表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第三章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/42

3-5: 生まれることなく生きなかった者を死んでいるとは言わないように、死なない者を生きているとは言わないのではないか。

「神格との契約と言っても、ただお互いに条件に合意すれば良いだけです。ですので、向こうが言っていることをすべて承諾すれば、それで終わりですよ」


 と、『契約の間』へと僕を通しながらシンシンが言った。


 契約の間と魔女たちが呼ぶその場所は、小さな祭壇があるだけの小部屋だった。


「契約したい神に、祈りを捧げてください。さっき教えた印を手で結びながら」


 契約する相手は、この世界を創った上位の神々の一柱、ムング──死を司る神だ。


 上位の神との契約で何を求められるかは、魔女たちも知らなかった。そんなことをしようという者が、しばらくは現れていないのだ。

 もちろん、僕だって恐くないと言えば嘘になる。

 しかし、今この場に限っては、ムングとの契約者は僕が最適だ。


 星の智慧派の魔女たちは、シュテルンを──レーヴを殺そうとしている。

 そのためにムングとの契約まで視野に入れている。

 仮に契約しなくとも、彼女たちならレーヴを連れ去ってセレファイスの外で殺すくらいはするだろう。


 それなら、僕がレーヴを殺す──


 ──ということにする。

 僕がムングと契約して、その権能でレーヴをセレファイスの中で殺す。

 そういうことにすれば、とりあえずはどうにでもなる。

 レーヴをわざと逃がして、『逃げられた』と言ったって良い。

 それで時間を稼げば、そこから何か、突破口が──。


「じゃあ、わたしは行きますから。あんまりに出てこなかったら一応様子を見に来ますけど、もう戻って来ないつもりですから」

「わかった、ありがとう」

「別にお礼を言われるようなこと、してませんけど」


 そう言って、シンシンは扉を閉めた。

 湿った空気、石造りの壁。

 祭壇には蝋燭の火が揺れている──ということは、空気は流れているのだろう。

 とは言え、あまりに閉鎖的で、息苦しかった。


「さっさと終わらせるか」


 誰に言うでもなくそう呟いて、教わったばかりの『ムングの印』を手で結び、僕は死の神に祈りを捧げた。


 ……。

 …………。

 ………………。


 何も起こらなかった。


「……何だ? 何か間違えたか?」


 手印はさほど複雑ではなかったと思うけれど、何か間違えた可能性はある。

 もう一度ゆっくりやってみようか、と思って、手を動かした。

 その空気の揺れのせいだろうか。


 蝋燭の火が消えた。


 視界をすべて奪われた。

 暗闇──というよりも、黒一色だった。

 自分の手すら、もう見えない。

 一度出るべきか?

 扉の位置くらいなら覚えているし──。


 ──どうして?

 どうして出ようと思ったのだろうか。

 僕はここに、神との契約のために来た。

 灯りがないとできないことでもない。

 なのに、どうして出ようと思ったのだろう。


 そうか。

 恐いのか。


「恐がることなんてないよ。ボクは、恐いものじゃない」


 知っている声が聞こえた。

 姿は見えない。

 だがそれは、もう三日も聞いていない、今一番聞きたい声だった。


「レーヴ?」

「そうだとも、そうじゃないとも言える」

「お前が──ムングなのか?」

「そうだよ。本当は、死は恐いものじゃない。死は、生に意味を与えてくれるものだ。だからボクは、きみがきみに意味を与えてくれたと思うものとして現れる。ボクが誰かの声に聞こえるなら、そういうことだね」


