3-4: 契約は、互いに縛りを得ることで成り立つ。したがって、その縛りの価値を真に理解できている者が得をする。
「改めまして、ナギ・パスツールです。僕がこの集会に参加したのは、皆さんの輝くトラペゾヘドロンの奪還を条件に、僕の命を保証してもらうことです」
発言の機会を得た僕は、その場の魔女たちに自分の意図をそう説明した。
レーヴを助けたいという気持ちはもちろんある。
だが、そこだけは魔女たちと利害が一致していない。
だからまずは、利害が一致しているところだけ話をするべきだと思った。
「いーんじゃないの。輝くトラペゾヘドロンが帰ってくるなら、別に殺さなくたって」
「あの、えっと、でも、もしもステラたちの情報を、王室護衛軍に売られたら?」
「わたくしたち四人が揃っていたら、負ける道理なんてないでしょう?」
「この場所がどうなってもいいならさ、あーしが生き埋めにしてあげようか? おびき寄せて、一網打尽」
「じゃあ、とりあえずナギの命は保証できるということですね」
シンシンがそう言って、残りの三人が各々『異議なし』と応えた。
「ありがとうございます。ただ、協力する上でふたつ確認が」
「何かしら? 何でも言ってくれていいわよ」
エトワールは包容力のある女性の仕草でそう言ったが、その奥底には警戒心と僕に対する不信が宿っていた。
怒らせたら死ぬ──というような相手ではないと思うが、会話運びには気をつけないといけない。
「ひとつ。皆さんが僕を殺さない保証は、ありますか? 例えば、輝くトラペゾヘドロンを取り返した直後に僕が殺されてしまう可能性です。以前、シンシンが言っていました。殺す理由はなくても、別に生かしておく理由もないと」
この前はターラも似たようなことを言っていた気がするし。
「シンシンちゃん、まだそんな物騒なこと言ってるのかしら?」
「万全を期すなら、それが最善でしょう」
「いいのよわざわざそんなことしなくても」
と笑ったエトワールは、そのまま当然のようにこう続けた。
「どうせみんな、水底に沈むのだから」
「あんたの思惑が叶ったらっしょ。いくらなんでも無理だと思うけどね、あーしは」
ターラが呆れたように言うターラに、何も返さず一瞥してから、エトワールは僕の方を見た。
「殺さないと約束はできるわよ。約束で足りなければ、盟約を結べる。その方が良いかしら?」
「盟約──ですか?」
「そう。魔女との盟約は絶対だから、わたくしたちも裏切れない。輝くトラペゾヘドロンを取り戻したら、わたくしたちはあなたに一切危害を加えない──としましょう」
「あ、あの、もし盟約を結ぶなら、この男の人に、『ステラたちのことを他言しない』ってさせたら良いんじゃないの、かな……」
「そのためにはわたしたちの縛りをひとつ追加しなければなりません。ひとつの縛りに対してひとつの縛りを強制するのがわたしたちの盟約ですからね。ナギさん、何かわたしたちにもうひとつ与えたい縛りでもあるんですか?」
シンシンのその質問に、
レーヴを殺すな
と、言いそうになったが、ギリギリのところで堪えた。
今はその交渉をすべき段階ではない。利害を一致させ続けるべきだ。
「いや、ない。大丈夫、僕は他言したりしないよ」
「そうだよね、あーしらを売るメリットが、きみにはないはずだもん。きみ、賢いんだね。男の人なんて、莫迦ばかりだと思ってたけど」
ターラの言葉に曖昧に笑ってから、僕は気を取り直して言葉を続けた。
「もうひとつ確認したいのは、皆さんが言っている『輝くトラペゾヘドロン』というのが結局何なのか、ということです。どういうものなのか分からないと、探しようがないですし」
「えっと、あの、言葉通り、のものです。あの、トラペゾヘドロン、っていうのは、多面体のことで──歪な多面体のことなんですけど、それが光るんです。異世界を覗く窓とも言われていて──」
「それがあれば、ニャルラトホテプ様と繋がれるのよ」
「ニャルラトホテプ……って?」
「あーしらに力を貸してくれる神様だよ。いや、貸してくれるとは限らないんだけどさ」
