4-5: 失敗とは結果であり、成功とは状態である。
アラースが、触手を突き刺した槍へと飛んで、すぐにそれを抜く。抜いた勢いそのままに、彼を目掛けて放たれる新たな触手を槍の先端で切断し続けた。次々に襲い来る触手が、どんどん短くなっていく。
やがて市民を捕らえていた触手も使わなければならなくなり、その判断が一瞬遅れた眷属の隙を、アラースは見逃さなかった。すぐに眷属の本体へと飛び、市民を捕らえている触手を根本から切る。そして本来に向かって、その槍を深々と突き刺した。
シュブ=ニグラスの眷属と呼ばれたその巨木のような化け物は、苦悶するように慟哭した。
その叫びは、それだけで厄災と思われるほどに悍ましい。
しかしアラースは、その化け物の深い傷から溢れ出る血とも知れない液体を浴びながらも、その戦いを楽しんでいるようだった。
「こいつ殺せるんですかね! どう思いますかアクロニオン団長!」
「吾輩を団長と呼ぶな。本物の団長がいるのだから尚更である」
「いーのいーの、あっしのことは気にせず──。アクロニオンも、戦いに参加して良いですよ。市民の保護は、シルヴィがやってくれてますから」
「御意」
スラデンの指示を受けたアクロニオンが、すぐにアラースのもとへと駆けつける。一方スラデンは、軽々と屋根から飛び降りて僕らの前に降り立った。
「いや申し訳ない。あっしの判断ミスでした」
「スラデンさん、あなたからもらったあの水晶、あれが輝くトラペゾヘドロンだったって──」
「えぇそうです。説明が必要ですか?」
「ぜひお願いしたいな。ようやく情報が集まってきたところだ。それでこそ、ボクも推理ができるし、この後どうすれば良いかも決められる。ここまで来たら、隠し事はなしだよ、おじさん」
「分かりました、では、移動しながら話しましょう。ついてきてください」
「ついていくって、何処へ?」
僕の疑問に、スラデンは当たり前のように応えた。
「そりゃもちろん、約束通り、王様のところへ」
・・・
「お分かりかと思いますが、セレファイスは今、成都以来の大厄災の最中にあります。ワイルド・ワイアードが何を目的に王のもとを目指しているのかは定かではありませんが、その目的を阻止しなければなりません」
王宮へと走りながら言ったスラデンに、レーヴが訊ねる。
「何か、それらしい目的はないの? 例えば、財宝の類いを狙っているとか──」
「財宝──と言えるかは分かりませんが、例えば王は、『魔法の窓』を持っています」
魔法の窓。
以前にどこかで聞いたような覚えがあった。
今、王は元々自分がいた世界を、『魔法の窓』を通じて眺める日々を送っているのだと。
王は今、この理想を突き詰めた世界に退屈しているのではないかと──。
「魔法の窓は、あらゆる世界を繋ぐ、見たい景色を見られる道具です。これは推測になりますが、あっしは、この魔法の窓こそ、セレファイスにこれまで厄災がなかった理由なのではないかと思っています」
「どういうことです?」
「あっしら王室護衛軍は、実質的には王室を守っていたというよりも、セレファイスの平和を守っていました。しかしそれは、出現した化け物を倒すといったようなものではなかった。出現する前の化け物を倒すというものだったのです」
「分からない、分かりやすく説明してくれ」
「──そうか、その魔法の窓で、遠く離れたところから王様はセレファイスの異変を誰よりも早く察知していた。その異変が顕在化しないよう、王室護衛軍に指示を出していたってことか」
「さっすが探偵さん。話が早い。仰る通り、あっしらはクラネス王から指示を受け、一見して何のためにやるかも分からないようなことをやったりなんてしていました。しかし、クラネス王の指示はいつも的を射ていた。隣国から大量に食物を仕入れるように言われた次の年には歴史的な不作があった。もしも貯蓄を増やしていなかったら、飢餓が人を殺し、また内紛にさえなっていたかもしれない」
一見するとどういう意味があるのか分からないことをする仕事。
それって、まさか──。
「まさか、名誉修理人って──」
「そうですナギさん。ワイルド・ワイアードにも、あっしら護衛軍は何度も協力を要請している。もちろん、詳細は説明していません。ただ、民間の人手の手配を頼んでいるだけです。しかしワイルド・ワイアードは凡夫ではない。気付いたのでしょう、自分がやらされていることが、何か大きな機運の中にあることに」
「ワイルドさんは、その正体を突き止めようとしている──ということですか?」
「あるいは、その機運そのものを自分の手中に収めようとしているのかもしれない。そうだとすれば、魔法の窓を手に入れることが彼の目的ということになる。それは避けたい」
「ワイルドさんが、それで何をするか分からないから──ですか?」
「いえ」
と、珍しくスラデンはしおらしい顔と声で言った。
「王から、これ以上慰みを奪わないで欲しいからです」




