閉じたときが読書の終わりであるように。
少しだけ、その後の話をしよう。
クラネス王が姿を消して、セレファイスは大混乱に陥った。創造主たる王がいなくなったことは、セレファイスの一般人にとっては神を失ったことにも等しかったからだ。
また時期を同じくして、セレファイスではいわゆる『不幸な出来事』や犯罪の類いが発生するようになった。そのことを、クラネス王という守護者が存在しなくなったからであると人々は言った。
それは半分正しいが、半分は正しくない。
それを知っているのは、銀の鍵を破壊した僕とレーヴだけだ。
王室護衛軍はクラネス王を探すという名目でセレファイスやその近隣都市に広く派遣されたが、未だにクラネス王は見つかっていない。だが、そうして捜査網を広げる中で、王室護衛軍は少なくともセレファイス内の混乱を鎮めることにも貢献していた。
これにより、セレファイスは少しずつ落ち着きを取り戻し、今までよりも手探りで、人々は生きていくことになった。
もちろん、人々はそのことを意識していない。
自分たちが過去に何度もやり直しをさせられていたこと、それから解放されたことなど、知る由もない。
・・・
首なし死体の身元が判明した。
ターラが操り、裏路地でアラースが戦闘したあの首なし死体は、戦闘後、王室護衛軍によって一時保管され、その身元や正体の解析が進められていた。
これまでそのアイデンティティを示すものは何ひとつ見つからず、まるで人間ではなく人形を見ているようだった──と、その解剖に携わっていたシルヴィが言っていた。
「しかし、急にすべてが明らかになったのです。まるで、人形に欠けていた魂が見つかって、それによって人物の同定が可能になったかのように、所持品、骨格、古い傷跡、服の仕立て──それまで意味を持たなかったものが、急にひとりの人物へ向かって結びついたのです」
「それで、誰だったんです、例の死体は」
僕は半ばその答えを知りつつも、敢えて訊ねた。
「──不可思議なことですが、ワイルド・ワイアードでした」
過去に戻り、僕らは首なし死体を入れ替えることで矛盾の発生を防いだ。だから、これは当然の結果でもあった。
「現在、ワイルド氏は宮殿に忍び込んだ後に姿を消し、行方不明になっています。クラネス王が姿を消したことと、何か関係があるという話もあります。その中で、最初に発見された首なし死体がワイルド氏その人だったというのは──正直、理解が追いつきません」
「例えば、僕らが知っていたワイルド・ワイアードは別人だったとか? 何者かがワイルドさんに成り代わって、その振りをしていたという可能性もありますね」
などと、僕は適当なことを言った。
だが、そうして可能性を担保しておくことで、矛盾は発生しにくくなるだろう。
可能性とは余白であり、語りの余地なのだから。
・・・
輝くトラペゾヘドロンは、星の智慧派に返還された。
「なっ、なんですかこれ!」
ただし、半分に割れた状態で。
それを見たシンシンは、悲鳴に近い声を出した。
「シュテルンが持ち出したとき、不注意で割ったんだってさ」
「割ったですって! というか、あなた、シュテルンに会ったんですか? やっぱり、あのレーヴとかいう探偵がシュテルンだったんですね? そうじゃないと、こうして私たちにコンタクトを取ることだって本来は難しいはず──」
「まぁ、そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える、かな」
「またそんな訳の分からないことを言って──」
「ただ、ひとつ本当のことを言えるのは、シュテルンは死んだよ」
「え?」
「シュテルンは死んだ」
そこで初めて、シンシンはふたつになった輝くトラペゾヘドロンから顔を上げて僕を見た。
シュテルンは死んだ。
これは本当だ。嘘は言っていない。
少なくとも、シュテルンという魔女は、一度、セレファイスの真実に触れ、クラネス王により存在を消された。
今のレーヴをシュテルンと同一と見るかは見解の相違がありそうだが、少なくともシンシンが知るシュテルンは死んだと言って良い。
「本当ですか? じゃあ、あのレーヴという女の人は?」
「そっくりさん、みたいなもの。ドッペルゲンガー的な」
「あなた、適当言ってるんじゃないでしょうね? 魔女に嘘をつくのは大罪ですよ、許しませんよ」
シンシンが疑うようなじとっとした目を向けてくる。
嘘は言っていない。本当のことを一部言っていないだけで。
「えっと、多分、本当──じゃないかな」
と、その場にいたステラが言った。
「その人がどうやってステラたちの別の隠れ家を知ったのかとか、どういう経緯があって輝くトラペゾヘドロンを手に入れたのかとか、どうしてそれが割れたのかとか、色々可能性はあるけど、でも、あの、結局その人が言ってるのが、一番辻褄が合っちゃうから……」
「ステラ、あなた、適当なことを言ってるんじゃないでしょうね」
「ほ、本当だよ……ステラの魔術が入り込む余地がなさそうだもん……。それってつまり、客観的に確定した事実だってことだから……。とは言え、言ってないことがある、かもしれないけど……」
ステラが押されるようにそう言ったので、僕は少し意地悪にこう聞き返した。
