5-2: 嘘を付かずとも騙すことはできる。真実に当てる光の角度を変えるだけだ。
「すべての始まりはここだ」
と、ニャルラトホテプが言った。いつの間にか姿を消していたその邪神の今の声は、誰の声であるようにも聞こえたし、誰の声でもないようにも思われた。まるでナレーションのような、文字通り存在している世界のレイヤーが違うような感じだ。
そのような高次元の存在に指された『ここ』とは、さっきまで僕とレーヴがいた宮殿の最奥のようだった。しかし、まるでスクリーンの映像の中にいるように、周囲には妙に現実感がない。
やはり映画が進行するように、王室の唯一の出入り口──あの大きな扉から、レーヴが、いや恐らくはシュテルンが入ってきた。その手には、僕が持っているよりも倍ほど大きな水晶がある。それが輝くトラペゾヘドロンなのだろう。
「ありがとう、もう大丈夫」
シュテルンはそう言って、輝くトラペゾヘドロンをケープの中にしまった。
「シュテルンは、王室に侵入するための防護結界解除に私を利用した。私はそれに力を貸すに吝かでなかった」
「どうして彼女は、王室への侵入を?」
「セレファイスの秘密を知るためだという。すべてを知りたい、その知識欲だけで星の智慧派に所属したのが、あのシュテルンという魔女だ」
ここまでは、これまでの理解と同じだ。
問題はこの後、何が起こったのか──ということだ。
「きみが、このセレファイスの創造主?」
シュテルンの問いに、王座に退屈そうに座っていたクラネス王が反応した。
「然り。わざわざこんなところまで、あの強力な結界さえ破ってやってくるとは思わなかった──が、ニャルラトホテプの力を借りたんだね。流石に、他の神の力を借りた者の動向までは読めないな」
クラネス王の言葉に、今度はニャルラトホテプが言う。
「クラネス王は、セレファイスの創造主だ。セレファイスのすべてを作った王だ。だがそれは、セレファイスの内側を作っただけに過ぎない。その外に、その想像力は及ばない。したがって、上位の神々──あるいはセレファイスの外と干渉した者のすべてまでは、知り得ない」
「だから、クラネス王はシュテルンの侵入を許してしまったと?」
「まぁそもそも、敷地内への侵入はいつの間にか、気付かないうちに塀に穴が空いていたらしいがね」
目の前では、シュテルンがクラネス王にいよいよ核心の質問をしていた。
「ボクは星の智慧派、第五の角、シュテルン。以後、お見知りおきを──」
「──いや、良い、分かっている。差し詰め、セレファイスの秘密を知りたくてここに来たのだろう。きみは、そういう存在だからね」
「気味が悪いな。でも、そう。ボクはここに、セレファイスの秘密を知りたくて来た」
「どこまで知りたい?」
「どこまで──って?」
「きみが知っても良い範囲というものがある。その範囲が存在する理由もまた、知って良い範疇に含まれているとは約束できない」
「その範疇を超えると、どうなるんだい?」
「死ぬ」
クラネス王は、まるでなんてことないことのように言った。
「死ぬ──って、ここはセレファイスなのに? セレファイスは、不死の都なんじゃ?」
「その通り。しかしきみは死ぬ。その理由を知ると同時にね。それでも、知りたいか?」
クラネス王の言葉に、シュテルンは少しだけ考えたようだった。
本当に、少しだけ考えて、それから言った。
「全部知りたい。死んでも良い。命は、そういうことに使うべきだと思うから。自分がなりたい自分になるために、命を使うべきだよ」
「きみならそう言うかもしれないと、想像していたよ」
そうだ、レーヴ・レヴェリなら、きっとそう言うと思う。
だから、僕もそれを見届けよう──
──と、思ったところで、ニャルラトホテプが嗤っていることに気付いた。
姿があるわけではない。げらげらと笑っているわけでも、くつくつと笑っているわけでもない。
ただ、あの邪神が嗤っていることに気付いた。
それは、喩えるなら落とし穴に気付かずそちらに歩いていく人を見るときに笑いを堪えているような。
何だ? 僕が何かを見落として──
「良いんだね、きみもすべてを知っても」
ニャルラトホテプが、確認するように言った。
そうか。
この状況の再現の中で、僕もまた、セレファイスのすべてを知ることになる。
そして、死ぬことになるのだ。
「大丈夫さ」
と、しかし僕は言った。
「僕は、ムングに死を与えたから」
ムングと契約したとき、彼は言った。
僕の死が欲しいと。
僕はそれを、『いずれ、僕が死んだとき、その魂が欲しい』という意味か、あるいはどこかで僕を殺すつもりであると考えた。
だが、本当は真逆だったのだ。
ムングは、僕から死を奪ったのだ。
僕はもう、死なない。
セレファイスの不死の神秘などとは関係なく、ただ死なないのだ。
それは祝福と言うよりは、呪いであることに、既に僕は気付いていた。
「──ムングか。それは正直、少し残念だ──が、それなら楽しみが先に伸びたと考えよう」
ニャルラトホテプは気を取り直すようにそう言った。
そのとき、僕は認識を新たにした。
やはり、この存在は邪神なのだ。
人間に協力するように見せて、実際には何か別の企みがある。
その企みに気付けなければ、破滅する。
これは、甘言で人を欺き、自己責任のもと、自滅させ、それを愉しむ悪魔なのだ。
──なら、ひょっとすると、レーヴに──シュテルンに協力したことにも、やはり何か企みがあったのではないか。
例えば──
「お前、セレファイスの秘密を知れば死ぬと知っていたな? その上で、彼女を真相へと唆したな?」
僕の断定的な詰問に、ニャルラトホテプは飄々と答えた。
「証拠がない」




