3-2: 旧友から連絡があることは、それ自体が嬉しいことだ。だからその目的が期待外れだと余計に幻滅する。
「ナギさん、正式にお帰りいただけることになりましたよ。いやはや、本当に長い間申し訳なかった。でももし、今後何かあっしらでお手伝いできることがあったらいつでもお知らせください」
スラデンはそう言って、僕に水晶のようなものを持たせた。水晶というか、未加工のダイヤモンドのようにも見える。
「なんですこれ?」
「お守りですよ。これがあれば、多少の危険からは守られる。ポケットにでも入れておいてください。ただ、これ自体が貴重な鉱石ですから、盗まれるといけない。他人には見せない方がいいでしょうね」
どうやら一応、星の智慧派がまた僕を狙うことを懸念してくれているようだった。
それからはあれよあれよという間に釈放準備が整えられ、瞬きする間に僕は王室護衛軍の兵舎から追い出された。
外は雨が降っていた。セレファイスでは珍しいことだ。
傘を借りる隙も、文句を言う暇もなく、僕は兵舎のある敷地の正門へと放り出された。
いや、別にもともと文句があったわけではない。だが、用済みと分かったらすぐにこの扱いとなると、やはりちょっと腹立たしいところもある。
それに、レーヴはまだ囚われたままだ。
僕はどうすべきだろうか。
ひとまずあてもなく歩きつつ、雨に打たれつつ、考える。
このまま日常に帰ることもできるような気がする。
確かに星の智慧派に襲われることは不安だ。
しかし、今は王室護衛軍とのコネクションもある。
あるいは、既に星の智慧派の他の構成員は、僕やレーヴに起こった出来事を把握しているかもしれない。
だとすれば、迂闊に僕に手を出すこともないのではなかろうか。
そもそも僕は、無関係だったわけだし──。
「いやでも、助手──だしな」
と、独り言が出た。
何をすべきかが明確であること、自分が何者であるかが明確であることは、気分が良いものだと、レーヴは言った。
それはそうなのだと思う。
レーヴの無罪を晴らしたい──と、何となくそう思ったとき、そうだな、と思った。
そうすべきだな、と。
それが僕のすべきことであり、僕が何者であるかを決定付けるのではないかと──。
そうと来れば、とりあえずワイルドさんに相談してみよう。
そう決めて、僕は事務所に向けて足を動かした。
事務所に行けば、傘も借りられるし──。
「──またあなたですか。どうしてわたしが誰かを探していると、いつもあなたが来るんです?」
ワイルドさんの事務所の扉を開けると、想像通り、事務所は荒れ放題だった。しかし、普段ワイルドさんが座っている高椅子を見ると、そこにはローブを着て、仮装に使うような仮面を被った誰かの姿があった。声からして、ワイルドさんでは有り得ない。というか、体型が全然ワイルドさんじゃない。それは明らかに、小柄な少女だった。
「……誰だ?」
「わたしのこと、もう忘れたんですか!」
「そうは言っても、仮面を被ってる知り合いはいなくて」
「あなたが被ったらどうって、言ったんじゃないですか!」
そう言って目の前の少女は仮面を外しつつ、こう言った。
「星の智慧派、第一の角、シンシンですよ!」
それは確かに、数日前に一戦を交えたあの魔術師だった。
事務所に、雨雲で弱々しくも陽光が入ってきているからだろうか。
それとも、明るいところで見れば目の前の魔術師は幼気な少女にしか見えないからだろうか。
あるいは、既に王室護衛軍にいつでも助けを求められる状態にあるから、余裕が生まれたのだろうか。
不思議と、目の前の魔術師を恐いとは思わなかった。
ただそれでも、ポケットの中で水晶を握る手は強くなっていた。
「ちょうど良かった。シンシン、きみにいくつか訊きたいことがある」
「良いでしょう。わたしもあなたに、いくつか訊きたいことがあるんです」
「つまり、僕を殺しに来たのではないと?」
「それならもうやってます。それができるタイミングは、もう三回はありましたから」
ポーカーフェイスを必死に保った。
それはそうだ。殺されてから助けを求めることはできないのだ。
殺されずとも、例えば不意打ちで腕でも落とされたら、それでもう助けを呼べないのだ。
しかしシンシンは、まだ僕に(あるいはレーヴに)ネクロノミコンがあると思っているはずだ。
こちらが有利そうな表情を崩さなければ、話し合いは対等に進められるはずである。
「訊きたいことって? レディファーストでどうぞ」
「えっ? レディ? いやぁ、やっぱりわたし、大人びて見えますか?」
「ん? いやまぁ、うん。とにかく、どうぞ」
「では失礼して。ワイルド・ワイアードは、どこです?」
「偶然だね、それを僕も訊こうと思っていた」
つまり、ワイルドさんがいないのは星の智慧派が関与するところではないということだろう。
しかし、ワイルドさんが事務所を空けることは滅多にない。
ワイルドさんは、一体どこに行ったのだろうか。
「ではこの質問はお互いに分からないということにして、次の質問です。ターラに、一体何があったのか、ご存知ですか?」
「知っているか知らないかで言えば、知っているよ」
「一体何が? お気に入りの躰を壊されたってブチ切れてるんですよ。流石に今日は集会がありますから、話ができるくらいにはなってると思いますけど」
集会?
いや、それよりも──やはり、あれは本体ではなかったのか。
今はそれも些細なことか。
「三日前、僕らはきみの仲間のターラに襲われた。なぜ襲われたのかは、そう言えば分からないな。しかしそこに王国護衛軍が来て、ターラは返り討ちにあった」
「なるほど。ちなみに彼女の目的はわたしと同じですよ。『輝くトラペゾへドロン』を取り戻すことです」
「それについては、レーヴも、僕も、本当に何も知らないんだ。レーヴは記憶を失っていて、以前のことを思い出せない状態にある。だから、もしその『輝くトラペゾヘドロン』が本当に必要なら、レーヴを襲うんじゃなく、一緒に探した方が良いんじゃないかと思う」
「その、レーヴって誰のことです?」
と、シンシンが言った。
そう言えば、レーヴが名乗ったのはあの出来事があって次の日の朝のことだった。
そして、この一連の会話でもうひとつ分かったことがある。
シンシンに『レーヴ』という名前の聞き覚えがないということは、レーヴは、やはり星の智慧派ではないのだ。
それを訊こうと思っていたのだが、手間が省けた。
「僕を助けてくれた探偵だよ。ネクロノミコンを持っていた──」
「何を言ってるんですか、あなた」
急に、周囲の音が一斉に消えるように、静まり返った気がした。
多分、僕の全神経が、シンシンの次の言葉を聞き漏らすまいと集中していたからだ。
だから次に彼女が言ったことは、聞き間違いでは有り得ない。
「あの子の名前はシュテルン。星の智慧派、第五の角ですよ」