「良いのか? 本当のことを、一部始終言っても?」
「あっ、いや、えへへ……まぁ、良いじゃない? 大事なのは、シュテルンは道具を持ち出した罰を受けたし、道具は……まぁ、割れたけど戻ってきたってことだよ。そうでしょ?」
シュテルンが道具を持ち出したところについて協力していたステラは、ばつが悪そうにそう言って笑った。シンシンは少し不満そうに、しかし納得するしかないといった様子で溜息を吐いた。
「ところで、そのドッペルゲンガーは何をしてるんです? 何ならその人から、ちゃんと話を聞きたいんですけど」
「悪いね。今はセカンドライフの準備に忙しいみたいなんだ」
・・・
自分ができる範囲で今回の一件の様々な後片付けをした後に、僕は事務所に戻った。
事務所がある建物は、一見するとただのアパートに見える。芸術家志望の若者が日々の生活費を抑えるために選ぶような、言ってしまえば、まぁ、年季の入った石造りのアパートだ。そういう建物はセレファイスに多い。
その一階部分は大通りに面しているから、店を構えるには最適なロケーションだ。しかし、色んな店ができてはなくなり、できてはなくなりを繰り返している。一番長かったときは武具店、最後は書店だったと言われているが、今は空き家になっていて、最後に書店だったときに売れ残った本がそのまま放置されている。
外から続く石段を昇った先には、やはり小汚い、『雰囲気のある』木製の扉がある。その扉には、真鍮で看板が出ている。
年期の入った扉に対して、看板はやけに新しかった。
《ご相談、承ります。レヴェリ探偵事務所》
扉を開けて中に入ると、事務所内はすっかり整頓されていた。もうすぐ日が落ちる時間帯で、涼しい風が窓から入ってくる。その窓の傍に、所長が立っていた。
「どこに行ってたのさ、事務所の片付けもしないで。全部ボクに任せて行っちゃうなんてさ」
言葉だけを聞くと怒っているようでもあったが、その声色は別に怒ってなどいなかった。
「まぁ、後片付けはここだけじゃなかったので」
「片付いた?」
「多分、一通りは」
「じゃ、少し休むことにしよう。開業祝いに、スラデンから届いているものがあるよ。ほら、そこ」
言われて綺麗に磨かれたテーブルを見ると、そこにはコーヒーの豆が置かれていた。
シーハンの酒場で見た、それを砕くための道具なども一緒に。
「ボクは使い方が分からなくてさ」
「今度、シーハンに教えてもらいにいこう」
「ついでに、何か事件でもないか訊いてみようか。酒場は情報の宝庫だから」
「良いんじゃないか? でも、あの辺りは荒くれ者に気をつけないとな」
「そのときは助手くんが守ってくれるさ。そうだろ? もう死ぬなんてご免だからね」
あぁ、と僕は短く答えた。
そうだ、セレファイスはもう、不死の都ではない。
ふとしたことで死んだりする。
誰も悪くなくても死んだりする。
そのことを、その意味を、人々は少しずつ理解していくだろう。
それが普通で、だからこそどう生きるかを考えるきっかけになることを。
──僕を除いて。
僕は、多分死なない。
死んだことがないので分からないが、ムングとの契約により、死ななくなったのだと思う。
死なないということが、具体的にどういうことなのか、まだ僕には分からない。
ただ、この世界が滅んでも、独りぼっちになっても、多分僕は存在し続けるのだろう。
ユン=イラーラの伝説のように。
「それじゃ、改めて。ボクはレーヴ・レヴェリ。今は探偵をやっている。以後、お見知りおきを──死がふたりを分かつまで」
改まった様子でレーヴが握手を求めた。
僕はそれに応えた。
「僕はナギ・パスツール。これから名探偵の助手をやることになる。どうぞよろしく。死が、ふたりを分かつまで」
何とか最後まで書けました。ここまでお付き合いいただいた方、ありがとうございます。本格的な後書きは、近々近況報告の方にまとめます。その方が棲み分けができているような気がするので……。
ここでは、作中で言及されていなかった設定について、気になる人もいるかもしれないところをまとめます。蛇足かもしれないので、気になる人だけご確認ください。
・・・
【星の智慧派の魔術】
星の智慧派の五人は、それぞれが五行(金・土・水・木・火)から発展した魔術の使い手です。ただし、直接的にそれを扱うのは水のエトワールと火のシュテルンだけで、金を司るシンシンは金属面に起こる『反射』という現象、引いては光を操りますし、土を司るターラは土から土葬をイメージして死者を操ります。ステラは『観測されない倒木の音』の逸話から可能性を操ります。ただし、この辺りは全然不要の話なので忘れてもらって大丈夫です。
【ニャルラトホテプはなぜシュテルンに協力したか】
とは言え、実はシュテルンが五行の中で火を司ることは、ニャルラトホテプがシュテルンに協力した(ように見せかけて破滅へと導いた)ことに関係しています。ニャルラトホテプはクトゥグアという炎を司る神格と相性が悪いため、それをイメージさせる炎の使い手であるシュテルンを疎ましく思っていたからです。そのためニャルラトホテプは、セレファイスの真相を知ればシュテルンの存在が無事では済まないことを知りつつも、シュテルンが真相を知ろうとすることに協力していた、という裏設定があります。




