3-7: 好奇心は猫をも殺すという諺がある。それは、好奇心への責任転嫁に他ならない。
「よくここが分かったね。きみは、思ったよりも優秀だ」
豪邸のゲストルームで、いつもよりも低いソファに、しかしいつも通り膝を曲げて何か分厚い本を読みながら、ワイルドさんは言った。
ゲストルームだというのに個別の暖炉があって、部屋の中は暖かい。外で雨が降っていることなど、忘れてしまうほどに。
「ワイルドさん、言ってたじゃないですか。他の埋め合わせだってある──って。これのことだったんですね」
「たまたまそうなったのさ。きみが三日も姿を現さないから、何か大きなことに巻き込まれたのだと思ってね。きみを拐かしたのが魔女側ならまだ良いが、もしそれ以外の理由できみが蒸発したのだとしたら、魔女たちが私の事務所を襲う可能性は低くはなかったから」
「だから、アーノルドさんに匿ってもらっていた──そういうことですよね」
酒場でアーノルドさん──以前に僕にセレファイスを案内してくれた、そしてワイルドさんが名誉を回復すると請け負った人物の情報を詳しく訊いた僕は、その足でアーノルドさんの屋敷へと向かった。
そこに、ワイルドさんがいる可能性が高いと思ったからだ。
「そう。これで、あのワイルド・ワイアードが頼った唯一の男として、アーノルド氏の名誉は回復するだろう。アーノルド氏は確かに、身内を裏切るような人間ではなかったのだよ」
「星の智慧派の魔女とは話がつきましたよ。だから、もう事務所に戻っても大丈夫です」
「そうかい。では、戻るとしようか。ここからでは、世界が見えない」
ワイルドさんはそう言ったが、ソファから立ち上がろうとはしなかった。
「どうして動かないんです?」
「きみに話があると思ったからさ。何かあるのだろう、私に──私と、話したいことが。そうでなければ、わざわざ行く先を告げずに消えた私を迎えに来たりするわけがないからね」
「はい。話が──確認があります」
「何だね」
「──レーヴ・レヴェリと会ったのは、あの日が最初じゃ、ないんですよね?」
それは、質問ではなく、正真正銘の確認だった。
僕自身が、既に確信していたからだ。
恐らくそのことを、ワイルドさんも分かったのだろう。
僕の言葉に少しだけ驚いた様子を見せてからも、ワイルドさんは冷静だった。
「結論から言えば、そうだ」
「しかし正確に言えば、あなたが会ったのは記憶を失う前の彼女だ」
加えて正確に言えば、シュテルンとしてのレーヴだ。
しかしその辺りのことを、敢えて話す必要もないだろうから、僕はそこについては何も言わなかった。
僕の言葉を噛みしめるように聞いて、ワイルドさんは自分の耳を揉んだ。
そうか、この癖は、ワイルドさんが何かを考えているときの癖なんだな。
「どうしてそう思ったのか、根拠が聞きたい。きみが今それを確信しているということは、顧客の情報を漏らしたということであり、私が何かを失敗したということだからね」
「パイプですよ」
「パイプ?」
「あの日、スラデンさんが客として来ていて、話が終わったスラデンさんは煙草を吸おうとしました。でも、ワイルドさんはそれを静止しましたね。あの事務所は、禁煙だから」
「そうだね。資料に匂いがつくのも嫌で、そうさせてもらっている」
「しかし、その後でレーヴがパイプを取り出したとき、あなたはそれを静止しなかった。知っていたのでしょう、レーヴが持っているパイプは喫煙のためではなく、探偵としての小道具だということを」
ワイルドさんは、数秒、何も言わなかった。
ただ看破された自分の秘め事や、それを明らかにしてしまった自分、そして明らかにした僕に、何か思いを巡らせているようだった。
その表情に、ワイルドさんらしくない感情を見たような気がする。
しかし、それが何なのかが分かる前に、ワイルドさんの方から口を開いた。
「──言い訳のしようもない失敗だ。今後は気をつけよう」
「その上で、ワイルドさんに訊きたいことがあります」
「彼女が私のところに何を知りに来たのか──だね?」
「はい」
「しかし、説得力のない物言いになってしまうが、それは守秘義務に抵触する情報だ。きみがそれを知りたい理由は、何だね?」
「輝くトラペゾヘドロンを見つけるためです」
「……ほう」
「それを見つけて星の智慧派に返還すること、それが僕が自由になる条件なんです。だから、レーヴが最後にどこに向かったのか、何をしていたのか、何をしていて記憶を失ったのか、それを知りたい。それを辿っていくことが、輝くトラペゾヘドロンを見つけることに繋がると思うからです」
「なるほど。少し待ちたまえ」
そう言ってから、ワイルドさんはまた耳を触りながら考え事をし始めた。
もちろん、何を考えているのかは僕には分からない。
しかし、どのような情報であれば僕に与えても不都合がないかとか、そういうことを考えているのではないかと思う。
「──まぁ、良いだろう。教えられることはふたつある。彼女が何を知ろうとしていたかということと、彼女が最後にどこに行ったかということだ」
「お願いします」
「彼女が知ろうとしていたのは、『なぜセレファイスには死がないのか』。そして最後に向かった場所は、王宮だよ」
「王宮──ですか? つまり、クラネス王のもとへ?」
「そうだ。セレファイスに死がない理由を知っているのは、クラネス王だけだからね」
──ようやく、全貌が見えてきた。
そして、これらを総合すれば、次にどうするべきかも分かってくる。
「ワイルドさん、スラデンさんを、ここに呼べますか?」
「何のために?」
「交渉するんですよ。レーヴの足取りを追うために、王様に会わせてもらえるように」
「良い判断だね。しかし、その前にやることがある」
「何ですか?」
「着替えた方が良い。服が泥塗れだよ」




