3-3: 会議をすること自体が目的である会議がある。このことは、その場にコミュニケーションが必要であることを物語っている。
大きな鼠が出るから近寄らない方が良いと言われている裏路地が、セレファイスにはいくつかある。
そのうちのひとつを敢えて選び、鼠の多い方へと進んでいく。
今日は雨だというのに、それでも鼠の数は少なくなかった。
拳くらいの──あるいはそれよりも大きな鼠が、水溜まりの上を走っている。
そういう道を歩いていくと、やがて、表通りのどの店の裏口でもない、腐食が自分の手にうつるような気がして触りたいとすら思わない、そんな扉が姿を現す。
その腐敗に臆することなく、足元を這いずり回る鼠にも怯えることなく、その扉を開けると、地下への入口がある。
それが、星の智慧派の魔女集会への入口だ。
「ようこそ、魔女集会へ」
シンシンが何の感慨もなくそう言って、石段を先に降りていった。雨のせいだろうか、中は空気が湿って、石壁には硝石さえこびり付いている。少しでも後を追うことを戸惑えば彼女の姿が闇に融けてしまうみたいに真っ暗だが、入ってきた扉を閉めても不思議と僅かな光源が残っている。その正体は茸だった。蒼白く発光する茸が、石段や石壁の隙間から生えている。
「お客様は、かなり久々ですよ。最後のお客様は、仲間になりたいという中途半端な魔術師でした。ターラが死体にして使ってましたよ」
「それが、この前僕らを襲った死体?」
「そうです」
「死体にしたって、どうやって?」
「別にここだけが秘密の場所ってわけじゃないですから。インガノックにも、ウルタールにもありますよ」
「なぁ、そもそも星の智慧派の目的って何なんだ? 人類滅亡とか?」
「エトワールなんかはそれを狙ってますけどね、人それぞれです」
「人それぞれ?」
「わたしたちには、それぞれに主義主張があります。それを、実現するために神の力を借りたい。そのために魔術師になった者たち、それが星の智慧派です」
「じゃあ、レーヴ──シュテルンも?」
「そうですよ」
レーヴ・レヴェリは、星の智慧派の第五の角である。
しかし、本人はそのことを忘れている──か、あるいは忘れた振りをしている。
シンシンは、そう主張している。
考えるに、シンシンが嘘を言っているとは考えにくいと思う。
また、シンシンの言っていることがただの勘違いでもないと思う。
そのシュテルンという星の智慧派の魔女とレーヴは、少なくともきっと、酷似しているのだ。
仲間であるシンシンが同一人物と誤認する程度には。
真相解明のため、僕は星の智慧派の集会に招かれることにした。
実際のところ、僕と星の智慧派は敵対しているわけではない。
僕は命を狙われたくない。
星の智慧派は、レーヴ──彼女たちが言うところの仲間、シュテルンから、輝くトラペゾヘドロンを取り戻したい。
そこで、僕が輝くトラペゾヘドロンを取り戻すことで、僕の命も保証してもらう。
この交渉をするため、そして星の智慧派から見たレーヴ・レヴェリやシュテルンの情報を集めるため、僕はこの魔女集会に参加することにしたのだ。
足元に水溜まりがないのが不思議なくらい湿気のある、しかし同時に酷く空気の冷たい石段を降りきった先に、発光茸とは違う類いの光があった。蝋燭の、踊る炎の灯りだった。
「もう他の人、いるみたいです。さ、行きましょう」
そういったシンシンに続いて、蝋燭の光が照らされた地下空洞へと出た。円形に広がり、恐らくは東西南北の方角にアーチがあって、その先には暗い拱道が続いている。この場所への入口もひとつではないのだ。
中央には丸テーブルがあり、背の高い椅子が五脚ある。そのうちの僕の方を向く二脚に、誰かが座っている。蝋燭がその丸テーブルの中央で燃えているので、椅子に座った魔女たちは誰も身動きしていないのに、円形の部屋の石壁に映し出される影は巨大な化け物のように揺らめいていた。
「シンシンです。お客様ですよ」
それだけを言って、シンシンは空いていた椅子のうちのひとつに座った。
「ナギ・パスツールです」
僕もそれだけを言って、どうして良いか少し迷った。
残った最後の椅子に座っても良いのだろうか、それともここに立ったままの方が良いのだろうかと。
すると、薄暗い中で先に座っていた魔女のうちのひとりが艶めかしい声で言った。
「わたくし、星の智慧派、第三の角、エトワールと申します。以後、お見知りおきを──すべてを、水に流すまで。そんなところに立っていないで、どうぞ空いている席に」
エトワール。さっき、シンシンが『人類滅亡』を目論んでいると言っていた魔女か。
その見た目は柔和で、優しい人のような印象を受けた。
それにほだされそうになるが、油断はできないと思い直す。
そもそもシンシンだって、一見してただの少女じゃないか。
そんなことを思いながら空いている椅子──多分、シュテルンと呼ばれる第五の角が本来座る椅子に腰を掛けたとき、隣に座っていた魔女が怖ず怖ずと声を掛けてきた。
隣に?
さっきまでここには誰も座っていなかったと思ったけれど、いつの間に?
「あ、あの、ステラは、星の智慧派、第四の角、ステラと申します。以後、お見知りおきを──倒木の音が、聞こえずとも」
蚊の鳴くような声という表現があるが、まさにそんな感じの声だった。前髪が伸びていて、目元ははっきり見えないが、多分僕の方を一度も直視していないと思う。
「あーしのことはわかるでしょ。使った死体、特にあーしとそっくりにしたやつだし」
と、離れたところに座っていたターラが言った。その見た目は、明るいところで見た姿とそっくりだった。
「いつも疑問だったんですけど、せっかく人目につく姿を使い分けられるなら、どうしていつも自分に似てる死体を使うんです? まったく別の死体にすれば、姿を覚えられることもないのに」
「そりゃ、あーしが一番可愛いからでしょ。シンシンってさ、傘を持たずに出かけたとき、今日みたいに雨が降ったらその辺で売ってるダッサい傘を買っちゃうタイプ? 信じらんない。センスないんだね。だからあんな仮面も平気で着けれるんだ?」
それにシンシンが何かを言い返そうとしたのを、エトワールが止めた。
「仲間同士、喧嘩しないの。ほら、水に流しましょう。ごめんなさいねお客様。このふたりは特に仲が悪くて」
「それでも、シュテルンがいないから……かなり静かだけどね、へへへ」
ステラがそう言って、何も可笑しくないのに自嘲するように笑った。
「そもそもシュテルンのせいでこんなに集会の頻度が増えてるんじゃないですか! あの子が輝くトラペゾヘドロンを持ち出すから──」
「『わたしを出し抜いて盗み出したから──』の間違いっしょ」
「良いんですよそんな細かいことは!」
「ほらほら、喧嘩しないの。水に流しましょう。それじゃあ、その流れで、本題です」
ふたりを止めたエトワールは、僕に共有するようにこう言った。
「では、裏切り者たるシュテルンの処刑についてと、輝くトラペゾヘドロンの奪還について、意見交換をいたしましょう」
【魔女たちの名前】
これは余談ですが、名前が出揃ったので開示しておくと、シンシンは中国語、ターラは古代サンスクリット語、エトワールはフランス語、ステラはラテン語・イタリア語、シュテルンはドイツ語で、それぞれ『星』です。




