3-1: 探偵役が犯人になるとき、次の探偵役はおよそ助手だ。つまり助手がいなければ完全犯罪だ。
「いやはや、三日も拘束してしまい、申し訳ありませんでした、ナギさん。いやですね、何せあっしらもこんなことは初めてなもんで。誰を信用できるのか、誰が敵なのか、分からんのですよ。だから、慎重にことを運ぶ必要がありましてね。しかしそれにしても、手荒な扱いをしてしまった。いやほんと、申し訳ない」
王室護衛軍管轄の牢屋に入れられて三日目の昼、僕はスラデンに取調室(と彼らが呼ぶ部屋)に呼ばれた。スラデンは『手荒な扱い』と言ったけれど、実際のところ、僕はそこまで暴力を受けてはいなかった。ここに連れてこられた初日、頭を殴られた以外は。
「まだ痛みます? 必要なら治癒魔術でも?」
「大丈夫です。つまり、僕たちが殺人犯という疑いは晴れた──そういうことですね?」
「いえ、あなただけです。まぁ、ナギさんは犯人として取り調べていたというよりも、重要参考人だったんですがね」
「僕だけ?」
「はい。お連れの探偵さんには、もう少し捜査にご協力いただくことになるかと」
そう言ってスラデンはコートから煙草を取り出し、それを咥えた。
「禁煙ですよ」
と、すぐ近くにいた女の人が刺すように言った。
その氷のような声を聞くと、僕まで震えてしまう。声に温度があって、それが風のように吹いて、寒さを感じるような声だった。
彼女の名前はシルヴィ・カルティエだと、初日の取り調べのときに聞いていた。王室護衛軍の参謀や、スラデンの秘書のようなことをやっているらしい。彼女が僕とレーヴをこの三日間取り調べていて、その冷徹な声で詰められるような雰囲気から、僕はすっかりこのシルヴィに苦手意識をもってしまっていた。
「いやはや、ははは。そうだったね。最近はどこもかしこも禁煙禁煙だ。知ってるかいシルヴィ。ワイルドさんのところもそうなんだよ。煙草を取り出しただけで怒られちゃった」
「三十秒を無駄にしました。本題を」
「きみ、何でそんな恐いのにみんなから人気なの? もっと愛想良くしたら良いと思うよ。せっかく可愛いのに」
「三十五秒を無駄にしました。本題を。今のはセクハラで記録しておきます」
「世の中が変わるスピードに、おじさんはついていけないよ」
ははは、と困ったようにスラデンは笑った。その様子だけを見れば、彼が三日前に星の智慧派を撃退した王室護衛軍の団長であるとは到底思われない。三日前と同じように草臥れたスーツを着て、猫背で、寝癖もあって、無精髭も生えている。この三日間、一度も顔を剃ったり髪を整えたりしていないのではないだろうか。
「忙しいんですか」
と僕は訊いた。その無精さが、この非常事態の忙しさのためではないかと思ったからだ。
「いやまぁ、忙しいですよ、そりゃあね。普段はそんなじゃないんだけど、今は特に。だからほら、髭も伸び放題。普段は二日に一回は剃るんだけどねぇ」
じゃあそんなに違いはないじゃないか。
「いやまぁとにかく、ナギさんは釈放ってことになります。数時間以内には手続きが済んで、多分出られますよ」
「レーヴはどうなったんです?」
「さっきも言いましたよ。もう少し協力してもらうことになりますねぇ」
「協力──というのは、探偵として、ではなく、ですよね?」
僕の確認に、スラデンとシルヴィが一瞬だけ警戒を強めた。
シルヴィがスラデンに、目線だけで何かを確認する。
スラデンは目の仕草だけで、それを肯定したようだった。
「はい、容疑者としてです」
と、シルヴィが短く応えた。
「その、僕がこんなことを言っても仕方ないかもしれないですけど、レーヴは僕を助けてくれました。それに、巻き込まれた僕を見棄てることもしなかった。僕には、彼女が悪い人間には思えません」
「その点は、実際に取り調べをした私の第一印象も同じです。しかし、それは疑わない根拠にはならない」
それはその通りだろう。
ただ、命の恩人が疑われている今、何かできることはないだろうかと思ってしまう自分がいる。
「ご存知でしたか? 取り調べをして分かったのですが、彼女、記憶喪失なんですよ」
と、シルヴィが多分僕に説明するように言った。
それに対して、スラデンが驚いた声を出した。
「そうだったの?」
「はい。ですから、殺したことを忘れているだけかもしれません。あるいは、殺したことを忘れたことにしているだけ──という可能性もあります」
「殺したことを忘れているだけだった場合、どうする? 罪に問える?」
「犯行が証明された場合には、少なくとも自由にさせておくことはできませんね」
「じゃあ、ほとんど捜査は振り出しに戻ったみたいなものじゃないの」
「えぇ、まぁ」
「そう言えば死体は?」
「アラースが切り刻んで跡形もありませんよ。動かなくなった瞬間にチャンスだと思ったとかで」
「せっかくの容疑者をふたりも失うなんて、しかも死体も残ってないなんて、運がないねぇ」
そのスラデンの言葉が、妙に引っかかった。
ふたりも容疑者を失う?
