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セレファイスの死体は不死の夢を見るか?  作者: 帽子
第二章

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17/42

2-8: 見ることは信じることだ。ただし、あらゆるものが見えるとは限らない。

 目の前の状況に戸惑っているのか、スラデンは身動きひとつせず固まったままだった。

 恐れている様子はない。

 不自然なほど、落ち着いている。

 それはそうだ。突然こんな危険だらけの場所に、それもセレファイスという場所で迷い込んだなら、思考も止まって当然である。

 確か、正常性バイアスという名前があったような気がする。

 自分の身が危険に曝されたとき、パニックにならないよう、それを『問題ない』と認識してしまうことがあるのだ。


「いやはや、これはどうも、まずいところに来ちゃったかな──」

「運が悪かったねオジサン。顔を見られちゃ、生かしておく理由はないかな」


 一瞬の隙の間に、自分の意思では動けなくなっていた兵士がターラに向けて槍を投げた。

 それは攻撃ではなく、武器のバトンタッチだった。

 それを受け取った魔女は、そのまま一直線に、スラデンへと突進した。


「スラデンさん! 避けて!」


 僕の必死の叫びに、


「避ける?」


 スラデンは、まだ動じなかった。


「なぜ? あっしの方が強いのに」


 その瞬間、何が起こったのか、僕には分からなかった。


 気付くと、ターラが持っていた槍の柄が真っ二つに切られていた。

 その事実に気付いたと同時に、頭上にその矛先が舞っていることにも気付く。

 スラデンが切った?

 いや、スラデンは何も持っていない。

 じゃあ、アクロニオンが?

 違う、あまりに距離がありすぎる。

 僕が混乱しているその最中、ターラの躰から血が吹き出ていた。

 ターラが切られたのだ。

 誰が切った?

 やはり、切ったのはスラデン以外には有り得なかった。

 だが、一体何で──? どうやって?


「珍しいでしょう。アビキスでできた剣ですよ」


 崩れるように膝をつくターラから吹き出る血飛沫が、その輪郭を現した。

 スラデンが、何かを持っている。

 透明な、剣のようなものを。

 それが、血飛沫を受けて、ようやく剣らしい形を可視化していた。


「は? 意味わかんね──」

「殺しはしませんよ。あっしにそれはできませんし、ここはセレファイスですから」


 そう言って、スラデンは、その見えない剣を、膝をついたターラの背中ごと地面に突き刺した。

 それと同時に、空中を舞っていた槍の矛先が地面に刺さるように落ちた。


 何事もなかったかのように、スラデンがこちらに向かって歩いてくる。


 呆気にとられて、何も反応することができない。

 何なんだこの人は?

 一般人じゃなかったのか?

 いやもう、それは確かだ。

 だが、一体この人は──。


「ご足労をお掛けしました、団長」


 と、()()()()()()()()()()


「団長?」


 状況を飲み込めていない僕がその言葉を繰り返す。

 アクロニオンは、こう言った。


「スラデン・スランバー団長。王室護衛軍のトップのお方だ。あらゆる死線を越え、どのような戦場からも必ず戻ってくる、護衛軍で最も強い戦士である」

「えっ、アクロニオンさんが団長だったんじゃないんですか?」

「吾輩が一度でもそう言ったか? 吾輩をふざけて団長と呼ぶのは、軽薄なるアラースだけである」


 僕はその事実に心底驚いていたけれど、隣のレーヴはそこまで驚いていないように見えた。


「レーヴ、分かってたのか?」

「うん、まぁ、アクロニオンが団長じゃないってことと、団長って呼ばれている別の人がもうすぐ到着するってことはね」

「どうして?」

「アクロニオンが言った通りだよ。団長ってアクロニオンを呼んでいたのはアラースだけだし、『団長が何とかするまでは堪える』ってアラースが言ったとき、アクロニオンはそれを訂正しなかったでしょ。だから、ここにいない本当に『団長』って呼ばれている誰かがもうすぐ来て、その人が来ればどうにかなるんだと思ったのさ」

「まさか、ターラと会話を引き延ばしていたのも、そのための時間稼ぎだったってことか?」

「ま、そういうこと。でも、おじさんが団長だったとは、思わなかったな」

「いやはや、貫禄がなくてお恥ずかしい。実際、アクロニオンの方がよほど団長に相応しい迫力があるからねぇ」


 スラデンがそう言って、アクロニオンは恐縮そうに首を振った。


「それで、戦況はどんな感じなの?」

「奥の方で、アラースが死体人形と戦っています──が、魔術師を気絶せしめた今、そちらも決着が着いたかと」

「なるほどねぇ。まぁ、一応見に行こうか」


 そう言って、スラデンは僕らを通り過ぎて悠々と裏路地へと足を進めた──


 ──が、


「でもその前に、忘れちゃいけないことがある」


 スラデンがそう言った瞬間、僕は背後から硬い何かで殴られた。

 あまりに無防備だった一撃に、意識が遠のいていく。

 何で殴られた?

 誰に?

 誰も、硬いものなんて持っていなかったじゃないか──。


「いやはや、すみません、どうも。でも、穏便に進めたいので、念のため」


 薄れゆく意識の最後に、自分の意思でどうにもならない瞼の重さの先に、スラデンが何かを持っているように見えた。

 見えただけだ。何も持っているものは見えない。


(さや)かぁ……油断したね」


 レーヴがそう言ったと同時に、僕は、そして多分レーヴも、意識を失った。

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