 何者であるか分かっているのは、気分が良いことだ。


「僕はナギ・パスツール。ムング、あなたと契約をしたい」

「何故だい?」

「助けたい人がいる。そのために、あなたの力を借りたい」

「構わないよ。ボクに力を貸すように祈る人はかなり久々だ。ボクを遠ざけようと祈る人は多いけれどね。だから、ボクの方も、きみに興味がある」

「……契約の内容を、教えて欲しい。あなたの力を借りるために、僕は何を捧げたら良い?」


 そう訊ねてから、しばらくは沈黙が続いた。

 光源が一切ない、真っ暗な部屋。

 湿ったような空気、しかし薄ら寒いような悪寒。

 すぐ後ろに誰かがいて、耳元にその唇があるような気配。

 だが、振り向いてはいけないと思った。

 振り向いて、それを直視してはいけないと。

 文字通りの死を直視して、生き延びられるわけがないのだから。

 いつ次の瞬間に死んでしまってもおかしくないと思いながら沈黙に堪えた。

 やがて、ムングは言った。


「じゃあ、きみの死をもらおうかな」


 元々死ぬ気で来たのだ。

 レーヴを助けるための条件なら、それまでは僕が死ぬこともないだろう。

 だから僕は、ふたつ返事で答えた。


「いいよ。契約成立だ」


 次の瞬間。

 それまでレーヴの声だったそれは、別物になった。

 もしも恐怖が『音』だったら、それはそんな音をしていたと思う。


 その『音』は、嗤いながら言った。


「愚かだな」


   ・・・


 ふと気付くと部屋の扉は開いていて、シンシンが僕を見下ろしていた。

 部屋は、明るいとは言わないまでも、扉から光が入ってきている。

 倒れていたらしい僕を呆れたように見ながら、シンシンが言った。


「何だ、生きてるんですか。どうでしたか、契約は?」

「──多分ね」

「多分って?」

「どうやらまだ生きてるみたいだ、って意味と、契約は多分結べたって意味」

「それは良かったですね。じゃあ、次はいよいよ──」


 シンシンが何かを言おうとしたとき、ステラが息を切らしながら入ってきた。


「あ、あの! あの、へへへ、すみません、あの……!」

「何ですか。用事があるなら早く言ってくださいよ」


「あの、へへへ、えへへ……王室護衛軍、来ちゃったみたいなんですけど」


 契約の間は、魔女集会が行われた円卓の部屋より奥にある。

 しかし耳を澄ませると、遠くから戦いの音が確かに聞こえていた。


「吾輩は王室護衛軍副団長、アクロニオン・アファーマーである! 魔女よ、大人しく登降すれば良し! 然もなくば武力制圧である!」


 アクロニオンのよく響く声がはっきりと届いた。

 しかし、どうしてこの場所が分かったのだろうか。


 まさか、水晶か?


 ポケットに入れたままの、スラデンに持たされた水晶を指で触る。

 これは僕が危機的状況に陥ったときに助けてくれるもの──というよりも、監視の道具だったのではないか。

 つまり、僕に対する疑念もまだ完全には晴れていなかったのかもしれない。

 もちろん、いざとなったら助けてくれるつもりがゼロではなかったと信じたいが。


「本当、あのおじさんは抜け目ないっていうか」

「それで、どうするんです? ターラが言っていたみたいに、生き埋めにしますか?」

「えっと、あの、うーん、でもまだ準備してないし、流石にみんな一緒に生き埋めになっちゃうから、一度は脱出する必要があるんじゃないかな……」

「では、手分けして別々の出口から出ますか?」

「あ、うん、へへ、それが良いんじゃないかな。でも、それなら急いだ方が良いかも」

「確かに。僕がここにいるのを見つかるのもまずいし、流石に数の暴力ってものが──」

「え? あ、えっと、えへへ、へへ、そうじゃなくて」

「ん?」

「あの、もうすぐここ、沈むから」

「沈む?」

「エトワールさんが、多分、水で沈めるから」

「は?」

「何ですって?」


 その直後、轟音がした。

 まるで滝の音のような、勢いよく水が流れる音が。


「なっ!」

「ちょっと待ってくださいよ!」


 僕だけじゃなくシンシンも驚いたような顔をしていた。


「あ、ほら、やっぱり……今日、結構雨降ってたし……へへへ、エトワールさんが得意な魔術に都合良かったんじゃないかなぁ、って。へへへ……」

「笑ってる場合か! これじゃあみんな溺れ死ぬぞ!」

「えへへ、そうかも。あ、いや、大丈夫……じゃないかな。だってここ、セレファイス、だし」

「でも溺れたくはないですよ!」


 そう言っている間に、洪水が部屋の中に押し寄せてきた。

 僕らは一瞬でそれに飲まれ、息もできなくなった。

 ムングに祈った祭壇だけが、浮かび上がらず沈んだままだった。


 ムング。

 僕の死を望んだ、死の神。


 死?


 僕は──死ぬのだろうか。

 それを覚悟しながら、目を閉じた。


 もう目覚めることがないかもしれない眠りにつくことは、恐ろしいことだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