2-7: 幸運は意識して積み上げねば増えないが、不運は意識しなくとも積み上がり増える。
「星の智慧派……!」
アクロニオンが剣を握り直した。
僕もターラと名乗った目の前の彼女から目を離すまいとした。
シンシンと戦ったときのことを思い出していたからだ。
シンシンは、集約する光を放つ技を使っていた。
ターラも同じような魔術を使うのかもしれない。
「アクロニオンさん、遠距離から攻撃があるかもしれません。星の智慧派の仲間が、そういう攻撃を得意としていました」
「貴様、星の智慧派とも面識があるのか」
「一方的に面識を作られたんですよ。本来は無関係です」
「まぁ良い。その件は後で訊くことにしよう」
「話は終わった? あーし、待つの苦手なんだよね」
ターラがうんざりしたような声で言った。僕らが話をしている間、彼女はこちらを攻める様子さえ見せず、武器さえ構えなかった。
そもそも武器を持っていない?
戦う気がないってことか?
「そうも言いながら待ってくれるなんてさ、いい人じゃん。星の智慧派、もしかして良い人たちなのかい? 皆、ちゃんと名乗ってくれるし」
レーヴがそう言って不敵に笑った。
不敵に?
何か策があるのか?
まるで会話によって時間を稼いでいるような──
──そうか、ネクロノミコン!
昨日やったように、またネクロノミコンを使えばきっと──。
「レーヴ、ネクロノミコンを使うのに何か条件はあるのか? 何かあるなら、僕がなんとか、時間稼ぎくらいなら──」
「え? ネクロノミコンは使えないけど……」
「ん?」
「だから、ネクロノミコンは使えないよ」
「なんで?」
「あれは封印の呪文だから。封印って分かる? 封じるってこと。封じるって分かる? 閉じ込めるってこと。閉じ込めるって分かる? 中に入れて出さないってこと」
「つまり?」
「封印できる魔術や魔法は、一枚のページでひとつだけ」
「でも、昨日はもうひとつ持ってるみたいな言い方を──」
「ハッタリだよ。だから昨日は結構危なかった」
「じゃあ、今、この状況は──」
「結構危ないと思う」
と、困ったようにレーヴは笑った。
笑っている場合ではないと思う。
「今度こそ、お話は終わり? まだ話があるなら、待つよ」
「なんでそんなに待ってくれるの? 何か企んでる?」
「まさか。そんなこと考えてもないって」
けらけらと笑って、ターラは言った。
「最期の言葉は、大事でしょって話」
それから彼女は、
「でも、もう良い感じ? じゃ、ばいばい」
指を鳴らした。
次の瞬間、僕らの周囲の兵士が一斉に立ち上がった。
しかしそれは、元気を取り戻したのではない。
まるで操り人形が吊られるように、歪に動いていた。
「死んでなくても操れるんだよ、ちょっと動かしにくいけど」
意識だけを取り戻した兵士たちは、苦悶の表情を浮かべながらアクロニオンに武器を構えていた。
「俺ごと切ってください……!」
「構わずやってください……!」
「手加減は無用です……!」
口々に兵士が、ターラによる支配に必死に逆らいながらも、自分を切れと懇願していた。
「悪辣!」
と、アクロニオンが叫んだ瞬間、兵士たちが一斉に僕らに襲いかかってきた。
まずレーヴに向かった槍を、アクロニオンが前に出て鎧で受け、足で蹴る。次に反対側から襲ってきた兵士を振り返って剣でいなして、そのまま右に回転しつつ兵士を切り、また背後から襲ってきた兵士を剣で弾いて、ターラに向き合い、最後にそちらを見向きもせず剣を振って右側から襲おうとしていた兵士の腕を切り落とした。
すべては一瞬だった。
技術の差は歴然だ。
「凄いじゃん。映えるー。でもかわいそ、腕取れちゃった子」
「戦いの中で傷つくことは、皆覚悟の上であるはずである」
「でもまさか団長に切られるなんて思ってなかったと思うけどね。倫理観とかないの?」
「貴様が倫理を説くか、小娘」
「知ってるよ、やって良いことと、悪いことでしょ」
次の瞬間、アクロニオンの躰が強ばった。
その脇腹に、何かが刺さっていた。
「あーしはね、知っててやってるんだよ」
アクロニオンが切り落とした右腕だけが短剣を持って、彼の脇腹を深々と刺していたのだ。
「切り離された腕なんて、死体みたいなもんっしょ」
ターラの独り言にも構わず、アクロニオンはすぐにそれを片手で叩き落とし、続けてそれを踏みつけた。
「大丈夫ですか!」
「──大丈夫である。流石に、不意を突かれたことは認めよう」
大丈夫とアクロニオンは言ったが、脇腹からは血が出ている。
多分、内臓も傷ついただろう。
死ぬことはない──かもしれない。
だが、動けなくなれば同じことだ。
「大丈夫と言った」
と、アクロニオンが僕の心配を察してか、そう言った。
「貴様らふたりを守るくらいは訳もない。ここが裏路地で良かった。一般人を巻き込まないで済む──」
「──何です、これは?」
間の抜けた声がした。
数時間前も聞いたばかりだったので、その声には聞き覚えがあった。
「ここに来いって言われたと思ったんですけど、まさかこんな場面に出会すなんて」
その声は、今朝事務所でワイルドさんと話をしていたスーツの男、スラデン・スランバーだった。
「誰? あーし、枯れ専じゃないんだけど」