「輝くトラペゾヘドロンは、それを覗き込むとニャルラトホテプ様と繋がることができるのよ。あのお方は、普段はどこにいるか分からないの」
「ニャルラトホテプ様は、千の顔を持つと言われているんです。だから、すぐ近くにいるかもしれないし、そうじゃないかもしれません。あるいは今この瞬間は、この世界にすらいないのかも分かりません。でも、輝くトラペゾヘドロンがあれば、コンタクトを取れるんです。コンタクトを取ったその後、どうなるかは別ですから、わたしたちも軽々には使いませんけど……」
「で、でも、それを、シュテルンさんが持ち出しちゃって……そのときに輝くトラペゾヘドロンを管理していたのがシンシンさんだったから、それでターラさんが怒っちゃって……」
「そりゃそーでしょ。魔女失格じゃね?」
「それはごめんなさいって言ってるじゃないですか! だからシュテルンを見つけるために、嫌でもわざわざ街中に《印》までして回ったんですよ」
「《印》って、あの、五芒星に目の?」
「そーだよ。あれはエルダーサインって言ってさ、一部の神格とか魔術師とか呪文とか、そういうのを寄せ付けない効果があんの。あーしらも魔術師でしょ。だから、エルダーサインのあるところって、なーんか入りたくないっていうか、近寄りたくない感じがすんだよね。嫌な予感がするっていうかさ」
件の印──エルダーサインは、星の智慧派のトレードマークというわけではなかったのか。
「あの、その、別に無視しようと思えば、できるんですけどね? でも、そうしたくないって感じです。縁起が悪い気がするっていうか、なんていうか。目に入ってなくても、そっちに近づきたくない感じがするっていうか。だから、あの、それで、ステラたちは、シュテルンさんを袋小路に追い込もうとしたんです」
「街中にエルダーサインを仕込んで、移動先を制限するようにしたのですよ。だからあの日、シンシンちゃんはシュテルンちゃんを確実に追い詰められるはずだったのに」
「だってまさか、ネクロノミコンを持ってるなんて思わなかったですし!」
「油断すっからっしょ。あーしらから輝くトラペゾヘドロンを盗むなんて真似したんだから、何か備えがあって当然だし。そんなことも予想できなかったの? 頭悪いんだね」
シンシンが悔しそうな顔をして震えたが、誰もそれに構う様子はなかった。
「そもそも、レーヴ──シュテルンは、どうして輝くトラペゾヘドロンを盗み出したんでしょうか? その理由に、何か可能性はありますか?」
「どうかしらねぇ。あの子はもともと、知識欲の塊みたいな子だったから。何か知りたいことがあって、そのために輝くトラペゾヘドロンが必要だったのかもしれないわね」
「でもさぁ? 何かの答えが知りたいだけなら、簡単っしょ? 輝くトラペゾヘドロンを覗き込んで、それを訊けばいいだけくない? 答えを得たその後のことは知らんけどさ」
「あ、でも、多分、答えを聞くだけじゃなくて、実際にそれを確かめたいとも、きっと思いましたよね……シュテルンさんなら……多分ですけど……。だから、輝くトラペゾヘドロンを持って、どこかに行ったんじゃないでしょうか……」
「シュテルンが輝くトラペゾヘドロンを持ってどこに行ったのか、その足取りを追うのは大事ですね」
いつの間にかシンシンは赤面から回復していた。
「つまりシュテルンという人は、何かを知りたくて輝くトラペゾヘドロンを持ちだした。そして、その答えを自分で確かめるためにどこかに向かった。しかしその向かった先で何かがあって、記憶喪失になり、自分をレーヴ・レヴェリだと思い込んでいる──と、こういうことですか?」
「そういうことになるかしらね。その場合、シュテルンちゃんの近くで死んでいた誰かさんの死体っていうのも、何か重要な鍵になるのかしら。そう言えば、ターラちゃん、あの死体、動かしたんでしょ? 何か分かったことはなかったの?」
「えぇ? 別に興味なかったし。頭もないから顔も分からないしね。ムングの印とかもなかったから、多分セレファイスの外で死んだんじゃね?」
ムングの印?