僕とレーヴのことか?
いやでもさっき、僕のことは『重要参考人』だったって──。
「……死んだんですか、あの、星の智慧派の魔女」
そう思ったので、そう訊いてみた。
スラデンとシルヴィは一瞬だけ驚いた顔をして、すぐにスラデンは『あちゃあ』という顔をして、シルヴィがスラデンを睨んだ。
「うーん、まぁ、そうです。死んでしまいました。正確には、あっしが剣で刺したとき、あれでもう死んでたんです」
「セレファイスでは、人は死なないんじゃ──」
「あっしもそう思って、少し手荒な真似をしてしまいました。あっし自身が何度も死ぬような目に遭っても大丈夫でしたんでね、じゃあ大丈夫だろうと思ったら、死んでしまった。それともあるいは、最初から死んでいたのかもしれない」
「最初から?」
「魔術によって、自分の、あるいは誰かの死体を動かしていただけなのかもしれない──そういうことですよ」
セレファイスに死はなくとも、死体は有り得る。
外から持ち込まれたなら、死体は存在し得るのだ。
「一分を無駄にしました。本題を」
と、シルヴィがまた氷を押し当てるような冷たさで言った。
「あぁ、そうね。いやはや、でも良いじゃないの、シルヴィちゃん。こういう何気ない会話が、事件解決のヒントになることもあるんだよ?」
「ではそのように後に調書資料に付記を。あと今の『ちゃん』付けはセクハラとして記録しておきます」
「おじさんがどんどん生きにくい世の中になっていくなぁ」
「世の中が変わるように、人も変わらねばなりません」
「正論きついよ」
そう言って、まぁとにかく、と少し仕切り直したようにして、スラデンは続けた。
「えっと、何だっけな。そう、ナギさん、あなたは自由の身です。そして、レーヴさん。あちらはもう少しだけ捜査に協力していただくことになる。いつまでかは、申し訳ない、確約できない」
「そうですか」
「もしかして恋人だったりします? 心配?」
僕に対するその質問に、シルヴィがまた何かを言うのではないかと思った。
しかし今度は、彼女は何も言わなかった。
つまり、僕とレーヴの関係を探っているのだ。
だからこれは、取り調べの一環ということになる。
「いえ、恋人とかではないですが、ただ命の恩人なので」
「そうですか、まぁそうですね、心配ですよね」
まだ僕の疑いは、完全には晴れていないのかもしれない。
「実際、どこまで疑ってるんです?」
「うん? 何がです?」
「レーヴですよ。どの程度疑ってるんですか? それくらいは教えてくれても良いでしょう」
スラデンが少し唸って、シルヴィを見た。シルヴィは何も言わず、反応もしなかった。自由にして良いとそれを取ったスラデンは、あっさりとこう言った。
「護衛軍はね、レーヴさんが『星の智慧派』の魔女じゃないかって、疑ってるんですよ」




