4-1: 自分が悪いという結論に常に至るのであれば、改善の余地はない。原因を外に求めること自体は、責任転嫁ではない。
三者鼎談の夜の翌日、スラデンに指定された時間に王宮敷地内への正門前で待っていると、ハンチング帽とケープが特徴的な人影がこちら目掛けて走ってきた。
「助手くん! きみなら何とかしてくれると思っていたよ!」
斯くして、レーヴはあっさりと解放されたのだった。スラデンが何か特別な口利きをしてくれたのだろうと思う。救出するためにムングと契約までした自分が莫迦らしくなるくらい、拍子抜けだった。
いやしかし。
もしも僕がムングと契約していなければ、魔女たちの誰かが契約していたのだろう。そしてその権能を使ってレーヴを殺していたかもしれない。その可能性を詰むことができただけでも、僕がムングと契約できたことは価値があったはずだ。
「何だか取り調べが長く続いてさ。魔術制御の道具まで使って拘束されたよ。ボクを誰かと間違えてたみたいだ」
「星の智慧派の魔女だと、疑われていたみたいだね」
「ボクが? とんだ的外れだね。それよりも、朝ご飯を食べよう。きみも知ってると思うけど、あの中ではろくな食べ物が出なかったからね」
「僕は普通の食事が出たけど……」
「は? 差別か?」
「何差別だよ」
「知らないけど、魔女と疑われたなら魔女差別じゃないの」
「それはそうか」
適当に歩いて、美味しそうな匂いがした店にふらりと入る。昨日の一日で雨も降りきって天気が良かったので、空いていたテラス席に座った。店員がやってきて注文を取る。僕らは適当に、モーニングセットなるものを注文した。その日にあるもので、適当な朝食を作ってくれるという。
注文を終えて店員が去ったあとで、レーヴが言った。
「何か急に出て良いことになってさ。ナギでしょ、何かしたのは」
「したと言えばしたけどね、してないと言えばしてない」
「じゃあ、したんだ。ありがとね」
そう言って、彼女は笑った。
それはとても普通の女の子みたいな笑顔で、とても魔女とは思えなかった。
他の魔女たちが、知らなければ魔女だとは思えないのと同じように。
「この数日間で、色々と調べたこととか、分かったことがある。まずはその情報共有をして、あの死体が何だったのか、そして輝くトラペゾヘドロンがどこにいったのか、それを突き止めるのが当面の目的になると思う」
「良いよ。推理の時間といこう」
そのタイミングで、モーニングセットが運ばれてきた。
サンドイッチと……コーヒーだ。
「何、この黒い熱いの」
「コーヒーっていうんだってさ。ここじゃないどこか別の世界から持ち込まれたものらしいよ」
「熱い! 苦い!」
「酒場にもあったけど、そことは味が違うな。何で変わるんだろう」
「酒場? ──そうか、なるほど、酒場は情報収集の基本だもんね」
「信頼されてるみたいで嬉しいよ。それじゃあ、本題に入ろう」
僕の言葉に、レーヴは少しだけ躰の向きをこちらに寄せた。
そういう仕草からも、レーヴは信用できる人間であるように僕の目には映っている。
僕の目が節穴なのだろうか、それとも──。
「まず聞きたい。きみは、記憶を失う前のことを覚えているのか?」
「その質問、矛盾してない? もっと直接訊いてくれても良いよ。嘘をついているんじゃないか、って」
「──僕はそうは疑ってない。でも、護衛軍もそう疑っていた」
「それは妥当だと思う。何せ、死体の近くにいて、しかも記憶喪失だといって情報を出さない容疑者だ。怪しすぎるし、普通は解放できるような対象じゃない」
「でも、きみは記憶を失っている──そうだろ?」
「そうだよ」
レーヴの眼差しは、真っ直ぐだった。
結局のところ、彼女が本当のことを言っているのか、確かめる術はないのだ。
そもそも、内側でどう思っているか、何を考えているかを知ることは、誰にもできない。
だから僕にできるのは、彼女を信じるか信じないか、選ぶことだけだ。
そして僕は、彼女を信じようと思う。
「分かった。その上で、きみに伝えたいことがある。どうやらきみは、星の智慧派の第五の角らしい。これは他の星の智慧派からの証言だから、多分間違いない。少なくとも、無関係ではない」
「ボクが?」
「そう。元々の名前は、シュテルンというらしい」
「へぇ。名乗りの口上は何だったんだろう」
「そこ、重要か?」
「せっかくなら格好良いのが良いな」
「──まぁ、とにかく。初めて会ったときから、きみは魔術に詳しかっただろ。それって、記憶を失う前は魔女だったからなんじゃないかな」
「それは有り得る。でも、今のボクは魔術なんて使えないけど」
「記憶と一緒に、魔術の使い方も忘れてしまったとか?」
「というよりは、それを行使する能力がないって感じがするなぁ」
「記憶だけじゃなく、魔力も奪われた?」
「そうかも。何なら名前もだね。シュテルンという名前に、聞き覚えはまったくないし」
「そう言えば、どうして自分の名前がレーヴ・レヴェリだと分かったんだ? 記憶もないのに」
「自分が探偵だと理解していたことと一緒だよ。ただ、自分の名前がそうだと思ったのさ」
「何かがあって、記憶を失って、別の名前を与えられたってこと? それってまるで──」
自分の軽率な閃きを、何とか言語化するのを留まった。
しかし、レーヴは躊躇なく、その先を口にした。
「まるで別人になったみたいだ──でしょ」
その言葉の意味を咀嚼しようと、息を吸って、吐く。
コーヒーは冷め始めていた。
「もうひとつ、共有しておかないといけないことがある。記憶を失う前のきみは、ワイルドさんに会ったことがあった」
「やっぱり? ボクが喫煙者じゃないって、知ってたもんね」
「気付いてたのか」
「まぁ、名探偵なのでね」
ふん、とレーヴは鼻を鳴らした。
「きみがワイルドさんのところを尋ねたのは、『セレファイスに死がないのはなぜか』を知るためだった。そしてきみは、そのあとで王宮に向かったらしい」
「多分、クラネス王に会いに行ったんだよね」
「だと思う。そのとき、きみは輝くトラペゾヘドロンを持っていた。クラネス王からセレファイスの秘密を聞き出すための交渉材料か、あるいは脅しの道具としてね」
「脅しの道具?」
「輝くトラペゾヘドロンは、ニャルラトホテプという神格と繋がる道具だと魔女たちは言っていた。きみは、ニャルラトホテプの力を借りてこの世界の秘密を曝こうとしたのかもしれない」
「大それたことをするなぁ」
「でも、そこから先が分からない。結局、死体は誰なのか? なぜきみは記憶を失ったのか? なぜきみは死体の近くに立っていたのか? この辺りは、全部分からないままだ。でも、スラデンと話をつけて、クラネス王との謁見はできるようになった。今、スラデンが調整してくれているはずだ」
「凄いね、王様と会えるなんて。でも──」
そこで、レーヴは冷めてしまったコーヒーを飲んだ。
もう熱くはないが、まだ苦いはずのそれに少し顔を顰めつつ、しかし平生を装ったまま、自分が何を言おうとしているのか、改めて整理したみたいだった。
苦味が引くのと同時に整理し終わったレーヴは、こう言った。
「──ボクなんかが会ったら、不敬罪で殺されちゃったりして」