聞き慣れない言葉だ。
「すみません、そのムングの印って?」
「あー、えっと、まぁ簡単に言うと、これがあると、死ぬんだよね」
「え? 呪いってことですか?」
「まぁ、それは言い方次第っしょ。呪いと祝福の違いは曖昧だから。でも、ムングの印があると死ぬ。これは確か。それはセレファイスでも、例外じゃない」
「どういうことなんです? セレファイスも例外じゃないって──」
理解が及んでいない僕に、ターラは、ものを知らないんだね、と言ってから、こう続けた。
「ムングは、セレファイスの創造主よりも上位の存在──ペガーナの神々の一柱だからだよ」
「最近は信心深い人も減ったから、無理もないかしらねぇ。ねぇナギさん? あなた、そもそもペガーナの神々って知ってるかしら?」
エトワールが子どもを試すような口調で言った。
もちろん、僕の方にその知識はない。
「いえ、分かりません」
「なら、そもそもこのセレファイスがどう成り立っているかは、ご存知かしら?」
「クラネス王が創造した奇跡の都、それがセレファイスだということしか──」
その昔、別の世界にいたクラネスという名前の青年が、自分の理想の居場所を求め、それを創造した。
それがセレファイスの始まりであり、クラネスはそれ以降、ずっとこのセレファイスの王である。
僕が知っているのはその程度のことだ。
「そう、それは正しい理解だわ。では、クラネス王が生きていた世界はどのようにして生まれたのかしら?」
「それは──分かりません。ただ在ったんじゃないですか?」
「正鵠を失してはいない言い方だわ。でも正確でもない。答えはね、もちろん、その世界も、誰かに創られたのよ」
「誰かって──誰に?」
僕の質問に、シンシンが答えた。
「それがペガーナの神々ですよ。ペガーナとは、この世界よりも上の次元にある世界です。ペガーナの神々とは、そこに暮らす上位の神々。ムングは、そのなかの一柱です」
「神々ってことは、他にも複数の神がいるってこと?」
「そうです。例えば、時間を司るシシュとか、終わらぬ太鼓を奏でるスカアルとか──。知ってますか? シシュが司る時間は、猟犬なんです。ティンダロスの猟犬の手綱を握っているのは、実はシシュだという話もあるんですよ」
「何を言っているのか分からないけど、とにかく、セレファイスの創造主にさえ、上位の神がいて、その神の権能はセレファイスにある加護さえ無効にするってこと? だから、死さえ?」
「簡単に言えばそうです。でも、ターラが死体を調べた限りだと、件の死体に死を司るムングの印はなかった。だから、この件にペガーナの神々は関わっていないと言えます」
「なんだ、何か大仰なことが始まるのかと思ったよ。結局、その上位の神々は関係ないってことか」
何か触れてはいけないものに触れているような気がしてきていた僕は、そこでほっと胸をなで下ろした──が、それを見たターラが、またケタケタと笑った。
「それを今から関係させようって話をしてんじゃん」
──そうか、そういうことか。
この魔女集会は、どうやって輝くトラペゾヘドロンを取り戻し、かつ裏切り者であるシュテルンを殺すかの意見交換会だ。
しかしここはセレファイスだ。シュテルンを見つけても、その場で殺すことはできない。
だから、ムングの印が必要なのだ。
「へへへ、いや、もちろん、あれですよ。あの、セレファイスの外に連れ出して殺しちゃうって方法も、あの、あります。でも、へへへ、そんなことをしてもたつくよりも、すぐ殺しちゃった方が早いですからね……」
「でもここで大きな問題があるんだよね。ムングの印ってさ、そんなに易々と使えるもんじゃないんよ」
死者を操る──死に触れる機会の多いターラがそう言った。
「易々と使えるものじゃない──というのは、具体的には?」
「そもそも契約すんのがヤバイでしょ、って話。ムングの力を借りたい、その代わりに何々をします、って、ムングと契約しないといけないわけ。でもさ、誰でも殺せちゃう死の印だよ? それもセレファイスでだし。どんな対価があるか、分かったもんじゃないよね」
なるほど、ようやくこの魔女集会の着地点が見えてきた。
つまり、『誰がムングと契約するか』だ。
もちろん、輝くトラペゾヘドロンをどうやって取り返すかも考えたい。
だがそれは、時間を掛ければどうにかなるはずだ。
しかし裏切り者の始末、これは迅速に行いたい。
そこで、セレファイスで始末をつけるため、ムングとの契約をするわけだ。
だが、誰が?
何を対価にされるかも分からないのに──。
「あの」
と、僕は手を挙げた。
「もし良ければ、僕が契約します」
【ペガーナの神々】
ダンセイニ卿が著した、新たな神話を思わせる短編集。原初の、人が祈らない神が存在し、その神が見る夢がペガーナであり、ペガーナの神々は退屈を和らげるためにこの世界を作ったとされます。ムングもシシュもスカアルも、『ペガーナの神々』に登場します。




