4-6: 敵の敵が味方であるように、味方の味方が敵である可能性も、もちろんある。
王宮の敷地は、既に伏魔殿と化していた。
美しく輝く石造りの宮殿も、僕とレーヴが少なくとも三日を過ごした兵舎も、そうしたすべてを瑕疵なくまとめあげる中庭も、すべてが邪悪な瘴気に包まれている。
緑色に輝く草木は、異常発達した菌類か何かに取って代わられ、見たこともない大きな虫が沸いていた。ダイヤモンドの飛沫を輝かせる噴水は枯れ、干涸らびた石の土台は割れてしまっている。空気が臭いとも思った。それと同時に、嫌に甘ったるい匂いもした。その匂いに、虫がおびき寄せられているようでもあった。
そして、
「いやはや、これは酷い」
そうした王宮の敷地内に、触手を蠢かせる化け物がうようよと闊歩していた。巨大な蛭のような見た目で、その巨大な蛭の表皮から触手が生えていて、それぞれが独立して動いているかのようだ。それが通った跡は、石が腐り、その腐食を土壌として奇妙な植物や菌類が生えてきている。
僕らは正門から中の様子を覗き込んでそうしたすべてを確認し、眷属の化け物に見つからないように身を隠した。
「どうです、スラデンさん、倒せますか?」
「どうですかねぇ。二、三体ならいけると思いますが、あの数となると……」
「ぱっと見で数えただけでも七は越えてるよね。でも、これでひとつ分かった。ワイルドは、自分が目的の達成を邪魔されたくないんだ。本人のところまで近づけば勝ち目がある──だからここでボクらを足止めしようとしているんだろう」
「ですが、これを見てください。もう一刻の猶予もない」
そう言ってスラデンは、見覚えのある水晶を取り出した。
その水晶の中に、宮殿の中を歩くワイルド・ワイアードの姿が映っている。
意識すれば、石から物音さえ聞こえてくる。
──見覚えのある水晶?
輝くトラペゾヘドロンじゃないか!
「ど、どうしてそれがここに?」
「あっしが見つけたんですよ。これは、もうひとつの輝くトラペゾヘドロンです」
どういうことなのか、まったく分からない。
こういうときはレーヴの方が理解が早いかと思い、顔を見る。
あ、いや全然混乱してる。
「ど、どういうこと?」
「一度目の侵入ですよ。恐らく、レーヴさん、あなたがシュテルンとして王宮に侵入したときだ。あっしらが気付かないうちに、気付かなかったところに抜け道があって、侵入者はそこから王に謁見しようとした」
気付かないうちに、気付かなかったところに現れた抜け道。
その出所には心覚えがあるが、今は何も言うまい。
「あれ、でも王様は防護結界の内側にいたんですよね? じゃあ、無事だったってことですか?」
「結果としてはそうです。しかし、防護結界には僅かな傷がつき、何者か王室に入った痕跡もあった。焼け焦げたような痕が残っていたりしてね」
「王を守る防護結界を破ることなんて、できるんですか?」
「普通はできません。しかし、邪神の力を借りれば別でしょうね」
そう言ってスラデンは手に持っている水晶を示した。
輝くトラペゾヘドロン──邪神、ニャルラトホテプと繋がるそれを。
「防護結界が破られたことに気付いたあっしは、すぐに王室に向かいました。しかしそこは蛻の殻で、王様もご無事の様子だった。ただ、そこにはこの輝くトラペゾヘドロンだけが残されていたんですよ」
「つまり記憶を失う前のボクは、輝くトラペゾヘドロンを使って王室に侵入して、その後でどこかに飛ばされて記憶も失ったってこと?」
「現状の情報だと、そういうことになるでしょうね」
「ちょっと待ってください、それがどうして、輝くトラペゾヘドロンがふたつあることに繋がるんです?」
「割れているこれを、あっしが見つけたんですよ」
割れていた?
「すみません、どういうことですか?」
「何か騒ぎのようなものが王室から聞こえたと思って、あっしは急いで王室に駆けつけました。すると、そこには無事な姿のクラネス王と、この割れた水晶が落ちていたんです。それぞれの水晶の欠片は、もともとひとつだったからか、互いに引きつけられているみたいでした」
「それの片方を、僕に持たせたんですね──監視のために」
「人聞きが悪いじゃあないですか。あくまでお守りするためですよ。まさか星の智慧派の魔女集会にまで至れるとは思いませんでしたが、しかしあの時点ではナギさん、あなたが侵入者の片棒を担いでいた可能性もあったのでね、あの水晶を取り出してあなたの反応を見ようとも思ったのです。しかし、誤算があった。魔女たちの話を聞くに、この水晶がまさしく輝くトラペゾヘドロンであったこと、そして──」
「──それをワイルド・ワイアードが手に入れたこと、加えて彼がネクロノミコンを既に手に入れていたこと──だね」
レーヴの言葉に、スラデンが頷いた。
「とにかく、こうなっては急いで中に入らないといけません。強行突破しましょう。あっしがあれを引きつけるから、おふたりは──」
──そのとき、何かが吹き上がる音がした。
中庭の中央にあった噴水から、水が吹き出ている。
さっきまで枯れていたのに、なぜ?
「噴水があるということは、水の流れはあったということでしょう? それなら、もう一度流してあげれば良いだけのことだわ」
温和な、包容力がありそうな声がした。
「そして、水があるなら──わたくしに、負けはありません。ご機嫌よう、星の智慧派、第三の角、エトワールと申します。以後、お見知りおきを──すべてを、水に流すまで」




